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一章
4、池のほとりで朝食を【2】
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トーストにジャムばかりのせて食べていたら叱られちゃうから、わたしは頑張って苦手なベイクドビーンズも燻製のお肉も食べた。
とろりと黄身がとろける半熟の卵。銀製のトースト・スタンドに挟んであるかりっと焼けた薄いパンを取り、黄身をつけるかジャムを塗るか迷ってしまう。
「クラウドベリーですか。珍しいですね。確か森の宝石と呼ばれているんですよね」
「ええ。お母さまがバートやメイド達と一緒に摘みに行ったらしいの」
「妃殿下とバート殿下がご自分で?」
わたしはこくりと頷いた。
お母さまも弟のバートも森に行くのが大好きで、季節のベリーをよく摘んでくる。王室が管理している森だから、手入れもされているし危なくないみたい。
バート、元気にしているかしら。
半日しか離れていないけれど、寂しがっていないかしら。泣いていないかしら。
甘えん坊の弟が、無人のわたしの部屋の扉をノックしているんじゃないかと考えると、寂しさで息が洩れる。
でも、大丈夫。お茶に招待されているから、午後には会えるんだもの。
たくさん抱きしめてあげましょう。
木々の向こうに見える、昨日まで住んでいた主邸を眺めながら、わたしは紅茶をいただいた。
庭で囀る鳥の声は、バートにも聞こえているはず。遠くないの、大丈夫よ。
「はい、アレクもジャムをどうぞ」
「ではいただきます」
スプーンを手にとろうとするアレク。でもわたしが先に、銀のスプーンで橙色に半透明なクラウドベリーのジャムをすくった。
「はい」
「『はい』って、姫さまっ」
突然、アレクは辺りに視線を向けた。だから大丈夫だって。見てるのなんて鳥だけよ?
「早くしてくれないと、手がだるくなっちゃう」
「嘘です。そんなに重くありません。それに姫さまはもっと重いものだって持てるはずです。ご自分で椅子を引いたりもなさるじゃないですか」
むっ。なかなか頑固ね。
それでもわたしは意地でも手を引かなかった。
◇◇◇
だからどうしてそんなに「あーんして」が大好きなんですか? 姫さまは。
ああ、違うな。反対だ。
「あーんして」がお小さい頃から好きだから、長じてロマンス小説が好きになったのだ。
「結婚式でアレクも気疲れしたでしょう? クラウドベリーは健康にいいっていうわ。それに美肌になるのよ」
「でしたら、なおさら姫さまが召し上がってください」
確かに男だって肌は綺麗な方がいい。実際甥っこのエーミルなんて、肌はすべすべだ。
「エーミルのほっぺ、きもちいいー」などと主であるバート殿下に頬を撫でられているのを見かけた時は、さすがに同情した。
ちなみのその時のエーミルの表情は「無」だった。
――なんでこんなにすべすべなの?
――なぜでしょう? ぼくにも分かりません。
――ぼくもエーミルみたいにすべすべになるー。
そう仰いながら、なおもバートさまはエーミルの左右の頬を小さい手で挟んでいらした。
我らの主は、どうにも護衛のことを構いすぎる。
しかし、今の私はただの護衛ではない。姫さまの夫なのだ。
「姫さま」
「マルティナって呼んで」
まったく朝から可愛い我儘を仰る。私はマルティナさまの手から、素早くスプーンを奪った。近衛騎士団の副団長として優美な所作は叩きこまれている。
銀に光るスプーンにのったジャムは、こぼれることがなかった。
「私こそ、愛する妻にジャムを食べさせてあげたいんですよ? その愉しみを奪うおつもりですか?」
「え? ええ?」
形勢逆転だ。マルティナさまの頬にさっと朱が差した。
恥ずかしそうに瞼を伏せるその様子が愛らしくて。自分からしたことなのに、私までドキドキしてしまった。
というか恥ずかしいので、早くこのジャムを召し上がってください。
「あ、あのね。アレクもわたしに『あーんして』って言うの」
無茶言わんでくださいっ。恥ずかしくて死んでしまいます。
心の声が口から零れそうになった。
とろりと黄身がとろける半熟の卵。銀製のトースト・スタンドに挟んであるかりっと焼けた薄いパンを取り、黄身をつけるかジャムを塗るか迷ってしまう。
「クラウドベリーですか。珍しいですね。確か森の宝石と呼ばれているんですよね」
「ええ。お母さまがバートやメイド達と一緒に摘みに行ったらしいの」
「妃殿下とバート殿下がご自分で?」
わたしはこくりと頷いた。
お母さまも弟のバートも森に行くのが大好きで、季節のベリーをよく摘んでくる。王室が管理している森だから、手入れもされているし危なくないみたい。
バート、元気にしているかしら。
半日しか離れていないけれど、寂しがっていないかしら。泣いていないかしら。
甘えん坊の弟が、無人のわたしの部屋の扉をノックしているんじゃないかと考えると、寂しさで息が洩れる。
でも、大丈夫。お茶に招待されているから、午後には会えるんだもの。
たくさん抱きしめてあげましょう。
木々の向こうに見える、昨日まで住んでいた主邸を眺めながら、わたしは紅茶をいただいた。
庭で囀る鳥の声は、バートにも聞こえているはず。遠くないの、大丈夫よ。
「はい、アレクもジャムをどうぞ」
「ではいただきます」
スプーンを手にとろうとするアレク。でもわたしが先に、銀のスプーンで橙色に半透明なクラウドベリーのジャムをすくった。
「はい」
「『はい』って、姫さまっ」
突然、アレクは辺りに視線を向けた。だから大丈夫だって。見てるのなんて鳥だけよ?
「早くしてくれないと、手がだるくなっちゃう」
「嘘です。そんなに重くありません。それに姫さまはもっと重いものだって持てるはずです。ご自分で椅子を引いたりもなさるじゃないですか」
むっ。なかなか頑固ね。
それでもわたしは意地でも手を引かなかった。
◇◇◇
だからどうしてそんなに「あーんして」が大好きなんですか? 姫さまは。
ああ、違うな。反対だ。
「あーんして」がお小さい頃から好きだから、長じてロマンス小説が好きになったのだ。
「結婚式でアレクも気疲れしたでしょう? クラウドベリーは健康にいいっていうわ。それに美肌になるのよ」
「でしたら、なおさら姫さまが召し上がってください」
確かに男だって肌は綺麗な方がいい。実際甥っこのエーミルなんて、肌はすべすべだ。
「エーミルのほっぺ、きもちいいー」などと主であるバート殿下に頬を撫でられているのを見かけた時は、さすがに同情した。
ちなみのその時のエーミルの表情は「無」だった。
――なんでこんなにすべすべなの?
――なぜでしょう? ぼくにも分かりません。
――ぼくもエーミルみたいにすべすべになるー。
そう仰いながら、なおもバートさまはエーミルの左右の頬を小さい手で挟んでいらした。
我らの主は、どうにも護衛のことを構いすぎる。
しかし、今の私はただの護衛ではない。姫さまの夫なのだ。
「姫さま」
「マルティナって呼んで」
まったく朝から可愛い我儘を仰る。私はマルティナさまの手から、素早くスプーンを奪った。近衛騎士団の副団長として優美な所作は叩きこまれている。
銀に光るスプーンにのったジャムは、こぼれることがなかった。
「私こそ、愛する妻にジャムを食べさせてあげたいんですよ? その愉しみを奪うおつもりですか?」
「え? ええ?」
形勢逆転だ。マルティナさまの頬にさっと朱が差した。
恥ずかしそうに瞼を伏せるその様子が愛らしくて。自分からしたことなのに、私までドキドキしてしまった。
というか恥ずかしいので、早くこのジャムを召し上がってください。
「あ、あのね。アレクもわたしに『あーんして』って言うの」
無茶言わんでくださいっ。恥ずかしくて死んでしまいます。
心の声が口から零れそうになった。
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