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りりり

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プロローグ "始動"

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「カイ、起きろ」

夢心地の彼を呼ぶ声が響く。
声のぬしは、彼の祖父"ゼノ"だ

カイは重い瞼をこすりながら体を起こす、やけによく通るゼノの声は、深く休んでいた脳を覚醒させるに足るものだ

「、、、、」

ベッドから半身を起こしたまま、半開きの目をこするカイをみて、ゼノは軽くため息を吐き、矢継ぎ早に言う。

「おまえ、何時だと思ってる?今日から本格的に基礎を叩き込むと言っただろう。昨日儂に言った決意とはなんだったんだ」

そう、カイとゼノは孫子の関係であり師弟の間柄でもある。
彼らの住むグレイヒルは、治安の悪化が深刻化しており
昼間子供が外で遊ぶことすら憚られるような街だ。
商店やコンビニ施設はあるものの、オフィスビルや娯楽施設といった類のものはない。
あるのは、闇カジノやそれを運営する犯罪組織、あるいは
違法薬物の売買といったアングラな商業だ。

そのため、主婦子供に至るまで
グレイヒルの住民は護身用の格闘術"カリシャオ"を習得しており、女子供でも、素人の暴漢程度であれば撃退可能な戦闘力を有しているのだ。

もちろん、カイも"カリシャオ"を一通り習得してはいるが
齢20を迎え、己の力で弱き者を守ると一念発起し

”能力”の習得を決意したのだ。
ゼノの言った"基礎"とは、能力を習得する前の基礎鍛錬のことである。

「爺ちゃん、おはよう。昨日少し眠れなくて。すぐ準備するよ」

起こされたとはいえ、カイは目覚め自体はいい方だ。
すっくと立ち上がり、憮然とするゼノの脇を通り抜け、洗面所に向かう。
背を追うように、ゼノは文句を言う。

「まったく、爺ちゃんはお前が起きてくるのを30分も待っていたんだぞ。
それにしても、初日から寝坊とはいい度胸だ。みっちり鍛えてやるから覚悟するように」

「ひぇぇ、、、お手柔らかに頼むよ」

「そんなことで"エーヴィヒ"に入れると思っているのか、この馬鹿者め」

ゼノはそう言って、顔を洗うカイの後頭部に容赦のない拳骨を打ち込む。頭を押さえて悶絶するカイを尻目に、
"さっさと準備して表に出ろ"
と捲し立て、ゼノは外へ出ていった。


"エーヴィヒ"
グレイヒルが属する王国”レイクディア”に存在する政府機関である。
政府機関といっても、警察、司法などのありとあらゆる機関を内包した超巨大組織である。
世界全体に対して絶大な権力を持ち、時には国王の意向すらはねつける。その気になれば国王の首をすげかえることも可能なため、事実上、世界最高の権力を持つ機関である。

そしてその機関内には”クライム”なるエージェント部隊が存在し、
隠密活動から、警察機関では手に追えない凶悪犯罪者などを取り締まる、いわばエリート中のエリート集団である。

カイは、その”クライム”への入隊を志願したのだ。
クライムへの入隊条件はまさに
言うは易く行うは難し
である。
クライムに入隊するために必要なものは
”圧倒的な戦闘力””数千手先を視る頭脳”
のいずれかである。

カイが目指すのは前者での入隊であり、その方法は

現役のクライム隊員とルール無用の一騎打ちを行い、勝利することにある。
また、現役の隊員がこれを挑まれた場合拒否することはできない。もし拒否すれば除籍となる。

いつ何時でも挑戦可能ではあるが、恐ろしく高い壁であることは明明白白だ。

側から見れば無謀極まりない挑戦とされるが、カイの意思は固く、そのために能力を会得する修行に身を投じたのである。


「来たか」

朝霧の残る庭先にカイが出ると、そこにはすでにゼノの姿があった。
70を超える高齢ながら、その立ち姿は威風堂々としており
歴戦の古傷が、ゼノが歩んできた覇道を語る。

泰然と屹立する老爺の背に、カイは畏怖した。
カイは、ゼノの過去を知らない。
総身に刻まれた古傷の理由、ゼノが歩んだ過去の道筋

幼い頃から、今まで幾度となく聞いてきたカイだったが、ゼノが返す答えはいつもこうだった。

”いいか、カイ。お前の爺ちゃんは最強だ。今はこれだけ覚えておけ、儂が死ぬまでには教えてやる”

と、答えになっていない答えではぐらかされるのだ。

実際のところ、カイは幼いときに暴漢の集団に襲われたことがあり、誘拐されそうになった。
まだ"カリシャオ"すら習っていない時分、抵抗のすべはなく、恐怖に泣き喚くので精一杯だった。
そこに現れたのがゼノであり、仁王の如き形相をした祖父に恐怖を覚えたことを、カイははっきり覚えている。

”クソガキども、儂の孫に手を出すとはいい度胸だ。骨すら残らんと思え”

ゼノがそう言って、暴漢達に襲いかかった場面を最後に
カイの記憶は途絶えているが、
ゼノがカイにとっての”最強の爺ちゃん”たらしめる理由としては十分だった。



「さて」

振り向いたゼノは、まさに歴戦の老将
凄まじい気迫を纏っており、対面するだけで冷や汗が出るほどだ。
孫のカイであってもそう思うのだから、知らぬ者が相対すれば失禁してしまうんじゃないかと思うほどの迫力だ。

「まずお前に、”能力”とは何かを教える。
いいか、"カリシャオ"とはわけが違うぞ。平たくいえば、"カリシャオ"は腕や足があれば誰にでも習得できる”技術”だ、能力とは、技術の及ばぬ”才能”だ。

誰にでもできるわけではない。気の遠くなるような修練の先に花開くこともあれば、開かぬまま生涯を終える者もいる。また、ごく稀にもって生まれる者もいる。

誰にでもできないものを習得するために、誰にでもできることをひたすらやり続ける。実るとは限らない努力だ。お前にその覚悟はあるか? 

ないのなら、クライムへの入隊は諦めることだ」


鬼気迫る祖父の表情にたじろぎつつ
カイは燃えるような瞳をゼノに向け、言い放つ。

「やってみせるさ。爺ちゃん。
すべてやり尽くした上で、それでも叶わないのなら、それが運命。それで話は終わりだよ」

「よく言った。さすがは儂の孫だ」

豪快に笑う祖父と、朝霧を貫く陽光
眩しさに目を細めつつも、
カイの瞳は、揺らぐことはない。

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