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旦那様とお料理 修行編

9ー1

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「今日はよろしくお願いします! 二口女さん!」

「はい、こちらこそ。よろしくお願いします」

 私は今、台所で二口女さんと一緒にいます。

 着物の裾は二口女さんがしっかりとたくし上げてくださったため、汚れる心配はありません。
 髪は一つにまとめ衛生面もばっちり、準備完了です!

 前回、旦那様のお手伝いをしたく手料理を振舞おうとしたのですが、思っていた以上に私の腕がなまっておりまして……。

 な! の! で!

 旦那様に心から「おいしいぞ、華鈴」と言っていただくため、心から美味しいと思ってくださるように!
 今回私は、二口女さんと共に料理の練習をします!

「では、今日は唐揚げにしましょうか。まずは下ごしらえからです。作り方などはお分かりですか?」

「はい! 作り方は頭の中に入っています。……ですが、作ったことはないです。食材を買うお金がなかったもので…………」

 お肉は本当に高くて、現代に居た時は手を伸ばす事すら出来なかった高級食材です。

「知識がある事は素敵な事です。でしたら、口頭での説明は不要ですね。早速、入りましょうか」

「はい!! よろしくお願いします!!」

 よぉし!! 頑張りますよー!!
 えい! えい! おー!!!

 ※

 味付きタレの中に、食べやすい大きさに切ったお肉を入れ、下ごしらえは完了です。

「ここまで何事もなく出来ましたね」

「ありがとうございます!」

 あとは、お肉にタレを染み込ませる為に時間をおきます。

 どのくらい待てばよろしかったでしょうか。
 一時間、二時間でしたっけ……。

 私が過去の記憶を思い出していますと、二口女さんがエプロンを取り始めます。

「では、十五分くらいでおそらく出来上がると思いますので、待ちましょう」

「え、十五分くらいでよろしかったんでしたっけ?」

「えぇ、大丈夫ですよ。浸し過ぎると逆に味が濃くなってしまいますので。それに、お身体にも悪いです」

「――はっ! お身体に悪いのは駄目です!」

 お身体に悪いのなんて、そんなの絶対に駄目です。
 旦那様のお体に不調が現れてしまうかもしれませんし、お仕事にも影響してしまいます。

 旦那様のお手伝いをしたくお料理の練習をしているのですから、失敗は許されません!

「十五分間ここから離れても大丈夫ですが、いかがいたしますか?」

「あ、私は特に何も無いので、ここにいます」

「分かりました。では、私は少々席を外します」

 腰をおり、二口女さんが台所から廊下の方へと姿を消します。

 やることが沢山あるというのに私のワガママにお付き合い下さり、本当に感謝しか出てきません。

 二口女さんにもなにかお返し出来たらいいのですが、生憎私にできることは少ない。
 なにか……、なにかないでしょうか……。

「うーん、なにか……」

 台所で悩んでいますと、廊下の方から足音が聞こえてきます。二口女さんが戻ってきたのでしょうか。

 ――――いえ、さすがに早すぎます。
 今さっき出て行ったばかりです。戻ってくるわけがありません。

 でも、そうなると…………?

 廊下の方を見ていると、足音を鳴らしていたご本人が顔を覗かせました。

 その方は、私の愛しの旦那様です!!

「やっておるか?」

「旦那様!!」

 旦那様が顔に黒い布を付けて顔を覗かせます。

 う、嬉しいです! 
 旦那様、気にしてくださっていたのですね。

 私の隣まで移動し、頭を撫でてくれます。
 暖かい、旦那様の大きな手。ほっこりです。

「今日は何を作っておるのだ?」

「今日は唐揚げですよ。旦那様は唐揚げお好きですか?」

「あぁ、好きだぞ」

 下から見上げる形となっておりますので、旦那様の笑っておられる口元が見えます。

 遠慮して言っているのではなく、本当に好きなんだとわかり、私の口角も勝手に上がってしまいます。

 ――――って、駄目! 駄目ですよ華鈴。
 旦那様の目の前でだらしない顔を浮かべてはいけません!

「今は何をしているんだ?」

「今はお肉を味付けのタレに浸しているところです。あと十分程度浸しましたら、油であげるんですよ」

「…………あ、油? 危険ではないのか? 母上が油は危険だからと、我を台所に入れなかったぞ? 怪我したりなどはないのか?」

 油と聞いた瞬間、旦那様が突然あわあわと焦り始めてしまいました。
 慌てて、私の心配をしてくださいます。

 も、ものすごくかわいいです!! 
 いつも冷静で落ち着きのある旦那様が慌てている姿、目に納めなければなりません!!

 ――――い、いえ、コホン。
 そ、そうではないです。今は旦那様の疑問に答えなければ!!

「確かに油は跳ねますし、大きな音が響くため全く危険では無いとは言えません。ですが、気を付けてさえいれば大丈夫ですよ」

「危険では無いと、言えない、だと? 華鈴よ、怪我だけはするでないぞ? 痕が残ってしまったら大変だ」

 旦那様が今までにないほど慌てています。
 なぜ、ここまで慌てていっ――あ、そうでした。

 旦那様が今、黒い布で顔を隠している理由。
 それは、母君がお料理をしている時の事故が理由でしたね。

 母君が持っていたお湯が旦那様の顔にかかってしまい、大きな火傷を作ってしまった。

 子供の頃のお話みたいですが、今もその火傷の痕は残っている。
 それが旦那様にとって、心に深い傷となってしまっているようです。

 おそらくですが、私にも同じ思いをさせないようにと。そのように考えてくださっているのでしょう。

 今の慌て具合も、火傷をしてしまった苦しみがわかっているから、怪我をしないように言ってくださっている。

 ――――やっぱり、私の旦那様は誰よりもお優しく、素敵な方です!
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