君の隣に

れん

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第2章

その33

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本編、最終話になります。



 俺が待ち合わせのカフェに着いた時、メイは既に窓際の席に座って外を眺めていた。

「……悪い、待たせた」

 向かいの席に着きながら謝ると、メイはやや俯きがちに視線を向けながら首を振った。

「ううん、私もついさっき来たところだから」

 注文を受けにきたスタッフにコーヒーを頼み、俺は向かい側に座っているメイを見つめる。

 彼女は俺の視線を感じているのか、なかなか顔を上げようとはしなかった。

「麻生……俺…」

「一昨日の事は忘れて! ごめん、迷惑よね。いきなりあんな事言われても……でももう友達ではいられないと思ったから……これからは仕事以外では会わない様にする。迷惑もかけない」

 メイは一気に喋ると、席を立って店を出て行こうとした。

「麻生っ!」

 俺は慌てて彼女の腕を掴むと、彼女を自分の方へ引き寄せる。

 さすがに店内の為、メイは抵抗することは無く俯いたまま俺と向き合う。

「座ってくれ……俺の話はまだ済んでない」

 促すように言うと、メイは渋々先程の席へと座り直す。

 しばらくお互い無言のまま座っていた。

 途中、注文したコーヒーが運ばれてきたため、俺はそれを飲み緊張を和らげようとした。

「……好きだ」

 自分でも情けない程、小さく掠れた声がそう告げた。

 メイの身体が微かに揺れた。

「麻生…俺はお前が好きだ。おそらく中学の頃も好きだった。再会してからはあの頃よりもお前を思う気持ちは強いと思う。出来ればお前の隣にずっと居たい」

 俯いたままのメイを見つめながら俺は言葉を紡ぐ。自分の声が微かに震えているのが判る。

 何も言わない彼女に俺は不安になって、声を掛けようとしたその時。

「っ……」

 嗚咽が漏れて、メイの瞳から涙が零れるのが俯いていても判った。

「ごめんな……もっと早くに言えば良かったけど、俺も怖かったんだ。お前が俺の事を好きになる事は無いって思ってたから」

「どうして?」

 メイは顔を上げると、涙が溢れる瞳で俺を見つめた。

「昔の俺を知ってるから……お前が太っている奴は嫌いって言った言葉が、俺を縛り付けていた。だからお前が俺を好きになる事は絶対に無いと思い込んでいた」

「私は……中学の時も朝倉君が好きだった。太ってるなんて関係なかったのに…あんな事言わなければ良かった」

 謝りながらメイは涙を拭う。唇を噛み締めながら更に言葉を続けた。

「再会してからすぐに、私は朝倉君の事がまだ好きな事に気づいて……でも、朝倉君は背が高い子は嫌いって言ってたから、私なんて無理って思っていて……それなら友達でもいいから傍にいたいって…でもリョウさんとの事を誤解されて、応援された時はやっぱり友達としか思われてないのが辛くて」

「平気じゃなかった……リョウとの事は凄く嫉妬したし、諦めなきゃとも思ってた。吉澤主任や雪村さんにも発破をかけられたけど、俺なんか相手にされないと思ってたし……それに、お前が幸せならいいんじゃないかって思っていた……」

 お互い心の中にしまっていた想いを打ち明けた事で、2人が視線で交わす想いが判る。

 何で気づかなかったんだろう。麻生が俺を見る瞳には確かに愛情が籠ってる。

 雪村さんが言ってた通りだ。

「好き好きオーラか……」

 俺は小さな声で呟いた。

「え?」

 メイはそんな俺の言葉に首を傾げた。

「ん…雪村さんから『メイちゃんの好き好きオーラに気づかないなんて』って言われたんだ。確かにそうだよな」

 俺の言葉にメイの顔がみるみる赤くなる。

「なっ…嘘っ! 私の気持ちってそんなに丸わかりっ?」

「雪村さん曰く『俺達の気持ちは周りにはバレバレだった』らしいぞ。何で気づかないのか不思議だって言われた」

 メイは先程とは違う意味で俯いてしまった。耳まで赤くなってる。

「も…もう、やだ…恥ずかしくて雪村さん達に会えない…」

「それ言うなら、俺の方がもっと恥ずかしい…」

 2人何となく顔を見合わせて、思わず微笑み合った。

 それからしばらく他愛無い話をしていたが、もう少しゆっくり話がしたいとカフェを出た。


 メイの家まで2人でゆっくりと歩く。

「で、リョウさん達はどうなったんだ?」

 俺はメイの気持ちを確かめた余裕で、ようやくリョウの事を話題に出来た。

「リョウさんと唯香さん、ちゃんと誤解を解いてやり直すみたい」

「そうか…良かった」

 ホッと安堵のため息をつくと、メイがポツリと言った。

「ごめんね…嫌な思いさせてしまって」

 メイを見ると項垂れていた。

 そんな彼女を見て、俺はその頭を優しく撫でた。

 メイは首を竦めて俺を上目使いで見ると、少し頬を赤らめてはにかんだ。

「これからは、あんな事は無しだぞ」

「うん、もう絶対にないから」

 2人視線を合わせてほほ笑んだ。



 カフェが近かった為、あっという間にメイのマンションの前に着いた。

「家に来る?」

 メイが俺の方を窺う様に訊ねてきた。

 俺は少し考えて首を振る。

「いや…今日はこのまま帰るよ……おやすみ」

 そう言ってメイに背を向ける。

「……おやすみなさい」

 彼女の声が寂しげに聞こえて思わず振り返る。

「…って、え? 朝倉君っ……んっ…」

 驚いた様なメイの声は、俺の唇に塞がれた為に途中で遮られた。

 キスするつもりなんて…無かった。振り返った時の彼女の表情を見るまでは。

 俺の目に飛び込んできた泣きそうな顔のメイを見たら、身体が勝手に動いていた。

「ごめん…」

 唇が離れた瞬間、俺はメイに謝った。

「ううん、引き留めたのは私だもの。あのまま帰るって言われて凄く寂しくて、もう少し一緒にいたいって思ったら泣きたくなって…」

 そう言って俺の肩に顔を伏せる。そんな彼女の身体をそっと抱き締めた。

 うん、このままメイの部屋に行くのは簡単だけど、俺は絶対の自信を持ってそのまま何事も無く彼女の部屋を去る事は出来ないと断言できる。

 今日、やっと長年の想いが通じたのにいいんじゃないか? って思う俺もいるのは確かだけど、反面……だからこそ、その想いを大事に育めって思う俺がいるのも事実。

 俺がメイの身体を抱き締めながら煩悩と戦っていると、不意にメイが腕の中から抜け出した。

「麻生?」

 いきなり離れたメイに驚いて、そっと呼びかけた。

「あ、あの、ごめんね。無理言って……大丈夫だから、うん、もう寂しくないから。それにこれからは恋人同士として会えるんだもんね。我が儘言って本当にごめんね」

「謝るなよ…我が儘言ってくれた方が俺は嬉しい。本当はお前の部屋に行きたいけど、自分が信用できないから今日は帰るよ……その代わり近いうちに俺の部屋にお前を招待するから。覚悟しておいてくれよ」

 冗談めかして言ったけど、メイは真っ赤になって俯いてしまった。

 もしかして前途多難か?

 俺が不安になった時、メイが小さな声で答えた。

「うん……楽しみしてる…ね」

 その答えにホッと安堵すると、俺はもう一度メイにキスをした。

「それじゃ今度こそ……おやすみ」

「おやすみなさい」

 メイは微笑みながら、軽く手を振った。

 俺も振り返すと、駅に向かって歩き出す。

 これからは堂々とメイの隣にいる事が出来る。

 そう、まだ始まったばかりだ。

 俺は明日からの2人の事を思い、幸せな気持ちで家路についた。



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