婚約破棄がトレンドですが、堅物すぎる婚約者さまはわたしを絶対手放さない

美尾

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さいてい

 やわらかな感触が、吸いつくようにくっついて、遠のいたと思ったらまたくっつく。
 熱い風が微かに頬を撫でていく。
 下唇が優しくはさまれ、湿ったものがあわいを撫で。
 
「え……」

 これってなに? 
 考えられるものはひとつしかなくて、だけどそれを信じられなくて、思わずまぶたを開く。
 びっくりするほど近くにジュードの燃えるような瞳があって、唖然とした唇にぬるりとなにかが侵入してきた。とっさに逃げようとしたけれど、大きな手が逃がさないと言わんばかりにミアの頭を引き寄せる。
 奥で縮こまっていた舌はたやすく絡めとられ、飴玉を転がすようにねぶられた。
 熱くって、ぬるぬるしてて、触れるところから得体の知れない興奮がこみあげる。
 耳を塞いでいた手はいつの間にかジュードのシャツにシワを作っていた。
 くちづけられている。
 しかも力強く、奪うように。
 これが深く淫らなくちづけだと気づいたとたん、全身がカッと熱くなり、腹の奥がきゅんと疼く。慣れない感覚に身をよじり、はずみでふたりの唇が離れた。

「ぁ……は、はあ……え……ぇ?」
「……大嫌いはさすがに堪えたが……。俺は君が思っている以上に融通がきかない。いまさら君を手放したり出来るものか」
「て、てばな……え……? え? だ、だいきら……っあ、ジュードさま!」

 ミアの身体はやすやすとジュードの逞しい身体に抱き込まれ、軽々と持ち上げられた。子供みたいに片腕で抱き上げられ、混乱したまま見下ろすと、ジュードが忌々しげに言い募る。

「さぞや滑稽だったろう、俺はずいぶん自惚れていた。だがまさかそんなに嫌われているとは」
「どういう……、そ、そんな、わたしがジュードさまのことをきらいなわけ」
「嘘をつくな。あのサロンの店主には、君が来たら連絡をくれるように言ってあった」
「……あ、あ、……ああぁ、ち、ちがっちがいます、ジュードさま、誤解です!」

 ——わたしはあの男が大嫌いよ!!

 思い当たるのはあれしかない。
 どうしてよりによってあんな場所であんな事をあんな大きな声で叫んでしまったの? ジュードさまが連れて行ってくれた店なのだから店の者と親しいかもってことくらい容易に想像つくはずなのに。
 
 ジュードはミアの弁明には耳をかさず、リビングを出た。

「リビングに、ベッドルームが三部屋、クローゼットがひと部屋」

 そう言って、一番奥の部屋の扉を蹴破るように開き飛び込んだ。
 窓には真新しいカーテンがかかり、家具は大きなベッドだけ。部屋の壁紙からもベッドリネンからも、真新しい匂いがする。
 ジュードはミアをそっとベッドにおろし、燃える瞳のままおごそかに告げた。

「婚約破棄など絶対にしてやるものか。どこにも帰らなくていい。君は今日から俺とふたりでここに住む」
「……す、すむ?」
「君が真実愛する人とはこの先も出会えないかもな。だが安心して良い。俺が真実、君を愛している。絆されてくれるよう努力すると約束しよう」

 くらくらして、目がまわりそうだった。

 なんの冗談なの? ジュードさまの方がわたしに婚約破棄されるかもって思っていたってこと?
 
 未来予想と正反対の出来事についていけない。
 この誤解をはやくとかなきゃ。
 でもどうやって? やっぱりオリビアに会いたいけど、部屋から出してもらえる気がしない。

「ジュードさま、ほんとにちがうの。あの、オリビアに会って」
「女性の方が好きだったのか? 困ったな」
「ち、ち、ちがぁうぅ……」

 堅物のくせに、そんなところは進歩的なのね。なんて言ってる場合じゃない。
 事態を全く飲み込めない。だけど嫌われてないとわかったから、嬉しくて、頬に血の気が戻ってくる。
 
「わ、わたし、わたしだって、ジュードさまを愛してます」

 言ってしまってから、初めて伝えたことに気がついた。
 勇気が出なくて、今まで伝えてこなかったのもいけなかった。ミアを見定めようと鋭さを増したジュードの目を、怯むことなく受け止める。
 信じて、と想いを詰めたつもりだったけど、ジュードは眉をひそめただけだった。

「は、甘言に惑わされたくなるな、だが俺がこちらに帰ってきてから、君はよそよそしく、ため息ばかりついていた。ああ、今日もそうだった。もっと幼い頃は誤魔化せたが、所詮父親に言われて婚約しただけで、学園で世界の広がった君には、俺はさぞつまらない男だろう」

「そ、そんなこと思ってない……それはだって! ジュードさまが……ジュードさまは今日、初めから不機嫌で」
「ふたりでサロンに行った時もそうだった」
「ちがうわ、街中のお店が珍しくて……それに、あの日はジュードさまだってうわの空でした!」
「それはすまなかった。君があまりにも刺激的で魅力的で、どこを見るべきかわからなくて」

 とん、と大きく開いた胸元に指を押しつけられる。そのまま手の甲でふくらみを撫でられて、羞恥で肌が赤く色づく。
 恥ずかしいけれど、ここで嫌がるとジュードがまた疑いを深めるのは本能的にわかっていた。それで誤解がとけるなら、好きに触ってもらってかまわない。

「……っ、ぁ……こ、このふく、だって。わたし、ジュードさまが帰ってくるってお手紙をもらってからしたてて……ぁ」
「っ、しかし、今までとは全然違うじゃないか。なぜ急に……誰か、他の……好みを」
「ちがいます! ジュードさまに、意識してもらおうと、思って……大人っぽいのを選んだの……なのに」
「なのに?」
「ジュードさま、なにも言ってくれなかったし、なんならちゃんと見てもくれなかったし、不愉快そうでした……え……ひどくない……? さいてい……」

 思わず本音がこぼれると、ジュードはぎょっと目を剥いた。
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