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第六話 "羅刹の力"
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”ハガン”
”ハガン!”
波の飛沫に濡れたまま、倒れ伏す猛獣の名を呼ぶ声が響く。
ハガンは、深い闇の中に落ちた意識を徐々に取り戻し、己を呼ぶ声に気付く。
「グレン、さん‥?」
ハガンは薄ら目を開く、耐え難い頭痛を感じたことで
まだ生きていることを実感した。
否、”生かされた”ことを。
汗だくのグレンが、倒れているハガンを覗き込み
しきりに叫んでいる。
ハガンの応答を確認したグレンは、安堵の表情を浮かべ
ハガンに語りかけた。
「ハガン、何があった。いくら探してもお前がいないと、みんな大騒ぎだぞ。」
時刻はすでに正午を回っていた、マルティナによる招集指定時刻は正午だ、刻限を過ぎても現れないことを、上官および同僚達は不審に思い、今今まで探し回っていたという。
「グレンさん、すみません。俺は…」
「今はいい、とにかくみんなのところへ戻るんだ」
ハガンは力無く頷き。グレンにより呼び寄せられた救急隊によって、本部医務室まで運ばれた。
ーーー
「無事だったか。目立った怪我もないようだな。
一体何があった?」
ハガンの病室には、クライムおよびエーヴィヒの上層部が集結していた。
マルティナは皆を代表し、誰もが知りたい内容をハガンに問う。
ハガンはうつろな様子で、ぽつりぽつりと話し始めた。
「”羅刹”に、会いました」
全員の表情に緊迫が走る。
思わず声を上げる者もいた、さもありなん、此度の騒動の元凶と会ったと言うのだから無理もない。
マルティナは、どよめく幹部を諌め、順を追っての説明を求めた。
「岬で海を見ていたんです。あの場所はいつも行ってたんで…
そしたら、”奴”がいました。
俺は、その場でふん捕まえてやろうと思って、戦いを挑みましたが、、、」
途中までいい終わったところで、ハガンはその先を語ることを迷った。
ここから先の出来事は、今までの自身の発言とはそぐわぬ忌々しい過去。
自信や尊厳をかなぐり捨てて、全てを打ち明ける覚悟が整うまでの時間は、意外にも短かった。
ハガンは身をもって知ったのだ、己の過信と慢心を。
そして軽率な行動が招いた結果に対する責任とは、ここで皆に全てを話すことだと、決意を固めたからだ。
「何も、できませんでした。奴に触れることも、奴から触れられることもなく。そして、動けない俺を尻目に、やつは俺に攻撃さえしなかった、もちろん殺すことも。
すぐに連絡するべきだったのはわかっています、ですが、どうしても感情が邪魔をしていました、
とんでもねぇ迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
ハガンはそこまで言い終わると、目を覆い、咽び泣いた。
一同は、その様子をじっと見つめ
責めることも慰めることもできず、ただ唇を噛み締めていた。
「もう、それ以上言うな。ハガン。
お前のやったことは、立場を考えるなら間違っていたかもしれん、しかしな、お前に悪気がないのはわかっているし
”特攻隊長”の名を背負う者として、譲れぬものがあることも重々承知だ。
こうしてお前が無事だったんだ、これが一番の成果だ」
マルティナはハガンにそう語りかけ、掌で目を覆いながら涙を流すハガンに、安堵の表情を向けた。
それは他の者も同様だった。
グレンもまた、自身の命令に背いたことを責めることはしなかった。むしろ自身に対して責任を感じている様子だ。
「しかし、ハガンが何もできないというのはあまりにも出鱈目すぎやしませんか…?
グレン殿、”羅刹”と互角に渡り合えるのは貴方だけかと思いますが、いったい奴の強さにはどんな秘密が?」
如何ともし難い場の空気を切り替えたのは”リオウ”だ。
ハガンを含む全員が、一斉にグレンの方に目を向け、答えを待つ。
「……うむ。 奴の強さにおいて、最も重要であり厄介なのは、奴の持つ ”能力” だ。
奴はな、ありとあらゆるものを対象に、性質の改変、および付与を自在に行うことができる。
”性質” とは、概念や抽象的なもの全てを対象とする、
ハガン、お前は奴に殴りかかった時
体が動かなくなったと言っていたな?」
「ええ…。力を入れることはできるし、感覚はあるんです。
まるで、俺の体ぴったりに隙間なく作られた鋼鉄の服を着ているようでした」
「おそらく奴は、お前の体そのものに”動かない” もしくは
”動けない”という”性質”を与えたんだ。
その証拠に、意思はあったはずだ”動こう”とする意思はな。
そのほかに、何か変化はなかったか?」
「そういえば、奴に近づいたあたりから、荒れてた海が急に静かになったような」
「それも奴の仕業だな。
すでに荒ぶっている海は、最初から”荒ぶる”性質をもっている。それを奴は”凪”の性質に改変したのだろう」
グレン以外、全員が目を丸くした。
とてもじゃないが、そんなことがあるわけがないと言った表情だ。
この男は何を言っている、そんなことがあるはずないだろうと、声にこそ出さないが、様子から見て取れる。
「突飛な話に思うだろうが、これは事実だ。
そのほかにも、奴は空間に対しても”性質”を付与、改変できる。
例えば、この空間にある大気に対して”燃える”という性質を与えたとしたらどうなると思う?
瞬く間にあたりは火の海だ。」
「そんなものを一体、どうしろと……」
皆の思いを代弁したのはウェルリズだ。
無理もない、誰が聞いたとてそう思うだろう。
しかし、グレンはさらに続ける。
「だが、奴の厄介なのは”能力”だけじゃない。
昨日ハガンが言っていたな、
能力のからくりさえわかれば、肉弾戦に持ち込む、と。
だが奴は素の戦闘力も凄まじい。
事実、前の”特攻部隊隊長”は、真正面からの殴り合いで奴に敗れた。さすがに能力を応用していたとは思うが、それでも地の戦闘能力がなければ説明はつかん。
だから、奴には弱点がないんだ。
”羅刹”を討ち取るには、変幻自在かつ千変万化の能力による絡め手を掻い潜り、隙を伺いつつ刺すしかない。
無論。奴の能力の応用は無限に等しいから、都度対応し予測を立てる戦闘IQと、奴を上回る基礎戦闘力があることが前提だ」
ひとしきり話し終えたグレンは、一同を見渡し
宣言した。
「”羅刹”と真正面からぶつかれるのは、この私だけだ。
グレン・ジークフリード、羅刹討伐の責を預かる」
”ハガン!”
波の飛沫に濡れたまま、倒れ伏す猛獣の名を呼ぶ声が響く。
ハガンは、深い闇の中に落ちた意識を徐々に取り戻し、己を呼ぶ声に気付く。
「グレン、さん‥?」
ハガンは薄ら目を開く、耐え難い頭痛を感じたことで
まだ生きていることを実感した。
否、”生かされた”ことを。
汗だくのグレンが、倒れているハガンを覗き込み
しきりに叫んでいる。
ハガンの応答を確認したグレンは、安堵の表情を浮かべ
ハガンに語りかけた。
「ハガン、何があった。いくら探してもお前がいないと、みんな大騒ぎだぞ。」
時刻はすでに正午を回っていた、マルティナによる招集指定時刻は正午だ、刻限を過ぎても現れないことを、上官および同僚達は不審に思い、今今まで探し回っていたという。
「グレンさん、すみません。俺は…」
「今はいい、とにかくみんなのところへ戻るんだ」
ハガンは力無く頷き。グレンにより呼び寄せられた救急隊によって、本部医務室まで運ばれた。
ーーー
「無事だったか。目立った怪我もないようだな。
一体何があった?」
ハガンの病室には、クライムおよびエーヴィヒの上層部が集結していた。
マルティナは皆を代表し、誰もが知りたい内容をハガンに問う。
ハガンはうつろな様子で、ぽつりぽつりと話し始めた。
「”羅刹”に、会いました」
全員の表情に緊迫が走る。
思わず声を上げる者もいた、さもありなん、此度の騒動の元凶と会ったと言うのだから無理もない。
マルティナは、どよめく幹部を諌め、順を追っての説明を求めた。
「岬で海を見ていたんです。あの場所はいつも行ってたんで…
そしたら、”奴”がいました。
俺は、その場でふん捕まえてやろうと思って、戦いを挑みましたが、、、」
途中までいい終わったところで、ハガンはその先を語ることを迷った。
ここから先の出来事は、今までの自身の発言とはそぐわぬ忌々しい過去。
自信や尊厳をかなぐり捨てて、全てを打ち明ける覚悟が整うまでの時間は、意外にも短かった。
ハガンは身をもって知ったのだ、己の過信と慢心を。
そして軽率な行動が招いた結果に対する責任とは、ここで皆に全てを話すことだと、決意を固めたからだ。
「何も、できませんでした。奴に触れることも、奴から触れられることもなく。そして、動けない俺を尻目に、やつは俺に攻撃さえしなかった、もちろん殺すことも。
すぐに連絡するべきだったのはわかっています、ですが、どうしても感情が邪魔をしていました、
とんでもねぇ迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
ハガンはそこまで言い終わると、目を覆い、咽び泣いた。
一同は、その様子をじっと見つめ
責めることも慰めることもできず、ただ唇を噛み締めていた。
「もう、それ以上言うな。ハガン。
お前のやったことは、立場を考えるなら間違っていたかもしれん、しかしな、お前に悪気がないのはわかっているし
”特攻隊長”の名を背負う者として、譲れぬものがあることも重々承知だ。
こうしてお前が無事だったんだ、これが一番の成果だ」
マルティナはハガンにそう語りかけ、掌で目を覆いながら涙を流すハガンに、安堵の表情を向けた。
それは他の者も同様だった。
グレンもまた、自身の命令に背いたことを責めることはしなかった。むしろ自身に対して責任を感じている様子だ。
「しかし、ハガンが何もできないというのはあまりにも出鱈目すぎやしませんか…?
グレン殿、”羅刹”と互角に渡り合えるのは貴方だけかと思いますが、いったい奴の強さにはどんな秘密が?」
如何ともし難い場の空気を切り替えたのは”リオウ”だ。
ハガンを含む全員が、一斉にグレンの方に目を向け、答えを待つ。
「……うむ。 奴の強さにおいて、最も重要であり厄介なのは、奴の持つ ”能力” だ。
奴はな、ありとあらゆるものを対象に、性質の改変、および付与を自在に行うことができる。
”性質” とは、概念や抽象的なもの全てを対象とする、
ハガン、お前は奴に殴りかかった時
体が動かなくなったと言っていたな?」
「ええ…。力を入れることはできるし、感覚はあるんです。
まるで、俺の体ぴったりに隙間なく作られた鋼鉄の服を着ているようでした」
「おそらく奴は、お前の体そのものに”動かない” もしくは
”動けない”という”性質”を与えたんだ。
その証拠に、意思はあったはずだ”動こう”とする意思はな。
そのほかに、何か変化はなかったか?」
「そういえば、奴に近づいたあたりから、荒れてた海が急に静かになったような」
「それも奴の仕業だな。
すでに荒ぶっている海は、最初から”荒ぶる”性質をもっている。それを奴は”凪”の性質に改変したのだろう」
グレン以外、全員が目を丸くした。
とてもじゃないが、そんなことがあるわけがないと言った表情だ。
この男は何を言っている、そんなことがあるはずないだろうと、声にこそ出さないが、様子から見て取れる。
「突飛な話に思うだろうが、これは事実だ。
そのほかにも、奴は空間に対しても”性質”を付与、改変できる。
例えば、この空間にある大気に対して”燃える”という性質を与えたとしたらどうなると思う?
瞬く間にあたりは火の海だ。」
「そんなものを一体、どうしろと……」
皆の思いを代弁したのはウェルリズだ。
無理もない、誰が聞いたとてそう思うだろう。
しかし、グレンはさらに続ける。
「だが、奴の厄介なのは”能力”だけじゃない。
昨日ハガンが言っていたな、
能力のからくりさえわかれば、肉弾戦に持ち込む、と。
だが奴は素の戦闘力も凄まじい。
事実、前の”特攻部隊隊長”は、真正面からの殴り合いで奴に敗れた。さすがに能力を応用していたとは思うが、それでも地の戦闘能力がなければ説明はつかん。
だから、奴には弱点がないんだ。
”羅刹”を討ち取るには、変幻自在かつ千変万化の能力による絡め手を掻い潜り、隙を伺いつつ刺すしかない。
無論。奴の能力の応用は無限に等しいから、都度対応し予測を立てる戦闘IQと、奴を上回る基礎戦闘力があることが前提だ」
ひとしきり話し終えたグレンは、一同を見渡し
宣言した。
「”羅刹”と真正面からぶつかれるのは、この私だけだ。
グレン・ジークフリード、羅刹討伐の責を預かる」
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