氷鬼司のあやかし退治

桜桃-サクランボ-

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失った時間

氷鬼先輩とお兄さん

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「おいおい……。さすがに下半身を凍らされるとは思わなかったぞ」

 部屋の中に入ってきた男性は、氷鬼翔ひょうきかける
 司の実の兄で、今は高校二年生。

 普段は藍色あいいろの着物を身につけ、上には黒い羽織はおりを肩にかけている。

 髪の色は、司と同じ藍色あいいろ。目の色は、水色ではなく黒。光の加減で、時々あざやかな青にも見える。
 髪は長く、後ろで一つに結んでいた。

 その髪は今、下半身を凍らされた時に一緒に凍ってしまったため、手で払い落としていた。
 当たり前のように詩織のとなりに座ろうとしたため、司は「兄さん?」と、ユキのお札を見せつけ、自身の方へ来ることを遠回しに言った。

 これ以上司を怒らせてはいけないと思い、翔は苦笑いを浮かべながら司のとなりに座り直した。

 終始しゅうし、詩織は何が起きているのかわからずポカン。
 詳細しょうさいを求めるべく、司を見た。

「…………はぁ、信じたくないけど、この人は僕の兄さん。氷鬼翔。血のつながりを感じたくはないけど、正真正銘しょうしんしょうめい、兄だよ」

「え、え? え!?」

 雰囲気と話し方などがまるで違う二人。同じなのは髪色だけ。
 流石に兄弟と言われてもうたがってしまう程違う二人に、詩織は何も言えない。

「そう言えば、この子が司の彼女か?」

「彼女!?」

 翔の問いかけに司ではなく、詩織が顔面を真っ赤にする。すぐ顔を横に振り、否定した。

「彼女じゃないです!! 私はただの後輩で……」

「ふーん」

 翔はチラッととなりを見る。
 司は頭を抱え一人、項垂うなだれていた。

 ポンッと肩を叩き、「頑張れ」と詩織に聞こえないように翔はあわれんだ。

「まぁ、二人の関係性については聞かんよ。それより、話さなければならないもんがあるからな」

 言いながら翔は、広い袖から一枚の封筒を取り出した。
 封は切られており、中を見た形跡けいせきが残されている。

「それがどうしたの?」

 司が封筒を覗き込み、問いかける。
 詩織も気になり、翔を見た。

「これには、氷鬼家に届いた、あやかし退治応援要請たいじおうえんようせいが入っている」

 それを聞いた瞬間、司は片眉を上げ、詩織はあせったような表情になる。
 司を見て、彼の返答を待つ。

「……あやかしの詳細しょうさいは書かれているの?」

「あぁ、応援要請おうえんようせいと共に同封どうふうされている」

「見せて」

「ほらよ」

 司が手を伸ばし、翔が素直に封筒を渡す。
 中に手を入れると、二枚の紙が入っていた。

 一枚は、翔が言った通り応援要請おうえんようせいの用紙。
 もう一枚には、びっしりと文字が書かれており、詩織は少し覗いただけで「うわっ」と、直ぐに目をはなしてしまった。

 逆に司は真剣に読み始め、文字を目で追う。

 彼が読み終わるまで何も出来ない二人は、一度顔を見合わせる。
 目が合うと、翔はニコッと笑い、詩織は苦笑いをうかべた。

 (この人、氷鬼先輩のお兄さんとは思えないほどに明るくて、チャラそうなんだよなぁ。何か言うと、変に絡まれてしまいそうで怖い)

 目をゆっくりとそらし、詩織は時間が早く経ってくれと時間を見る。
 せめて、翔が自分に興味を持たないでくれと願った。

 だが、その願いもむなしく、翔はテーブルに肘を立て、手に顎を乗せ詩織に声をかけた。

「君、名前は?」

「え、えっと。神崎詩織、です」

「詩織ちゃんね。君の話はおふくろから聞いているよ。昔から司が気にしていた、あやかしを寄せ付ける体質なんでしょ?」

 翔からの問いかけに、小さくうなずく。

「そっかそっか。大変だったね。原因は、鬼の血が混ざっている、鬼の血液なんだっけ」

「――――え?」

 詩織は翔から出た何気ない言葉に目を真ん丸くする。
 そらしていた顔を翔に向けた。

「え? まさか、聞いてないの?」

「聞いてないです」

 お互い、気まずい沈黙が訪れる。
 そんな空気から逃げるように翔と詩織は、同時に資料に顔を埋めている司を見た。

 集中して聞けてないのかと思いきや、司はさらに紙に顔を埋めたため、聞こえているのはわかった。
 そして、自分に非があると理解し、あえて無視していることも。

「氷鬼先輩、知っていましたよね? 知って、いましたよね? 先輩?」

 詩織の黒い笑顔から放たれるいいようのない空気に、司は冷や汗を流しつつ、顔を上げた。

「僕が知ったのはつい先日だよ。話す暇がなかったんだ。カラス天狗の件もあったしね。それに、今日これから話そうとも思っていたよ。そこで僕を責めるのはおかしいと思う」

 相手に言い返す暇を与えず、司は自分の意見を言い切った。
 矢継ぎ早に言われ、詩織と司は頷くしかない。

「それじゃ、僕の疑いは晴れたということで、資料に集中するよ。兄さんから詳細しょうさい話しておいて」

「お、おう」

 それだけ言って、本当に司は資料に没頭してしまった。
 詩織と翔はまたしても顔を見合わせる。

「まぁ、ひとまず、俺が聞いた話をするわ」

「はい、よろしくお願いします」

 翔は、簡単に喜美から聞いた話をした。
 それを一つも聞き逃さないように、詩織は相槌すら打たずに聞いた。
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