わたくしは、すでに離婚を告げました。撤回は致しません

絹乃

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7、外泊

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 ブレフトとヘルダは、その夜は宿に泊まった。
 ベッドと朝食だけを提供する、簡易な宿だ。

「えー、ここですかぁ? もっと高級なお城みたいなホテルに泊まりたいです」
「そうもいかないさ。昼間の劇場くらいはともかく、夜ともなれば他の貴族の目が厳しいからね」

 部屋までの案内もない、荷物も運んでくれない。値段なりのサービスの悪さだ。
 それでもヘルダさえいれば。ヘルダと共に過ごす夜こそが、今日の逢引きの最大の目的だから。雰囲気などどうでもいい。

「オペラは眠いし。晩ごはんはそりゃあ、おいしかったですけど。でもあたし、魚料理って苦手なんですよね」

 部屋のオイルランプに火をつけながら、ヘルダは口を尖らせた。
 確かにヘルダは魚の食べ方は下手だったな。とブレフトは思いだした。

(肉と違い、魚は身が柔らかいから。食べにくいのはしょうがないが。まさか途中で、魚をひっくり返すとは思わなかったな)

 炭火で焼いた魚には、頭と尾がついていた。上身を食べた後は、頭や中骨をナイフとフォークで外す。皿の奥に骨をよけて、下身を食べるのだが。
 ヘルダは「えいや」っとばかりに、魚を裏返してしまった。頭と中骨をつけたまま。

「元気なお嬢さまでいらっしゃいますね」と、給仕は苦笑していた。
 さすがにブレフトも恥ずかしい思いをさせられたが。だが、仕方がない。
 ヘルダは若いのだし、令嬢としての教育も受けていない。

(これからぼくが、手取り足取り教えてあげればいいだけのことだからな)

 まぁ、半分を食べ終えて薄くなった魚の形を崩さずに、フォークを使って裏返すなんて、なかなか高度な技だと思う。

 口に入った骨を、指で出すヘルダを目にしても、ブレフトは寛容だった。
 もし同じことを妻のユリアーナがしたら「なんと下品な」「育ちの悪い女だ」と眉をしかめて、しつこく説教したことだろう。

 むろん、ユリアーナはそんな品のないことはしない。
 けれど、ブレフトの中では品性よりも若さが勝っている。その事実に気づいていないのは、本人だけだ。

 とはいえ、さすがに当主とメイドが外泊をするのは醜聞だ。
 貴族は基本的に噂好きで、表向きは上品にふるまっているが。裏ではゴシップが大好きなのだ。

 ブレフトは独身の頃、ゴシップ誌に女遊びの記事を書かれそうになったことがある。父親が金でもみ消して。さらに妻としてユリアーナを与えたことで、事なきを得たが。

(まぁ、愛人のいる貴族など珍しくもないし。ヘルダはこれまでの女と違って、街ではあちこちに出かけたいタイプだから。目立たぬ程度に逢引きするしかないが。王都から領地に戻れば、他の貴族の詮索も受けぬだろう)

 ぼくは上手くやっていると、ブレフトは自画自賛した。
 ユリアーナにプライドも意思もあることも、認めていない。ただ夫の言うなりに動けばいいだけの、お飾りの妻だ。

 だからユリアーナが反論をしても、抗議をしても耳を貸さない。
 離婚だって妻の側からは言い出せない。自分がユリアーナを閉じこめておけば何も問題はない。社交パーティにだけは出してやるが。それで充分だろう。

 何の疑いもなく、ブレフトはそう考えている。

(本当はもっと若い女を妻にしたいんだけどな。そうだ。いっそ法が変わればいいんじゃないかな。結婚して五年ほどで妻が年を取れば、離婚して。次の若い娘を妻にするんだ)

 確か、ベイレフェルト伯爵家に法律家がいたはずだ。外国の法も学んで、議員にも婚姻制度について働きかけているとか。

(今日、うちに来ている夫人の息子だよな)
「もーぉ、旦那さま。なにをぼんやりしてるの?」

 ヘルダの不満そうな声に、ブレフトは我に返った。

「今日のホテルがしょぼいから。そのお詫びに、あたしに宝石を買ってってお願いしたの。聞いてますぅ?」
「ん? いいぞ。何でも買ってやる」

 妻の持参金も、この国の法では夫のものとなる。
 最近はそれに異を唱える婦人も多いらしいが。どうせ声を上げたところで無駄なこと。
 どんなに高価な宝石をヘルダが求めようが、ユリアーナの財産から金を出せばいいだけのことだ。

(つまらぬ女と思っていたが。使い道はあるよな)
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