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二章
11、夜風とベランダ
お風呂から上がったオレと朔也は、ホテル内の自動販売機でコーラとジンジャーエールを買った。
ショウガ入りの炭酸を買うやなんて、やっぱり朔也はなかなかに大人やな。オレなんか夏の冷やし飴ですら、ショウガを入れてほしくない人やのに。
そのまま部屋に戻り、ベランダに出る。
火照った体に夜風が心地よい。
明石海峡大橋のライトアップは平日は夜の十一時までらしい。パールブルーの灯のラインが涼しく光って見えた。
ぷしっと音を立てて、朔也がペットボトルの蓋を開ける。
オレは隣に立って朔也がジンジャーエールを飲むのを眺めてた。喉が動く様子が月明りに照らされて、不思議と色っぽい。
いやいやいや、何を考えてるんや。オレかて、唇が色っぽいとか言われたらすごいイヤなのに。
コーラを飲むためにマスクを外そうとする。だけど指に触れたのは、自分の耳たぶだった。
そうや、マスクをつけてなかった。お風呂上りで暑かったのもあるけど、せめて朔也の前では素顔を見せたかったから。
朔也がオレのペットボトルをひょいと奪う。そしてキャップを開けて返してくれた。炭酸のシュワシュワという音と、コーラの匂い。
「キャップが固かったか?」
「あ、ありがと」
蓋を開けることができんかったわけじゃないけど。まさか朔也の横顔に見とれてたとは言いづらい。
熱い体に、冷えたコーラが染みていく。
ふと、唇に触れるペットボトルで思い出したことがある。
「あのさ、朔也。訊きたいことがあるねんけど」
「なんだ?」
「えっと」
いや、やっぱり気にせん方がええかもしれへん。
口ごもったのをごまかすために、もう一口コーラを飲む。普段よりも炭酸をきつく感じた。
「何でもお答えしますよ、暁さま」
ベランダの手すりに両腕を置いて、朔也がオレに視線を向ける。
むっ。余裕の笑顔や。オレだけが緊張してるんは、損な気がする。コーラのキャップを閉めて、朔也に向き直る。
「お風呂でさ、えっとシャワーの場所な。朔也、オレの唇に触れた?」
「庭でなら触らせてもらった」
眼下に見える庭を、朔也はあごで指し示す。照明が明るくないから、姫小松の庭はぼんやりと暗い。
朔也の指が、マスクの中に忍んできて。そして俺の唇を撫でた。あの時の感触が甦る。
これまでの人生で唇を撫でられたことなんてない。誰もそんなことをしない。
でも、朔也は……した。
とても愛おしそうに、大事そうに。何度も何度も触れたんだ。オレの勘違いでないのなら――
「誤解やったら申し訳ないんやけど。もしかして……オレにキスした?」
沈黙が降りる。
他の生徒らの声も、船の汽笛の音も、波の音も聞こえない。ただ静かな夜がオレと朔也の間に存在してる。
「それは夜風のいたずらかな」
朔也は呟いた。
そんなわけないやろ。露天風呂ならともかく、シャワーもあるお風呂の洗い場やで。
そう反論したかったのに、言葉にならなかった。
朔也が右手を伸ばして、オレの左手を取る。揃えたオレの指をしっかりと掴んで……そして手の甲にキスされた。
唇を離さないまま、オレの反応を確認するように上目遣いで見つめられる。
息ができない。声が出せない。
どれくらいの時間が過ぎたんだろう? 三十秒? それとも一分? いや二分?
朔也がキスを終えるまで、とても長く感じた。
「だから、これも夜風のいたずら。かわいいよ、暁」
彼にだけ許した言葉。「かわいい」という呪いの言葉も、朔也が口にすれば祝福となる。
美しい夜に閉ざされた中でなら、朔也はとても自由奔放だった。
《了》
ショウガ入りの炭酸を買うやなんて、やっぱり朔也はなかなかに大人やな。オレなんか夏の冷やし飴ですら、ショウガを入れてほしくない人やのに。
そのまま部屋に戻り、ベランダに出る。
火照った体に夜風が心地よい。
明石海峡大橋のライトアップは平日は夜の十一時までらしい。パールブルーの灯のラインが涼しく光って見えた。
ぷしっと音を立てて、朔也がペットボトルの蓋を開ける。
オレは隣に立って朔也がジンジャーエールを飲むのを眺めてた。喉が動く様子が月明りに照らされて、不思議と色っぽい。
いやいやいや、何を考えてるんや。オレかて、唇が色っぽいとか言われたらすごいイヤなのに。
コーラを飲むためにマスクを外そうとする。だけど指に触れたのは、自分の耳たぶだった。
そうや、マスクをつけてなかった。お風呂上りで暑かったのもあるけど、せめて朔也の前では素顔を見せたかったから。
朔也がオレのペットボトルをひょいと奪う。そしてキャップを開けて返してくれた。炭酸のシュワシュワという音と、コーラの匂い。
「キャップが固かったか?」
「あ、ありがと」
蓋を開けることができんかったわけじゃないけど。まさか朔也の横顔に見とれてたとは言いづらい。
熱い体に、冷えたコーラが染みていく。
ふと、唇に触れるペットボトルで思い出したことがある。
「あのさ、朔也。訊きたいことがあるねんけど」
「なんだ?」
「えっと」
いや、やっぱり気にせん方がええかもしれへん。
口ごもったのをごまかすために、もう一口コーラを飲む。普段よりも炭酸をきつく感じた。
「何でもお答えしますよ、暁さま」
ベランダの手すりに両腕を置いて、朔也がオレに視線を向ける。
むっ。余裕の笑顔や。オレだけが緊張してるんは、損な気がする。コーラのキャップを閉めて、朔也に向き直る。
「お風呂でさ、えっとシャワーの場所な。朔也、オレの唇に触れた?」
「庭でなら触らせてもらった」
眼下に見える庭を、朔也はあごで指し示す。照明が明るくないから、姫小松の庭はぼんやりと暗い。
朔也の指が、マスクの中に忍んできて。そして俺の唇を撫でた。あの時の感触が甦る。
これまでの人生で唇を撫でられたことなんてない。誰もそんなことをしない。
でも、朔也は……した。
とても愛おしそうに、大事そうに。何度も何度も触れたんだ。オレの勘違いでないのなら――
「誤解やったら申し訳ないんやけど。もしかして……オレにキスした?」
沈黙が降りる。
他の生徒らの声も、船の汽笛の音も、波の音も聞こえない。ただ静かな夜がオレと朔也の間に存在してる。
「それは夜風のいたずらかな」
朔也は呟いた。
そんなわけないやろ。露天風呂ならともかく、シャワーもあるお風呂の洗い場やで。
そう反論したかったのに、言葉にならなかった。
朔也が右手を伸ばして、オレの左手を取る。揃えたオレの指をしっかりと掴んで……そして手の甲にキスされた。
唇を離さないまま、オレの反応を確認するように上目遣いで見つめられる。
息ができない。声が出せない。
どれくらいの時間が過ぎたんだろう? 三十秒? それとも一分? いや二分?
朔也がキスを終えるまで、とても長く感じた。
「だから、これも夜風のいたずら。かわいいよ、暁」
彼にだけ許した言葉。「かわいい」という呪いの言葉も、朔也が口にすれば祝福となる。
美しい夜に閉ざされた中でなら、朔也はとても自由奔放だった。
《了》
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