わたしは妹にとっても嫌われています

絹乃

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三章

4、没落【1】※父親視点

 子爵……いや、かつてヴェステルグレーン子爵と呼ばれた私は、今にも朽ち果てそうな森の小屋を見上げて呆然とした。
 屋根は苔むし、窓はかろうじて補強してあるものの、とても不格好だ。

「これは人の住むところではないだろうっ!」
「……お姉さまはここに住んでいらしたわ」
「何なんだ、この窓は。みっともない」
「お姉さまが、ご自分で修繕したのだと思うわ」

 私の傍らには次女のビルギットが立っている。
 火傷は癒えても、その頬にはひきつれた痕が残っている。
 華やいで美しかった頃を思い出せば、その哀れさに胸が引き絞られるようだ。

 私は何もかも失った。
 ビルギットが歯向かった相手が、あろうことか隣国の王太子だったのだ。さらに王太子は、姉のマルガレータを花嫁にと望んだ。

――良かったじゃないですか、子爵殿。この上ない良縁だ。
――ところでビルギットさんが王太子妃になるんですよね?

 財産を没収され、爵位を剥奪されることはすぐに貴族新聞に載ることだろう。
 だから、私はその事実を誰にも話しはしなかった。
 ただ、良縁だけが噂になっていたのだ。

 マルガレータ。
 私は愛すことすらしなかった長女の名を口の中で呟いた。

 あれは、母親のシーラによく似ていた。政略結婚で私の元に嫁いできたシーラ。
 嫁いできた頃はまだ少女のようだった妻、夢見るような瞳で詩集を読んでいる彼女に、私はどう接していいか分からずにいた。気に入らぬことがあれば彼女の言葉を無視し、暴力は振るわなかったものの冷たい扱いをしたと思う。

 マルガレータもまた、寂しげなシーラにばかり寄り添っていた。
 姿かたちも気性も母親そっくりのマルガレータのことが、わたしは苦手だった。

――ねぇ、お父さま。このご本、読んでほしいの。
――文字も読めぬのか。みっともない。

 絵本を抱いて、とことこと歩いて来たマルガレータにそう言い放ったことがある。
 三歳の子どもが、絵本の文章を読めるはずもないのに。
 それを知ったのは、ビルギットが三歳を過ぎて絵本を持ってきた時だ。

 ソファーに腰を下ろし、膝にビルギットを座らせて絵本を読んでやっていると、扉の陰からマルガレータが私たちを見ていた。

――なんだ、鬱陶しい。私に用があるなら、さっさと話しなさい。

 マルガレータは身を竦めて、そしてシーラの元へと走っていった。
 いつもそうだ。この娘は、私にこれっぽっちも懐こうとしない。

 自分の物言いが、いかに横柄であるか。小さな子どもが、それを聞いて脅えるのは当たり前だということを、当時の自分は気付きもしなかった。

――おねえさまって「うっとうしい」の? 「うっとうしい」ってどういういみなの?
――暗くて、じっとりとして顔も見たくない、ということだ。
――そうなんだぁ。

 ビルギットが姉をことさらに馬鹿にして嫌うようになったのは、間違いなく私の所為だ。今にして思えば、マルガレータは物心つく前のビルギットの遊び相手になってやっていた。
 だが、その様子を見ると私はビルギットを呼び寄せたのだ。

 マルガレータが何をしたというのだ。いや、むしろ散財した私の為に使用人と共にジャムを作り、支えてくれていたのに。
 だが、私やビルギットには親しさのかけらもない使用人が、マルガレータとは楽しそうに喋っているのが、さらに私を苛立たせた。

 おとなしく、言うことに従うマルガレータ。彼女の作るジャムを社交の場で褒められると「いや、あんな物はたいしたことはありません」と、私は答えた。
 私自身は、まったくジャム作りにもその販路の拡大にも関わってはいないのに。

 瞼を閉じると、がらんとした屋敷を思い出す。
 何もかもを失った。
 元々、マルガレータの蓄財の能力で生活できていただけなのに。

 たとえ彼女を追いだしても、頭を下げてやると言えばマルガレータは戻ってくると信じて疑わなかった。
 どうして、そんな風に思い上がることができたのだろう。

 彼女は、とうに娘としての務めを果たしていたのに。
 それを何一つ認めもせずに、ビルギットの言い分だけを信じてマルガレータの言葉を聞こうともせずに、この朽ちかけた小屋に追い出したというのに。

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