ハングリーアングリー

春野わか

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大脱走

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「あんた!まさか! 」

 紅潮した顔を上げ塔子を睨み付ける。

「どうしたの? 」

 塔子はフォークで牛肉を口に運びながら間延びした声で返す。
 一瞬頭に上った血が下がった。
 今回はずっと前を向いていた。
 塔子がおかしな動きをすれば流石に気付く筈。
 
 塔子の皿の上のステーキは端が極僅かしか切り取られておらず、まだたっぷり残っている。
 人の肉に手を出す程飢えていないのは明らかだ。

 じゃあ、自分の肉は何処へ?
 キョロキョロと部屋中に視線を走らせる。
 ツアー客達は誰もが談笑しながらグルメを堪能していた。

 肉が勝手に逃げる訳ないじゃない。
 まさか下に落ちた?
 テーブルの下を覗き込むが、愛しい相州牛は何処にも見当たらない。

 溜め息を吐き、憔悴した顔を持ち上げる。
 力無くさ迷う視線が前方右の隅で動く何かを捉えた。

「嘘! 」

 ボルドーのタッセルで纏められたグリーンのカーテンの隙間から覗く赤色のは、まさかミニトマト。
 瞼を擦る。
 何であんな所に。
 と、いう思考をすっ飛ばし、獲物を狙うライオンさながらに中腰でソロソロと近付く。

 腕を伸ばしてカーテンの裾を捲ろうとした途端に肉とパンとトマトがササっと素早く影から飛び出し好実の脇を擦り抜けた。

 思考と動きがフリーズしている間に、ソイツ等はレストランのドアの隙間から外へ逃げて行く。
 汗とは違う得体の知れない分泌物が吹き出した。

「どうしたの~」

 塔子の呑気な声でモノトーンに褪せた景色に色が甦る。

「あれ── 見た? 」

 顔面を突き出して塔子に迫る。

「何を~? 」

 塔子はゆっくりと食後のシャーベットを舌で転がしつつ微笑みさえ浮かべていた。
 その表情がオカルト現象を目撃していない事を物語っている。
 仕方無く追及を呑み込み、自分の中だけでオカルトorファンタジーを消化しようと唇を噛み締めた。

 そもそも牛肉も野菜もカットされて既に死んでいる。
 いや、そうじゃない。
 牛はともかく野菜に足が生える筈無い。
 いやいや、牛じゃなくて牛肉。
 やっぱりさっきのは幻覚。

 今日の味覚ツアーが楽しみ過ぎて寝不足気味だからか、仕事のストレスが思いの外重症なのか。
 神経も肉体も図太いから心の病は最果ての地にあると舐めていた。
 好きな物を食べれば大抵の事は忘れられるのに。
 その好きな物が逃げ出した。
 もしかして私、ヤバイ?

「変な事聞くけど、私、肉食べてた? 」

 若年性痴ほう症の疑念が込み上げる。

「多分、私がお肉切ってる間に。好実、いつも一瞬で食べ終わってるじゃない?それよりシャーベット溶けてるよ 」

 気持ちが収まらない儘液状になった大根のシャーベットを仕方無くカップごと啜った。

「では、次は金太郎さんで有名な金時山で茸狩りになります」

 ツアコンが次の目的地を告げた。
 
「そうだ。茸狩り! 」

 不完全燃焼し掛けていた好実の燃料に再び火が点いた。
 茸を沢山採ってBBQ。
 切り替えが早いのは長所だ。

 バスに乗り込み窓を半分開け、燻る思いを外に解放する。

「楽しみ!沢山採れるかなあ」

 楽しげに塔子に話し掛ける声は渇いていた。
 メロンパンも買った直後に食べてしまったので、外の景色を眺めて物足り無さを紛らわせるしかない。








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