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学院高等部 青学年生
木の記憶
当時の事を知る使用人は、領城内に居なかった。今日はお休みをもらって、娘さんのお家に行っているらしい。お孫さんの就職祝だって。領城の使用人は8割が住み込みで、通いは少ない。
明日には帰ってくると言うので、帰ってきたら教えてくれるように頼んで、後は領城内で過ごした。
翌日、使用人が戻ったとの知らせに、面会したいと伝えて部屋を用意してもらった。
私の側にサミュエル先生が座って、リーサさんとレオナルドさんとマリアさんは別室だ。サミュエル先生と伝心機とレオナルドさんの伝心機を繋ぎっぱなしにして、あちらでも会話が聞こえるようにしてある。
ローレンス様の侍女をしていたメイサが、少し緊張しながら入室してきた。侍女頭だった侍女は領城勤めを引退したという。
「お嬢様、お呼びでしょうか?」
「呼び立ててごめんなさい。少しお話を聞きたくて」
「話ですか?」
「メイサはローレンスお義兄様が幼い頃に、侍女をしていたのよね?」
「はい。こちらにいらっしゃる頃は、私と他3名がお側でお世話をさせていただいておりました」
「お庭のアーモンドの木を植えた当時の事を、覚えている?」
「はい。植えたといいますか、ローレンス坊ちゃまが生のアーモンドをばらまいてしまわれたのですけれど」
「それはいつの話?ローレンスお義兄様がおいくつの時?」
「あれはローレンス坊ちゃまが3歳の春ですよ。元々植えるおつもりでしたが、転倒されてばらまいてしまわれて。涙をこらえながら庭師と共に1粒1粒植えておられました」
「ランベルトお義兄様とお庭で遊んだりしていた?」
「はい。よく駆け回っておられましたよ。5歳になられた頃から、フェルナー家のご嫡男としての自覚が芽生えられたのか、落ち着かれましたけれど」
じゃあ、あれはいつの頃の風景なんだろう?
「ローレンス君の今の状況は知っているかな?」
私が黙ってしまったので、サミュエル先生がメイサに質問した。
「旦那様からご説明がございました。ローレンス様がお嬢様を裏切られるなんて、信じられませんでしたが、本当の事なんですね?」
「本当の事だね。ただ、裏切ったというか嵌められたというか。その辺りは間違えないでやってもらえるかな?」
「かしこまりました」
「こちらに戻ってきてからの住まいの事は?」
「伺っております。私もそちらに移る事になっております」
「相手の女性がかなり奔放だから、それだけ覚えておいてやって。貴族にはほとんどいないと思うし、平民でもかなり珍しいというかまぁ、早々居ないと思うよ」
「ブランジット様は、お相手の女性をご存じなのですか?」
「情報収集の為に、何度か話はしたよ。距離の詰め方が極端な女性だね。弱っているところにあの調子で励ましを受けたら、流される男性も多いだろうね。微妙に男性の自尊心をくすぐってくるんだよ。だからそちらに移る人達は相手の女性を諌めたり出来る人になっていると聞いているし、男性は相手が居ない者を集めたと聞いた。メイサさんには取りまとめの立場をお願いすると聞いているよ」
そんなところまで話が進んでいるの?サミュエル先生はどうして知ってるの?
「お任せくださいと断言するつもりだったのですが、自信が無くなってきました」
「ある程度はタウンハウスで教育はしているよ」
「かしこまりました」
頷いたメイサが私をじっと見る。
「お嬢様、またフェルナー領に来ていただけますか?」
「それはどういう……」
「理由はどうであれ、ローレンス坊ちゃまがお嬢様を裏切ったという事実に、変わりはございません。ですが、私共はお嬢様の最初に運び込まれた姿を忘れられないのです。あの小さく、今にも消えそうだったお嬢様がこんなにお美しくなられた。これからもそのお姿を見守っていきたいのです」
「メイサ……」
「ローレンス坊ちゃまと顔を会わせろとは申しません。お嬢様がおいでの際に、ローレンス坊ちゃまがいらっしゃっても完璧に隠し通して見せます。どうか、フェルナー領を嫌いにならないでください」
「フェルナー領は良い所ですし、嫌いになんかなりませんよ。嫌いになれませんもの。お義父様がお治めになっておられる、暖かくて優しいフェルナー領が、私は大好きですのよ」
「ありがとうございます、お嬢様」
メイサが部屋を出ていくと、静かにマリアさんが入ってきた。
「さて、キャシーちゃん。疑問は解決したかな?」
「いいえ。でもあの風景はアーモンドの木が見ていた風景なのでは?と感じました」
「なるほど。キャシーちゃんならありうるからね。光だけでなく水も植物も持っているんだ。植物魔法には木の声を聞くという術式もあるし、キャシーちゃんの不思議な光魔法ならアーモンドの木の記憶を見ても不思議じゃないからね」
「植物魔法って、成長させるだけじゃないというのは知っておりましたけれど、木の声を聞くのですか?」
「成長させるには適切な水、日光、栄養が必要です。経験則からそれを行うのが庭師、木の声を直接聞いて行うのが植物魔法使いですね。経験豊富な庭師と組んで、庭師として働いている者も居りますよ」
マリアさんが答える。そういえばマリアさんって、植物魔法使いだったっけ。
「私の植物魔法は、香りの増幅された物ばかりですけれど、私にも通常の魔法は使えるのでしょうか?」
ちょっと自信が無くなってきた。サミュエル先生にまで、不思議な光魔法とか言われちゃうし。
「使えてるでしょ?規格外ではあるけれど、通常の光魔法も水魔法も。ちゃんと加減出来てるんだし。気にしなくてもキャシーちゃんの魔法はちゃんと普通の魔法だよ」
「先生は人を褒めるのがお上手ですわね」
「一応教師だからね。でも、ウソは言っていないよ」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。そろそろ戻ろうか」
繋げっぱなしにしておいた伝心機を切る。
「先生……」
どうしよう。立ち上がれない。
「ん?どうしたの?キャシーちゃん」
「少し下腹部痛が」
さっきから下腹部にと鈍痛があるのよね。これって覚えのある痛みだからもしかしたら……。
「下腹部痛?」
「リーサさんを呼んでいただけますか?」
「分かった」
マリアさんには残ってもらった。その事によって、マリアさんは薄々勘付いたみたい。
「キャスリーン様、薬湯はお持ちですか?」
「ハーブティーなら。アルヴィンから渡されて、収納ピアスの中ですね」
収納ピアスから各種お薬と1回分ずつに分けたハーブティーを取り出す。
「それは?」
「お薬箱ですわ。必要な常備薬をここに入れてあります」
「便利ですね」
「収納ピアスがあるから出来る事ですけれど。レティキュールには入れられませんし」
入らないのよね。3種類位なら入るけれど。それに持ち歩くのも面倒だ。ドローストリングバッグに入れておけばチェーンベルトに通して持ち歩けるけれど、邪魔になっちゃうしね。
「キャスリーンさん」
「お呼び立てして申し訳ございません、リーサさん」
「良いのよ。どうしたの?」
「おそらくですが、初潮が始まりました」
「おめでとう。おめでとうだけど、煩わされて大変よね」
「リーサさんにはお伝えしないとと思いまして。セシルさんとララさんにも」
「喜ぶと思うわよ」
マリアさんは護衛として側にいてくれる。今も一緒だったから、事情は分かってくれると思う。
「マリアさん、先生にご報告はなさるのですわよね?」
「はい。このような事までどうかと思うのですが」
「サミュエル様って、どうしてそんな事まで?」
明日には帰ってくると言うので、帰ってきたら教えてくれるように頼んで、後は領城内で過ごした。
翌日、使用人が戻ったとの知らせに、面会したいと伝えて部屋を用意してもらった。
私の側にサミュエル先生が座って、リーサさんとレオナルドさんとマリアさんは別室だ。サミュエル先生と伝心機とレオナルドさんの伝心機を繋ぎっぱなしにして、あちらでも会話が聞こえるようにしてある。
ローレンス様の侍女をしていたメイサが、少し緊張しながら入室してきた。侍女頭だった侍女は領城勤めを引退したという。
「お嬢様、お呼びでしょうか?」
「呼び立ててごめんなさい。少しお話を聞きたくて」
「話ですか?」
「メイサはローレンスお義兄様が幼い頃に、侍女をしていたのよね?」
「はい。こちらにいらっしゃる頃は、私と他3名がお側でお世話をさせていただいておりました」
「お庭のアーモンドの木を植えた当時の事を、覚えている?」
「はい。植えたといいますか、ローレンス坊ちゃまが生のアーモンドをばらまいてしまわれたのですけれど」
「それはいつの話?ローレンスお義兄様がおいくつの時?」
「あれはローレンス坊ちゃまが3歳の春ですよ。元々植えるおつもりでしたが、転倒されてばらまいてしまわれて。涙をこらえながら庭師と共に1粒1粒植えておられました」
「ランベルトお義兄様とお庭で遊んだりしていた?」
「はい。よく駆け回っておられましたよ。5歳になられた頃から、フェルナー家のご嫡男としての自覚が芽生えられたのか、落ち着かれましたけれど」
じゃあ、あれはいつの頃の風景なんだろう?
「ローレンス君の今の状況は知っているかな?」
私が黙ってしまったので、サミュエル先生がメイサに質問した。
「旦那様からご説明がございました。ローレンス様がお嬢様を裏切られるなんて、信じられませんでしたが、本当の事なんですね?」
「本当の事だね。ただ、裏切ったというか嵌められたというか。その辺りは間違えないでやってもらえるかな?」
「かしこまりました」
「こちらに戻ってきてからの住まいの事は?」
「伺っております。私もそちらに移る事になっております」
「相手の女性がかなり奔放だから、それだけ覚えておいてやって。貴族にはほとんどいないと思うし、平民でもかなり珍しいというかまぁ、早々居ないと思うよ」
「ブランジット様は、お相手の女性をご存じなのですか?」
「情報収集の為に、何度か話はしたよ。距離の詰め方が極端な女性だね。弱っているところにあの調子で励ましを受けたら、流される男性も多いだろうね。微妙に男性の自尊心をくすぐってくるんだよ。だからそちらに移る人達は相手の女性を諌めたり出来る人になっていると聞いているし、男性は相手が居ない者を集めたと聞いた。メイサさんには取りまとめの立場をお願いすると聞いているよ」
そんなところまで話が進んでいるの?サミュエル先生はどうして知ってるの?
「お任せくださいと断言するつもりだったのですが、自信が無くなってきました」
「ある程度はタウンハウスで教育はしているよ」
「かしこまりました」
頷いたメイサが私をじっと見る。
「お嬢様、またフェルナー領に来ていただけますか?」
「それはどういう……」
「理由はどうであれ、ローレンス坊ちゃまがお嬢様を裏切ったという事実に、変わりはございません。ですが、私共はお嬢様の最初に運び込まれた姿を忘れられないのです。あの小さく、今にも消えそうだったお嬢様がこんなにお美しくなられた。これからもそのお姿を見守っていきたいのです」
「メイサ……」
「ローレンス坊ちゃまと顔を会わせろとは申しません。お嬢様がおいでの際に、ローレンス坊ちゃまがいらっしゃっても完璧に隠し通して見せます。どうか、フェルナー領を嫌いにならないでください」
「フェルナー領は良い所ですし、嫌いになんかなりませんよ。嫌いになれませんもの。お義父様がお治めになっておられる、暖かくて優しいフェルナー領が、私は大好きですのよ」
「ありがとうございます、お嬢様」
メイサが部屋を出ていくと、静かにマリアさんが入ってきた。
「さて、キャシーちゃん。疑問は解決したかな?」
「いいえ。でもあの風景はアーモンドの木が見ていた風景なのでは?と感じました」
「なるほど。キャシーちゃんならありうるからね。光だけでなく水も植物も持っているんだ。植物魔法には木の声を聞くという術式もあるし、キャシーちゃんの不思議な光魔法ならアーモンドの木の記憶を見ても不思議じゃないからね」
「植物魔法って、成長させるだけじゃないというのは知っておりましたけれど、木の声を聞くのですか?」
「成長させるには適切な水、日光、栄養が必要です。経験則からそれを行うのが庭師、木の声を直接聞いて行うのが植物魔法使いですね。経験豊富な庭師と組んで、庭師として働いている者も居りますよ」
マリアさんが答える。そういえばマリアさんって、植物魔法使いだったっけ。
「私の植物魔法は、香りの増幅された物ばかりですけれど、私にも通常の魔法は使えるのでしょうか?」
ちょっと自信が無くなってきた。サミュエル先生にまで、不思議な光魔法とか言われちゃうし。
「使えてるでしょ?規格外ではあるけれど、通常の光魔法も水魔法も。ちゃんと加減出来てるんだし。気にしなくてもキャシーちゃんの魔法はちゃんと普通の魔法だよ」
「先生は人を褒めるのがお上手ですわね」
「一応教師だからね。でも、ウソは言っていないよ」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。そろそろ戻ろうか」
繋げっぱなしにしておいた伝心機を切る。
「先生……」
どうしよう。立ち上がれない。
「ん?どうしたの?キャシーちゃん」
「少し下腹部痛が」
さっきから下腹部にと鈍痛があるのよね。これって覚えのある痛みだからもしかしたら……。
「下腹部痛?」
「リーサさんを呼んでいただけますか?」
「分かった」
マリアさんには残ってもらった。その事によって、マリアさんは薄々勘付いたみたい。
「キャスリーン様、薬湯はお持ちですか?」
「ハーブティーなら。アルヴィンから渡されて、収納ピアスの中ですね」
収納ピアスから各種お薬と1回分ずつに分けたハーブティーを取り出す。
「それは?」
「お薬箱ですわ。必要な常備薬をここに入れてあります」
「便利ですね」
「収納ピアスがあるから出来る事ですけれど。レティキュールには入れられませんし」
入らないのよね。3種類位なら入るけれど。それに持ち歩くのも面倒だ。ドローストリングバッグに入れておけばチェーンベルトに通して持ち歩けるけれど、邪魔になっちゃうしね。
「キャスリーンさん」
「お呼び立てして申し訳ございません、リーサさん」
「良いのよ。どうしたの?」
「おそらくですが、初潮が始まりました」
「おめでとう。おめでとうだけど、煩わされて大変よね」
「リーサさんにはお伝えしないとと思いまして。セシルさんとララさんにも」
「喜ぶと思うわよ」
マリアさんは護衛として側にいてくれる。今も一緒だったから、事情は分かってくれると思う。
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