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「聞き受けた」

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「今日も、いつもの繰り返しだな。はは……」

 星が学校に来なくなってから、凛達のターゲットが真珠へと変わっていた。

 片付けは全て任せ、自分達は楽しそうに話している。
 他にも水を被せられたり、物が無くなっていたりと。
 虐めはエスカレートしていくばかり。

 真珠は凛を睨み抗議するが、そんなのは一切気にせず。
 彼女は余裕そうな笑みを浮かべ、笑っていた。

「そんな目で睨みつけるなんて酷くなぁい??」
「なんで、こんな事するんですか……」
「そんなの自分の胸に聞いてみたらぁ? じゃ~ね~。早く着替えないと風邪ひいちゃうわよ??」

 厭味ったらしい言葉を残し、片手を振りながら校内へと入っていく。

 今、真珠は制服姿だが、びしょびしょに濡れてしまっていた。
 凛が真珠に向かって思いっきり水道水をぶっかけたのが理由。

「ほんと、意味わかんない……」

 憎しみの籠った声は誰にも届かず、ただただ下唇を噛み、真珠は耐え抜くしか出来なかった。

 ※

 虚ろな目で、真珠はふらつきながら林の中へと入って行く。

 凛の虐めは日に日に酷くなっていくばかりで、真珠は夜すらろくに寝れていない状態になっていた。
 目の下には隈が作られており、活気を感じられない。

「また、駄目かな……」

 掠れた声でぼやき、足を止めずに歩き続ける。

 だが、ろくに眠れていない彼女の体はすぐに限界を迎え、足が上がらず石に躓き転ぶ。
 それでも何とか立ち上がろうと手を着くが、震えて上手く立つ事が出来ない。

「はは……。何やってるんだろう。こんな事ならあの時にでも、匣を開けてもらえば良かった」

 後悔の声を零すと体から力が抜けてしまい、そのまま地面へと倒れ込み目を閉じてしまった。

 その時、カサカサと。真珠に近付く足音が聞こえたが、確認するより先に、意識が飛んでしまった。

 ※

「んっ。…………んん、……あれ。私……」

 真珠が目を覚まし周りを見回すと、見覚えのある場所にいることに気づいた。

 温かみのある、木製で統一された家具に、目の前にはテーブル。
 先には小さな椅子が置かれていた。

「ここは……。噂の、小屋の中?」

 真珠は明人達が住む、小屋の中にあるソファーに寝っ転がっていた。

 周りを見回しながら彼女は首を傾げている。
 何故自分はここにいるのか、なぜ寝ていたのか。

 まるっきり記憶がないため、首を傾げるばかりだ。

「なんで、ここに──」

 呟いた瞬間、奥のドアが開く。
 そこには眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた明人が立っていた。

 その表情を見て、真珠は肩を震わせてしまう。

「やっと目を覚ましたか、糞ガキ」
「なっ、んで貴方が……」

 明人は奥のドアから出てきて、苛立ちながら木製の椅子にドスンと座った。
 足を組み、威圧的な表情で真珠を見下ろす。

「決まってんだろうが。お前が小屋の近くで死んでんのを見つけたんだ。めんどくせぇが、この林で死なれても困る。仕方がねぇから持ってきてやったんだよ、感謝しろよ餓鬼」
「………感謝したくないんですが」

 明人の物言いに、真珠は眉を顰め顔を引きつらせる。
 彼女の反応を全く気にしていない明人は、無遠慮に話を進めた。

「そんで、お前はなんであんな所で死んでたんだ? 死ぬならもっと他の所で息絶えろよ」
「死んでません。林の中にいたのは………。なんでもないです」

 真珠は強い口調で言い返そうとしたが、途中でバツが悪くなり顔を背け小声でぼそっと呟く。

 前回の事もあり、明人には事実を言いにくい。
 彼はその様子を見て、大きなため息を吐いた。

「まぁ、予想はついてるけどな。だが、俺はお前の匣は開けん。自分で何とかしろ」
「えっ、なんでよ!!」

 先程まで元気がなく、肩を落としていた真珠だったが、彼の言葉を聞き、顔を赤くしテーブルを叩き叫んだ。

 次の瞬間────

「ふざけるな!!!」

 明人の、怒気が含まれている声が小屋全体に響き、真珠は肩を大きく震わせた。

「お前は都合よすぎんだよ、自分勝手すぎだ。他人を利用するのは構わん、それが人というものだ。だがな、そのタイミングを間違えるな」
「たっ、タイミング……?」

 明人の圧のある声に耳を傾け、彼女は困惑したまま聞き返す。

「そうだ。お前はタイミングを逃した。前回なら開けてやってたが、今のお前を開けるのは正直めんどくさい。自分で何とかしろ」
「そ、そんな……」

 明人の引き離すような言葉で、もう何も出来る事が無くなった彼女は、体から力が抜けたようにソファーへと崩れ落ちる。
 もう、この状況を変える事が出来ないと察し目から涙が零れ落ちた。

「────友人の匣なら開けてやる」
「…………え?」

 目を細め、彼女を見つめながら小さく伝えた明人の言葉に、少しだけ顔を上げ聞き返す。

「お前の友人の匣なら完全に開けてやらん事も無い。だが、あいつの匣は真っ黒だ。開けるにはそれ相応の代償が必要になる。そうだなぁ………。たとえば、お前ら二人の記憶全て──とかな」

 口角を上げ試すように口にする明人の表情は、真珠の反応を楽しんでいるようにも見える。

「二人の、記憶全て……」

 明人の言葉を聞き、彼女は顔を青くして固まってしまう。
 目を泳がせ、どうすればいいのか考え込む。

「…………お前は変えたくないのか?」
「っ。か、えたくない?」
「そうだ。お前は今の状況を変えたくないのか。今のままでいいのか? そのまま、俯いたまま終わらせる気か?」
「………い……です……」
「あ?」

 俯き、彼女は小声で何かを呟いたが、小さすぎるため聞き取れない。

 明人は眉間に皺を寄せ、苛立ちながら聞き返した。

「い、嫌です。このまま、終わって欲しくない!!! 終わりたくないです!!」

 先程より大きな声で言い切る真珠。
 その目には涙が溜まっており、悔しそうな表情を浮かべていた。

「なら、覚悟を決めろ。お前が変わらなければ、状況を変える事は出来ん。…………再度問う、お前は自分を変えたいか?」

 明人の言葉と瞳には力が込められており、覚悟が見える。

 黒い匣を開けるには依頼人にも負担がかかるが、明人自身にとっての”賭け”でもある。
 現状では、必ず開けてやると言えるものでは無い。

「………はい。匣を、開けてください!!」
「その依頼、聞き受けた。では早速病院に向かおう。ちょっと待ってろ」

 明人は真珠の言葉を聞いた時、優し気に目を細め笑いかけた。

 立ち上がり、小屋の奥にあるドアへと姿を消した。
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