ハングリーアングリー

春野わか

文字の大きさ
6 / 9

美女対野獣

しおりを挟む
「え、でもさ」

 ギャル利根は何かを言い掛けて止めた。
 乗客達が緑色の顔でバスに乗り込んでいく。
 アメリカのゾンビ物のように、今逆らったら、“あの女”に食われてしまうに違いない。
 
「お!エンジン掛かった」

 人は余りにも非現実的な事態に遭遇すると、パニックを防ぐ為に日常的行動を取る事で冷静さを保とうとする。
 或いは無かった事にしてしまうかだ。
 運転手は正にそんな精神状態にあった。

「ちょっとしたハプニングに見舞われましたが~~バスは金時山の麓に到着致しましたあ~~」

 ツアコンも同じく。

 "ちょっとしたハプニング"とお経のようにブツブツ呟く運転手。

 バスを降りて山に入った。
 泥濘んでいるが一瞬で止んだので豪雨の影響は差程無い。

 水を得た魚のように好実が嬉々として茸狩りに没頭する。
 大仕事を終えて、かなり空腹を覚えていた。
 腹の虫がひっきりなしに鳴くのを「森のくまさん」を美声で歌って誤魔化す。

 かなり採れた。
 と、いうより他のツアー客の生気は殆んど好実に奪われていたので一人占め出来た。

「好実の食に対する情熱はホント凄いよね」

 塔子が話し掛けるが彼女の影は既に薄く、存在をアピールするにはありきたりな発言過ぎた。

「そう? 」

 適当に相槌を打つ。

「うわああああーーーー」

 その時、静寂と長閑な情景を誰かの悲鳴が切り裂いた。
 ファミリー向けから一気にサスペンスに。
 それでも好実の集中力は途切れず黙々と茸を採る手を止めようとしない。

「熊だーー熊あーー」

「熊? 」

 流石に手を止める。

「きゃーー熊、熊だって!早く逃げなきゃ!」

 最早モブの一員となってしまった塔子の月並みなリアクション。
 のっそりと森の熊さんが姿を現し、茸を握り締める好実に向かって吼えた。

「冗談じゃないわよーー」

「え? 」

 呆然とする塔子を尻目に、好実の大脳辺縁系で噴火が起こった。
 マグマのごとくアドレナリンとノルアドレナリンが湧き出し、ブドウ糖や酸素を全身に送ろうと脈拍が速まり血流が増える。
 ノルアドレナリンがシナプスを通じて細胞に臨戦態勢を取るよう指示を出した。

 呼吸数、心拍数増加。
 気管支拡張、血圧上昇。
 怒りと闘争心は表裏一体。

 もう、理屈はいいわよ。
 熊を倒すか追い払うかしないと、また肉が食べられない。

 欲望を満たす事への妨害、それにより生じた空腹による苛立ちが怒りを増幅させ、熊を倒さなければ肉にありつけないという切迫感が彼女を後押しする。

 だから、理屈と解説はどうでもいいって。

 怒ってばかりも健康に悪いが、そのエネルギーは奮起の原動力にもなる。
 ノルアドレナリンとは別名「闘うホルモン」。

 前頭葉、今はお前の出番じゃない。
 熊を倒さなければ此方がエサになってしまう。
 常に食べる側でいたい。 
 沸き起こる怒りの全てを熊にぶつければ撃退出来る筈。

「理屈じゃないのよーーーー」

 好実は怒りのエネルギーを叫びと共に爆発させた。
 熊が負けじと立ち上がり吼える。
 両者睨み合いの後、がっぷり四つに組んだ。

 のこったのこった、のこったのこったーー

 結果、熊は先に回しを取られ、上手投げで放り投げられた。
 金時山という土地に宿る金太郎エネルギーも力を貸してくれたのだろうか。
 
 いずれにせよ、食物連鎖の頂点に立つ者としての力を見せ付けてやったのだ。
 食欲とは三大欲求の中で最も強い衝動だ。
 ならば食欲旺盛な好実は生存本能には秀でており自然界における強者と言えるのかもしれない。

 
 

 

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...