想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
83 / 130
魔蛭

「サヴァン症候群?」

しおりを挟む
 明人はこの光景を、何も言わずに見続けていた。


『私、言う前に失恋しちゃってるね。でも、伝える前にわかって良かったよ。この関係が崩れちゃうところだった』

 音禰は何とか涙を拭い、震える声で言う。元気な振る舞いをしているが、それでも涙が止まっていないため、それが空元気だと言うのはすぐに分かった。

『相想は優しいし、頭も良いからモテるよね。その上運動も出来る。逆に、相想に出来ない事ってなんだろう』
『天才様だからな』
『ふふっ。そうだね。それでいて、人を惹きつける力もある。私もその一人』

 音禰の言葉に、真陽留は簡潔に答えていく。

『この関係が気に入ってる──か。彼女は面倒臭いか。確かに、相想が考えそうな事だね。私、諦めないと駄目なのかな』
『…………諦められるのか?』

 感情が込められていない彼の質問に、音禰はすぐに答えられず沈黙してしまった。

『諦められるなら諦めた方が良い。その方がお前のためでもあるからな』
『そう、だね。でも、諦め、たくは……ないなぁ』

 涙が次から次へと溢れ出る。フローリングの床に水滴が落ち、濡れてしまう。真陽留はその様子を見て、怒りや悲しみをこらえるように歯ぎしりしている。

『なら、僕はどうだよ』
『────え?』

 真陽留の言葉に驚き、音禰は思わず顔を上げ彼を凝視した。その時、真陽留も音禰を見ていたため、視線が交差する。

『僕ならお前をそんな風に泣かせない。必ず幸せにしてやる。僕はじゃ、ダメか?』

 適当に言っている訳でも、冗談を言っている訳でもない。本気で真陽留は音禰に告白をしている。
 相手を射抜くような目線に、音禰は一瞬頷きかけたが。すぐに顔を横に振り、笑みを浮かべた。

『ありがとう真陽留。でも、ごめんね。今、貴方のその言葉に頷いてしまったら、私はもっと弱くなっちゃう。貴方達の優しさに甘えてしまう。だから、貴方の気持ちに応える事が出来ない』
『──そうか』

 その後は沈黙が続き、壁にかけられている時計の時を刻む音だけが聞こえるだけだった。その沈黙の中、真陽留は『今日はもう帰るな』と隣に置いてあったバックを持ち、返答を待たず部屋から出て行く。
 残された音禰は顔をまた俯かせてしまい、鼻をすすりながら涙を流し続ける。

『なんでこんなにも、弱いのかなぁ……』

 後悔の込められた声を零し、先程まで我慢していた分、大量の涙を流し声を上げ泣いた。
 それを、ドアの外で真陽留は、怒りの表情を浮かべながら──聞いていた。


 明人はその光景を、表情一つ変えず、見続けている。
 どこか他人事のように。だが、それでもどこか懐かしむように。彼は、真剣にその光景をずっと眺めていた。


 光景が切り替わると、次に映し出されたのは真陽留と相想だった。
 場所は相想の家の玄関。真陽留は玄関に立ち、相想は廊下に立っている。

『お前が一人で来るなんて珍しいじゃねぇか。どうしたんだ?』

 相想は、いきなり訪問してきた真陽留を不思議に思い首を傾げ、腕を組みながら問いかけた。

『……』
『おいおい、まさかなんの用もないのに来たのか? ならさっさと帰れ。俺はこれから昼寝という名の大事な使命が──』

 彼の軽口を真陽留は途中で遮り、怒りの込められた口調で聞いた。

『お前、何を考えてやがんだよ』

 真陽留の言葉に、相想はすぐに答える事が出来ず、口を結ぶ。

『お前、分かっているはずだろ。あいつの気持ち。なんで分かっているのに、今日あんな事言ったんだよ……』

 顔を俯かせているため、真陽留が今どのような表情を浮かべているのか見えない。だが、声からして怒っているのは明らか。それに対し、相想は溜息をつき、重い口を開く。

『お前の方があいつの事幸せにしてやれると思ったんだよ。それに、お前もあいつの事好きなんだろ? なら、問題はねぇじゃねぇか』

 相想は呆れ気味に言った。その言葉により、今まで抑えてきた怒りが爆発。真陽留は自身の鞄を落とし、相想に飛びかかった。

『ふざけてんじゃねぇぞてめぇ!!!』
『っ、な、何すんだお前!!』

 胸ぐらを掴み飛び掛かる。いきなり飛びかかってきた真陽留にすぐ対応出来ず、相想はそのまま床に倒れ、背中を打ち付けてしまった。

『お前は、なんでそういう事言うんだよ!! あいつの気持ちを、お前はなんだと思ってやがる!! 考えてやれよ、ふざけるな!!!』
『っ、考えてるから言ったんだろうが!! あいつが俺に対する気持ちは友愛の延長線だ!! 勘違いなんだよ!! だから、お前があいつを幸せにしてやれよ!!』

 相想も真陽留の言葉に感情を抑える事が出来ず胸倉を掴んだ。お互いの胸倉を掴んだ二人だったが、相想が怒りに体を任せ真陽留を蹴り上げた。それにより、彼は床へ倒れ、相想も打ってしまった肩を抑える。
 真陽留はお腹辺りを蹴り上げられ、蹲りながら咳き込んでいる。

『ふざけるな。お前、何すんだよ』
『ゴホッ、ゲホッ!! っ、ふざけてのはお前だろ。相手の気持ちをなんとも思ってない。ゲホッ。っ……つーか、なんでそんな事思ったんだよ。理由だけは聞いてやる』

 真陽留は床に転がされたが、痛みで冷静になり苦し気に聞いた。

『理由? 俺じゃあいつを幸せに出来ない。これが理由だ』
『んなもん、お前の勝手な思考だろうが!!! 音禰の気持ちはガン無視じゃねぇかよ!!』
『お前もわかってんだろうが!! 俺は──で親に!!! 人を幸せにする方法や温かさなど知らん。んな奴が、他人を幸せになんて出来る訳ねぇだろうが!!!』


 今の相想の言葉に、明人は今まで平然と見ていた瞳が開き、思わず口元に手を当てる。

「サ、サヴァン症候群?」

 サヴァン症候群とは、簡単に言えば脳の障害。
 知的障害や自閉症などの発達障害等のある人が、その障害とは対照的に優れた能力を持つ事。また、ある特定の分野の記憶力、芸術、計算などに、高い能力を有する人を指す。

 明人が呟いたあと、光景は砂嵐のように消え、またしても暗闇が広がった。そして、後ろの方から光と共に姿を現したのは、顔を俯かせながら立っている魔蛭だった。

「そうだ。お前はサヴァン症候群。確か、お前の場合、記憶力が人より優れているんだったか。それと、計算や暗算も得意だったなぁ。さすが天才様。だが、その障害のせいでお前の親は恐怖を抱き、お前は遠い親戚へと引き取られた」

 明人は後ろからの声に、ゆっくりと振り返る。それと当時に魔蛭も俯かせていた顔を上げ、彼に見下すような瞳を向けた。

「俺達と出会ったお前は、それからまもなくだったよなぁ? 引っ越してきて、初めての幼稚園。お前は周りの人と馴染めず、ずっと壁側で本を読んでいた。そんなお前に、音禰が話しかけたんだ」

 過去を思い出すように、魔蛭は大袈裟に手を広げながら高々と言い放つ。

「お前は怖かったんだろう? また、捨てられるのが。だから、一人でいた。だから、お前は音禰の想いに気づかないふりをした。どうだ? 違うか? 天才様でも怖いと思う感情はあるんだもんなぁ?!」

 このように口にしている魔蛭の肌は黒く、目は赤い。まるで、悪魔のような姿だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

処理中です...