翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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初夏

カレーライス

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 部屋でへたり込んでいても仕方がない。
 すぐに気持ちを切り替え、持ってきた荷物を片付け始めた。

 とはいえ、荷物は少ない。
 すぐに片付け終わる。

「ふぅ……終わった」

 片づけは三十分程度で終わった。
 部屋を見回し終わった後、座布団に座りメールを確認。

 いつもは仕事でいっぱいのメールフォルダが、空。
 空なのには何も感じない、開放感まである。

 ――――どうせ、私がいなくても仕事は進む。いたところで、周りが楽をするため利用するだけ。

 自分がいる価値はない、いる必要はない。
 静華はスマホの画面を消し、テーブルに置く。

 頭を抱え、大きなため息を吐いた。

「本当、最悪…………」

 ――――――――ガランッ!!!!

 今まで溜まっていた鬱憤を吐き出すと、タイミングを見計らったかのように襖が大きな音をたて開かれた。

 何が起きたのか分からず、咄嗟に顔を向けると、そこには鼻息が荒いさっきの子供が、目を輝かせ静華を見ていた。

「え、えっと。確か、翔、君?」

「僕は日向翔ひなたかける!! さんしゃい!! 好きなのはおさんぽ!!」

 聞いてもいない事まで沢山話し出す、日向翔。

 ――――え、えっと。子供の相手何てしたことがないんだけど、どうすればいいの?

 困惑していると、美鈴が困ったように眉を下げ翔を抱き上げた。

「駄目よ、翔君。静華お姉ちゃんは疲れているの。また明日、一緒に遊んでもらいましょう」

 そのまま、何事もなかったかのように去って行く。
 嵐のような出来事に、まだ頭が追い付いていないでいると、廊下から声が聞こえた。

『あっ、奏多君。ちょっと、翔君の事お願いできるかしら』

『わかりました』

 そんな短い会話が聞こえた直後、美鈴が静華の部屋へと戻ってきた。

「ごめんね。翔君、物珍しい物に飛びついてしまうみたいなの。静華とは初対面だし、興味津々みたいね」

「興味を持たれても、何も出来ないよ…………」

 ――――子供の相手何てしたことないし、わからない。

 美鈴と目を合わせる事が出来ず、静華は顔を下げる。
 すると、上から影が差し、頭に優しい温もりが乗っかった。

「おかえりなさい。無事に帰ってきてくれて、嬉しいわ」

「…………」

 美鈴の優しさが、静華の冷たくなった心に染みわたる。
 目じりが熱くなり、視界がぼやけた。

 でも、ここで泣いてはいけない、負けてはいけない。
 そう自身に言い聞かせ、下唇を噛んだ。

「…………お腹空かない?」

「…………え?」

 少しだけ顔を上げると、視界に入ったのはいつもの柔和な笑み。

「貴方の好きなカレーライス、作っているの。昨日から寝かせているから美味しいわよ」

 せっかく我慢したのに、今の言葉で溜まっていたモノが決壊。
 全ての感情が涙となり、溢れ出てきた。

 嗚咽を零し、涙を拭う。
 でも、拭ても拭いても涙は止まってくれない。

 そんな静華に美鈴は焦る事せず、笑みを浮かべ彼女の細い体を抱き寄せた。
 背中を撫でられ、さらに涙が溢れ出る。

「お疲れ様、よく頑張ったわね」

「うっ、ヒクッ……。ご、ごめん、なさい」

「謝らなくていいのよ、貴方は頑張った。それだけはわかるわ。だって、貴方のお母さんだもの」

 すべての感情が涙に変わり、流れ出る。流れ落ちる。

 そんな二人を襖の外から覗く二つの影。
 翔と奏多がお互い顔を見合せ、笑い合った。

 ・
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 日が沈み、夜になる。

 コオロギや鈴虫の声が響く中、四人は大きな丸いテーブルを囲い、美鈴が作ったカレーライスを食べていた。

 だが、静華だけは一口も食べることなく、ジィと見ているだけ。
 その隣では翔がバクバクと食べ進め、頬に米粒を付けながら大きなお皿を美鈴に渡し「おかわり!」と言っていた。

「はいはい」

 お皿を受け取り、最初より少しだけ少ない量のカレーライスをよそう。
 またテーブルに置くと、掃除機のようにガツガツと食べ始めた。

 スプーンを片手に固まっている静華に、奏多が「食べないのか?」と、問いかけた。

「え、いや。食べるよ」

 急いでスプーンを持ち、カレーを見る。

 ――――久しぶりに、栄養食以外の物を食べるなぁ。

 ジャガイモやお肉、にんじんは一口で食べられるくらい小さく切られており、玉ねぎは味がしっかりとしみ込んでいる。

 白い湯気が立ち上り、鼻腔をくすぐるいい匂いが広がった。

 一口分をスプーンに乗せ、口の中に入れる。
 すると、大好きだった味が口いっぱいに広がり、目を輝かせた。

 静かに噛み、ゴクンと呑み込む。

 翔がいるからか、今まで食べてきた美鈴のカレーよりは甘い。それでも、言葉を失うほどに美味しい。
 一口食べてしまえば、もう手は止まらない。

 次々と口の中に運び、すぐに食べ終わってしまった。
 お腹はいっぱいで、でもまだ食べたい気分。

 空になった自身のお皿を見て茫然としていると、隣から手が伸びてきてお皿が取られてしまった。

「あっ」

「なんだ? もしかしておかわりか?」

 奏多が片づけようとお皿を手にしたが、静華が呆けた声を出してしまったため止まる。

「い、いや。食べたい気持ちはあるんだけど…………」

「なら、まだ余っているから入れるぞ」

「いや、えぇっと。食べたいんだけど、胃袋に余裕がないと言いますか……」

 食いしん坊だとは思われたくはないが、それでも何か言い訳をしなければと思い、そのまま言う。

 奏多は目を丸くしていたが、口に手を当て肩を振るわせた。

 ――――笑ってやがる。

 口元を引きつらせ、静華は赤い顔で奏多をポコポコ叩いた。

「うるさいうるさい!!」

「いていて、おい。俺はなにも言ってねぇよ」

 そう言いつつもまだ笑っており、静華は頬を膨らませ怒った。

 そんな二人を翔はカレーを口に頬張りながら、美鈴はクスクスと笑いながら見ている。

「ほらほら、カレーはまだ残しておくから、また明日食べましょう?」

 美鈴の言葉に二人は止まり、顔を見合わせる。
 すぐに奏多がお皿を台所へと戻し、静華は大きなため息を吐いた。
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