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コウショウとアネモネ
第38話 始まり
しおりを挟む声が聞こえ、周りを見る。
だが、声の主が見えない。
――――やっぱり、考えていたんだね、コウヨウ。また、同じことを繰り返す気?
まるで、屋敷からの声のよう。
でも、この声を、愛実は知っていた。
この狂った世界を素晴らしいと言っていた子供。
思考が読めず、何を考えているのか理解ができない創造者。
「アイ、様…………」
コウヨウが名前を言うと、廊下に子供の笑い声が響き渡る。
二人を馬鹿にするような、嘲笑うような笑い声。
――――同じことを繰り返さない方がいいよ、コウヨウ。
「…………」
コウヨウは、何も言わない。
眉間に深い皺を刻み、天井を見上げる。
――――コウヨウ、返事は?
問いかける。
だが、コウヨウは何も言わない。
愛実は、どうすればいいのかわからず、彼を見上げた。
不安そうに見上げて来る愛実に笑みを向け、頭を撫で安心させた。
すぐに顔を上げ、口を開いた。
「…………申し訳ありません、アイ様。俺はまた、やらせていただきます。今回は必ず、逃げ切って見せます」
声に迷いはない。覚悟が込められており、愛実は息を飲んだ。
数秒の沈黙。静寂を崩したのは、アイの冷たい声だった。
――――わかった。
刹那、壁から黒い影が飛び出した。
コウヨウの顔を狙う。体を捻り回避したが、白い布が切れてしまった。
パサッと床に落ち、左右非対称の瞳が露わになる。
赤色と青白磁色の瞳が、驚愕に染まる。
――――まぁ、せいぜい頑張りなよ。死なないようにね。
その言葉を最後に、アイの気配は消えた。
「こ、コウヨウ。大丈夫? 怪我はない? ――――っ」
愛実がコウヨウの顔を見て言葉が途中で止まる。
その顔は、大人になっているが、確実に愛実が待っていた少年の顔だった。
目の色も違う、性格も違う。
けれど、直感的に分かった。
「もみっ――――むぐっ!!」
愛実が思わず名前を呼ぼうとしたが、すぐにコウヨウが口を塞ぎ止めた。
「はぁ……。気づかれずにやり通すつもりだったが、仕方がねぇ。ひとまず、今は本名を控えてくれ、死者に狙われる」
左右非対称の瞳を向け、コウヨウが言った。
愛実がコクコクと頷いたため、やっと口から手を話す。
「…………ほ、本当に、コウヨウは、あの少年なの?」
名前を言えないため、曖昧にしか聞くことができない。
けれど、これだけでコウヨウは何を言いたいのかわかり、気まずそうに頷いた。
「色々あってな」
「色々って……」
「そんなことより、今はここから逃げる事に集中するぞ。ここに来た経緯は後ほど、ゆっくりと話す」
言いながら、コウヨウが愛実の手を握る。
今まではコウヨウとして、世話係として見ていたからイケメンだなぁとしか思っていなかったが、今はもう、認識してしまった。
コウヨウが、初恋の相手であることを。
「――――どうした?」
「な、何でもないよ!!」
「? そうか」
赤くなる顔を誤魔化し、コウヨウと共に歩き出す。
手が熱い、心臓がうるさい。
今、命の危険に晒されているにも関わらず、好きな人が一緒にいるだけでこんなにも取り乱してしまうんだと、愛実は一人、緊張していた。
そんな時、愛実はコウヨウの頬に傷がついていることに気づく。
「頬、傷ついてる。大丈夫?」
愛実に聞かれ、コウヨウは初めて気づく。
すぐに手で拭うと、血は止まった。
「大丈夫だ。それより」
コウヨウは肩を下ろし、視線を愛実に移す。
「ここからは、本気でアイ様は俺達を止めに来るだろう。愛実はまだ、頑張れるか?」
コウヨウは愛実に、問いかける。
なぜ、今そんなことを聞くのか。
愛実は、眉を吊り上げ、力いっぱいに頷いた。
「大丈夫。私、逃げ切れるよ」
愛実の瞳には、覚悟が込められており、自信に満ちていた。
疲労で疲れ、怖くて仕方がないはずなのに、コウヨウの不安を消し去る笑みを浮かべる愛実に、コウヨウも思わず口角が上がった。
「良かった。それなら、最後まで走り切るぞ」
「うん!!」
頷き合うと、二人は廊下を走る。
闇が深まったような気がする廊下。それでも愛実には不安感はない。
隣にコウヨウがいる、それだけで愛実は安心していた。
「…………始まった」
コウヨウが奥の廊下を見ながら呟く。
何が始まったのかと思っていると、数秒後に屋敷の床が波のように動き出した。
「な、なにこれ!!」
「アイ様が本格的に動き出したらしい。でも、これは好都合」
左右非対称の瞳が怪しく光る。
なにかを企んでいると瞬時に理解した愛実は、困惑。瞬間、愛実の腰に手が回された。
足が床から離れ、「え?」と疑問の声が零れた。
「床が歪み始めたんだ、流石に走れないだろ?」
コウヨウは体幹も鍛えている為、床がどんなに波打っても問題はない。
だが、愛実は違う。
大きく波打っている床は、走れない
コウヨウに抱きかかえられた方が安定する。だが、恥ずかしい気持ちは抑えられない。
顔が真っ赤になり、恥ずかしそうにコウヨウから顔を背ける。
そんな愛実に気づかず、彼は走り出した。
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