ハングリーアングリー

春野わか

文字の大きさ
2 / 9

スタンド・バイ・ミート

しおりを挟む
「ねえ、右斜め後ろの、ギャル利根にそっくりじゃない? 」

「あんなメイクしてたら七十のお婆ちゃんでもそう見えるわよ。セレブがこんな庶民のツアーに一人で参加する訳ないじゃない」

 ご当地グルメを大食いしてるのをテレビで良く見掛ける。
 食べる量なら負けてないのに。
 経費はテレビ局もちで大食いしか能が無いのにセレブ。
 ギャル利根と自分の違いはなんだろう。
 化粧が濃いか薄いかだろうか。

 塔子とお喋りしながら車窓に並行する景色に何となく視線を流す。
 雲も疎らな青空が続いていた。

 渋滞も無く、バスは海老名SAでトイレ休憩を取り、御殿場インターから一般道に降りて最初の目的地に到着した。

「此方で相州牛の定食を召し上がって頂きます」

 先ずはツアー貸し切りレストランで相州牛の定食だ。
 白を基調としたカジュアルな店内の席に着いて暫くすると、コンソメスープとサラダとパンがテーブルに運ばれてきた。
 トマトとレタスだけのサラダは至ってシンプルだが、近くの農園で取れた無農薬野菜を使っているという。

「美味しそう」

 フォークを手に取り塔子に微笑む。

「ねえ、庭が綺麗だよ」

 塔子に言われて両開きのお洒落なハイサッシから見える洋風庭園に顔を向けるが、好実の意識は直ぐに料理に戻った。

「あれ?」

 白い皿の上にあったものが全て消えている。

「え?何で?まさか!」

 思わず高い声を出すが、正面に座る塔子は何食わぬ顔で口をモグモグ動かしている。
 
「どうしたの?」

「サラダもスープもパンも消えてる」

 あらぬ疑念が沸いたがスカートをギュっと握り締め、友情を壊し兼ねない発言を堪える。

「そんな、料理がいきなり消える訳ないじゃない。食べたんでしょ?瞬く間に。何時もそうじゃない」

 そう言われると自信が無くなってきた。
 塔子は大食いだが早食いでは無い。
 それに引き換え自分は大食いで早食いだ。
 塔子とは長い付き合いだし、いくら何でも人の料理にこっそり手を付ける程下劣な人間では無い。

 その時、ぷんと食欲をそそる香りが鼻先を掠め、好実の寄せられた眉間の皺が緩んだ。

「相州牛のステーキ! 」

 メインディッシュの登場に沈んだテンションが跳ねる。
 スーパーで売られている肉とは風格が違う。
 サラダやスープなんてどうでもいい。
 野菜が逃げ出す訳は無いから、いつの間にか食べていたのかも。

 興奮し過ぎて記憶が飛んでしまっただけかもしれない。
 スープはうっかり溢してしまった、とか。

 好実は気を取り直して、フォークとナイフを構えた。

「そういえば、前に話してた本」

 上質な肉にナイフを入れようとしていたところ、塔子が隣の椅子に置いたバックから一冊の本を取り出し目の前に差し出してきた。

 タイトルは「諦めないダイエット!今度こそ痩せられる」だった。

 今!よりによって今!
 塔子が空気が読めないのは今に始まった事では無いけど。

「わあ、ありがとう。ホント嬉しい! 」

 開いた眉間が再び狭まり胃袋が一瞬だけ縮むも、作り笑いで本を受け取り頁を捲って見せる。
 どんなに親しくとも女同士は建前が大事。
 笑顔を固めた儘、テーブルに視線を戻すと今度は真っ白の皿から相州牛が消えていた。



 



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...