3歳で捨てられた件

玲羅

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光の聖女

ホヨック伯爵領とウォーリィ侯爵領 ②

「すべての手配を終えました。お疲れ様でした、光の聖女様。本日の予定はここで最後です。後はマナーハウス荘園屋敷でごゆっくりお休みください」

「お気遣いありがとうございます、ホヨック伯爵様」

 ホヨック伯爵領は、領都がウォーリィ侯爵領に近い場所にある。イザベラ様から伺った話によると、元はウォーリィ侯爵家の家臣だったホヨック伯爵に領を割譲したらしい。長年の忠に報いた形だと言っていた。もう何代も前の話だけれど、ホヨック伯爵家では今でもウォーリィ侯爵家に忠誠を誓う儀式を代替わりの度に行っているらしい。

 イザベラ様は「お父様もそんな儀式は不要だと毎回言っているのだけど、止めてくれないのですって」と苦笑いしていた。

 今回のホヨック伯爵領の巡行は、徐々にウォーリィ侯爵領に近付く形で行われている。

 ホヨック伯爵領の初日はマナーハウス荘園屋敷でお世話になったけれど、領民との距離が近くて、王都で育った私は驚く事ばかりだった。だって領民の方々がお野菜とかお裾分けしてくれるのよ?マナーハウス荘園屋敷に。ホヨック伯爵もニコニコと受け取っていて、「こんなものですよ、都会ではありませんから」と言っていた。そうなの?こんなものなの?

 お裾分けされたお野菜は美味しくて、ただ焼いただけのグリル料理をたくさん食べてしまった。

「美味しかったですわ」

「それは良かったです」

 夕食が終わる頃、呪いの追跡をしていたマウリシオとリディーが帰ってきた。

「ご苦労。報告は夕食の後で良い。まずは食べなさい」

 ローレンス様が2人を労う。まるでローレンス様の部下のように。良いんですけどね。別に私の部下って訳じゃないし。

 夕食を食べ終わったマウリシオとリディーの報告を聞く。

「まず、あの呪いをかけた本人は、無事です。ただ全身、特に下半身に常時痛みが生じているようで、痛い痛いと喚いていました」

「原因は分かっているのかい?」

「ちょっとした嫌がらせのようです。リディーの水魔法で痛みを抑えて、その間に話が聞けました。元はあのご婦人の刺繍を羨んで、欲しいと言ったら断られたからと。ちょっとしたおまじないのはずだったと言っていました」

 日本語でまじないとのろいは同じ字を書く。これはどちらも超常的な力が作用するからだと言われている。ヴィリス語ではまじないはヘックス、のろいはカース。これは英語と変わらない。まじないのヘックスは悪意を持ったまじないの意味で使われる。良い意味のまじないはスペルだ。

 ご婦人を呪った本人は、ちょっとした嫌がらせで悪意を持ったまじないヘックスを使った。これでは罪には問えないけれど、聞き出しただけでも10や20では利かない回数を使ったらしい。

「それでも罪には問えませんね」

 ホヨック伯爵の言う通り、今回は数が重なっただけだし、明確に呪術を行ったわけではないから、罪には問えない。数が多すぎるだけだ。

「還された呪いが何よりの罰となるだろう」

 ローレンス様が重々しく言った、私の腰を抱きながら。

 食事が終わってからこうなのよ。マウリシオとリディーの報告を聞いている間もピッタリとくっついていた。おかげで雪花が不満そうにローレンス様の足をカシカシと引っ掻いて、怪我をさせそうになって退出させられていた。

 雪花は悪くないのにね。結局怪我はしていないのだし。衣服の上からだから、痛みもほとんど無かったらしいし。

 翌日からはホヨック伯爵の子息、クリフォード様が帯同してくれた。クリフォード様はホヨック伯爵の3男で、ホヨック伯爵領で主に領内の巡回と相談の窓口となっているらしい。弓を背負って馬で巡回しているそうだ。

 ローレンス様とは「クリフォード」「ローレンス」と敬称無しで呼び合う仲で、私に対してもとても気さくに接してくれた。ローレンス様が嫉妬しない絶妙な距離感で、気遣いながらもきちんと距離を取っている。

「クリフォード、さすがですね」

「ローレンスの初恋にして生涯のディアレスト最愛の君だからね。俺はまだ幸運から見放されたくはない」

「幸運から見放される」というのは、日本語で言ったら「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて云々」と言った意味かしら。人が幸福を感じている時に邪魔をするなといったニュアンスで、「人が幸福を感じている時に邪魔をするなら、その人は幸運から見放されてもおかしくはない」という言葉の略というか。若者がよく使う言葉だ。

 今はローレンス様を教会に送っていく最中だ。ローレンス様がクリフォード様に、くれぐれもと私の事を頼んでいた。

 昨夜泊まったマナーハウス荘園屋敷から、教会までをゾロゾロと歩く。馬車も勧められたんだけれど、運動不足を理由に断った。基本的に転送部屋を利用しての移動だから、歩きたいというのもあったし、雪花も散歩させたかったしね。

 2つとも言い訳だという自覚はある。ローレンス様の隣を歩きたかったんだもの。馬車でも良いけれどすぐに着いちゃうし、2人きりにはなれないんだもの。

 そのローレンス様は私の手を握ってニコニコだ。反対側は雪花のリードを握っているから、私の手に空きはない。ローレンス様の荷物はカールが従者のごとく運んでいるし、完全に私の護衛を掌握してしまったらしい。

「明後日はウォーリィ侯爵領か」

「そうですわね。あちらではイザベラ様とご婚約者のノーマン様が案内してくださるそうです。巡行が終わりましたらイザベラ様のご結婚式ですもの。楽しみですわ」

「ウォーリィ嬢はノーマン家に嫁入り予定だったよね?」

「はい。ウォーリィ侯爵家でのご結婚式はお式に出られないお祖父様とお祖母様に見せるのが目的だそうです。特にお祖母様は、イザベラ様の花嫁姿を見るまではと頑張っておられるようで」

「お身体でも悪いのかい?」

「そのようです。イザベラ様のお話では少し動くとヒューヒューという息をしているそうですわ。それに声が掠れてきたらしく」

「病名の予測は立っているんだろう?」

「立ててはおりますけれど、申せませんわよ?」

 みんな離れて歩いてくれているし、私とローレンス様も声も潜めている。だからたぶん聞こえてはいないと思う。

 教会に着くと、私の挨拶とお手振りと光のパフォーマンスを見届けて、ローレンス様は王都に帰っていった。

「光の聖女様、寂しそうですね」

「申し訳ございません。切り替えます」

「今夜お泊まりのマナーハウス荘園屋敷は少し高台にありますから、星が綺麗に見えますよ」

「そうなのですか?」

 次の教会に向かいながら、クリフォード様と話をする。

「しかし、狼ですか」

「雪花ですか?そうですわね。ルカクウルフというそうですわ」

「ルカクウルフですか。この辺りの狼とは違うのでしょうか?」

「その辺りはよく……。ですが知り合いの話ではどれも近縁種だと」

「どれも?この狼ちゃんもこの辺りの狼も親戚みたいなものだと?この綺麗な狼ちゃんとこの辺りのにっくき灰色の狼が?」

 綺麗なと言いながら、雪花に触れようとして威嚇されるクリフォード様。「ぅおっ」と言いながら手を引いた。

「お気を付けくださいませ?雪花は狼ですのよ?大人しく賢い雪花ですが、飼い慣らされた犬とは違いますのよ?」

「あぁ、身に染みて分かった。しかし、聞きしに勝る忠誠心だね。昨夜ローレンスから聞いていたが」

「ローレンス様ったら、そんな事までお話ししましたの?」

「色々とね。キャスリーン嬢の事も聞かせてもらったよ。可愛い、聡明、優しい、慈愛溢れる、と熱烈な称賛の言葉と共に」

 ローレンス様ったら……。
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