想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-

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魔蛭

──助けてくれ──

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 明人は魔蛭の記憶の中で、今も尚苦しみ続けていた。

 額からは大量の汗が流れ、体は半分以上黒く染っている。息遣いも荒く、極めて危ない状態。頭痛や耳鳴りまで発症し始め、意識が飛びそうになる。

 ────不味い。このままだと俺は、ここに取り残される

 何とか意識を飛ばさないように歯を食いしばっていた。

 記憶の中で気を失ってしまうと、その中に閉じ込められてしまう。そのため、絶対に気を失うわけにはいかない。

「くそっ……」

 何とか立ち上がろうと地面に手を付き、震える腕で体を支えようとする。その際、明人の隣に小さな女の子がいきなり姿を現した。
 その人物を確認するように顔だけ上にあげると、悲しげな瞳で見下ろしている少女が目に映る。

 その少女は先程映像の中で『おとちゃん』と呼ばれていた女の子だった。おそらく、病室で寝ている音禰の子供の頃。
 音禰はその場にしゃがみ、明人の耳元で何かを囁く。その言葉を耳にした明人は、痛む体をやっと起こし、周りを見回した。

「──ちっ」

 周りには、音禰以外にも二人の子供が明人を見ていた。心配そうに彼を見ている茶髪の少年と、顔を逸らしている藍色髪の少年。
 先程の映像に出てきた、子供の頃の真陽留と相想だ。

 三人は悲しげに明人を見ている。その目は何かを訴えているようにも感じた。

「なにが、『真陽留を救って』だよ。どうしろってんだよ」

 今の明人ではまともに動く事すら出来ない。カクリが一緒に入っていれば話は変わったかもしれないが、そんな事を考えても今の現状は変わらない。

 明人はいまだ流れ落ちる汗を袖で拭きながら三人に声をかけた。

「俺はまだ記憶を思い出してはいない。今の映像もどこか他人事のように見ていた。だが……っ。あれは紛れもなく俺の過去なんだろ?」

 問いかけるが、三人は動かない。

「なんでこうなっちまったかは知らねぇし、俺がその時何を考えていたのか、これも──っ。わ、からねぇ。だから、っ。い、今俺に出来る事は、無い」

 痛みで苦しみながらも、明人は冷静を保ちながら伝える。その言葉に、音禰は目を伏せその場から去ろうとしてしまった。だが、次の彼の言葉で足を止め、振り返る。

「だが、おそらく俺は、心地良かったんだと思う」

 三人は明人に目線を向け、次の言葉を待った。

「三人の時間が心地よくて、そんな空間を俺は壊したくなかった。だから……っ、あんな事を言った。今の俺は、そう思っている。あの時の俺は、知らねぇけど」

 再度汗を拭き、明人は三人に歩み寄る。
 体はフラフラで、立っているのもやっとに見えるが。それでもゆっくりと歩みを進め、三人の前に座った。

「なぁ、俺に力を貸してくれねぇか? 頼む」

 明人は三人を見つめながら力強く問いかける。三人は顔を見合せ、数秒後。少年二人は顔を背けてしまったが、音禰は小さく頷いた。

「んっ。ありがとう」

 頭を撫でると、音禰は笑みを浮かべて口を開いた。声は聞こえなかったが、口の動きで何を言っているのかわかる。



         『ありがとう、そうくん』




 彼は薄く笑みを浮かべた。そして、また立ち上がり周りを見る。

「必ず俺の記憶を戻して、お前とあの映像の続きをしてやるよ。やり合おうじゃねぇか、一人の女の、取り合い喧嘩をよ」

 明人は呼吸を整え、目を閉じた。まだ痛みはあるはずだが、それを感じさせないほど集中している。
 三人も彼と同じように目を閉じた。

 ────何かが聞こえるはずだ。

 明人は眉間に皺を寄せ、何かを待っているように、ずっと同じ体勢のまま立ち続けた。

 ────必ず聞こえる。焦るな、落ち着け

 他の三人も目を閉じたまま動かない。

 ────どこからだ。どこに居る

 明人が焦りで顔を歪め始めた時──




          ──助けてくれ──




「っ!! 聞こえた!!!」

 パッと目を開け、体の痛みなど気にせず走り出した。それを、三人も後からついて行く。

 何も無い真っ暗な空間を、ただひたすら走る。前へ進めているか分からないが、先程の助けを求める声は徐々に大きくなってきたため、確実に近付いているとわかった。

        ──助けてくれ、俺は──

 声が徐々に近づいてくる。その声を頼りに走り続け、声の主を探す。

      ──俺はただ、好きな奴には──

 懺悔とも言えるその声は弱々しく、今にも消えてしまいそうになっていた。

   ──好きな奴には、幸せになって欲しかった──

 その声を最後に、明人はその場に立ち止まった。

 目の前には、肌を黒く染めたが、背中を見せポツンと立っていた。
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