わたしは妹にとっても嫌われています

絹乃

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二章

12、同じことを

「危ないわ、離しなさい。そのジャムは熱いのよ」
「ええ、そうよ。熱いわね。わたしの手も火傷しそうよ」
「そもそもあなた、力がないんでしょう?」

「馬鹿にしないでっ。わたしにだって頑張ればできるのよ」

「……頑張るところは、そこじゃないだろう」とクリスティアンさまがぽつりと呟きます。
 その言葉に、ビルギットは彼を睨みつけました。

 蓋が床に落ちて、硬い音を立て転がっていきます。ふるふると震えている細い腕。
 たぷん、と溢れる赤いジャム。鍋からは湯気が立っています。
 まだ煮詰め終わっていないので、瓶に詰める前なのです。

 それをわたしにかけるつもりなの? どこまで愚かなの? さっきまでジャムの売り上げと言っていたじゃないの。それは今はお鍋に入ったジャムだけれど。後々にはお金へと姿を変えるのよ。
 怒りに任せてわたしにぶちまけるよりも、他に方法があるでしょうに。

 どこまでも世間知らずで考えなしの妹の姿は、哀れですらありました。

「残念ね。ジャムは紅茶よりも粘り気があるわ。あんたが姉さんの盾になっても火傷をするのよ」
「私が盾になるだと?」

 背中でわたしを庇うように立ったクリスティアンさま。そのクリスティアンさまを護衛が守ろうとします。

「いい御身分ね。身代わりがいるのね」
「いい身分には、それなりの犠牲や義務を伴うものだ。さぁ、こちらに貸しなさい」

 クリスティアンさまが一歩を踏み出しました。
 わたし達が逃げるものだと思っていたのでしょう。ビルギットは近寄って来たクリスティアンさまに驚いて、一歩退きました。
 そして板の継ぎ目が浮いた床に、踵をひっかけたのです。

「え?」

 ビルギットの手が、鍋の取っ手から離れました。
 ごとりと重い音と共に床に落ちた鍋からは、湯気に包まれた赤いジャムが溢れ。そしてビルギットの顔や手、アフタヌーンドレスのスカートにべったりとへばりつきました。

 狭い小屋に悲鳴が反響します。

「やめてよぉ、熱いのよぉ」
「当たり前だ。熱いからこそ、姉や私にかけようとしたのだろう?」

 顔を手で拭った所為で、ビルギットの頬にはまるで血がこびりついているように見えました。涙目になってクリスティアンさまを睨みつけています。

「お前が今まで平然と姉にしてきたことが、いかに非道であるか初めて知ったのか? 愚かな」

 唾棄するように、クリスティアンさまはビルギットに言い放ちました。

「誰か、その娘を子爵家に届けてやりなさい。ああ、その前に小川で冷やしてやるといい。ほとんどドレスの足元にかかっているが、顔に痕が残ると大変だろうからな」
「医師は?」
「どこに医師がいるのか分からないからな。父親に呼びに行かせなさい。親ならば、それくらいのことはできるだろう」

 護衛の方は、暴れるビルギットを小麦が詰まった袋のように肩に担ぎました。

「殿下に不敬を働いた件は、いかがなさいます?」
「我が国の民ではないので、この国の法が裁いてくれるだろう。外交問題に発展するとまずいだろうからな。まぁ子爵は身分を剥奪されて、館や別荘は競売にかけられ、領地は没収されるかもしれないな」

「いやよ、やめてよ。いやよぉぉ!」
「購入した物の代金は払わねばならぬだろう? 子爵家の館ならば、その価値は充分にある」

 なおも悲鳴を上げて大騒ぎするビルギットを、新たに小屋に入ってきた男性(この方も、クリスティアンさまのお供の方でしょう)が「静かにしなさい。殿下の御前だ」とたしなめました。
 お供の方は、護衛の方からビルギットを受け取り。やはり小麦の袋のように肩に担ぎます。

 その間も、ビルギットは髪を振り乱し、男性の背中を蹴飛ばしてぎゃあぎゃあ喚いています。

 終わった……終わりました。
 ようやくビルギットを追い払うことができました。

 わたしはもう子爵家の亡霊に取りつかれなくていいんです。新たに自分で作りだしたジャムを、この一年間の苦労をむしり取られなくていいんです。

 安心感からか、足の力が抜けて。わたしはへなへなと床に座り込んでしまいました。
 ああ、いけません。床がジャムでべたべたです。掃除をしないと。

 バケツと雑巾を取りに立ち上がろうとした時、クリスティアンさまがわたしに手を差し伸べました。 

「クリスティアンさまが、火傷をなさっていたかもしれないんですよ。危ないことはなさらないでください」
「そうだな、気をつける」
「本当に危なかったんですよ」

「ああ。だからこれからは、あなたに見守っていてほしい。私が無茶をしないように」

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