人間スイとあやかし玄が営む妖癒旅館―人とあやかしが共に生きる、もう一つの世界―

桜桃-サクランボ-

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第27話 違い

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「鬼火さん!!」

 再度叫ぶと、喉の痛みで咳き込む。
 涙で視界が滲んだ。

「――――私の声が、聞こえてないんだ」

 癇癪を起こしている鬼火には、普通に声をかけても、届かない。
 近くで声をかけても言葉が伝わらず、泣き止ませるのは非常に困難なのだ。

 ――――もっと近づかないと。でも、これ以上近づいてしまえば……。

 スイは、自分の身体の限界を感じていた。
 これ以上暑くなれば、その場で倒れてしまうかもしれない。
 もしかしたら、死んでしまう。

 スイは少しだけ悩んだが、すぐに決意を固め、足を前へと進めた。

「鬼火さんも、辛いんだから。私だって……」

 癇癪とは、感情がうまくコントロールできない時に起こる行動だと、スイはいつしか聞いたことがあった。

 感情のコントロールは、大人くらいになっていけば少しずつできるようになってくる。

 けれど、大人になったとしても、感情を抑えられずに辛い思いをしている人たちは、必ず存在する。
 そんな人たちを、スイは旅館でたくさん見てきた。

 苦しい、辛い。
 そんな感情を目の当たりにしてきたスイは、鬼火たちを何とかして救い出したかった。

 それでも、この暑さは人間であるスイにはかなりきついものだ。
 気を抜けば今にも倒れてしまい、意識を失ってしまう。

「――――あっつ!!!」

 火の粉がもろに手にかかり、鋭い痛みが走る。
 見ると、皮膚が少し焼けてしまっていた。

 息もできなくなってきた。
 けれど、ようやく鬼火たちの姿を確認できた。

「鬼火、さん!」

 声をかけても、やはり聞こえていない。
 三体の鬼火は全員、涙を流し、癇癪を起こしていた。

 その場で泣きじゃくる鬼火たちを見て、スイは早くどうにかしなければと気が焦る。
 その瞬間、熱に負けたパイプが上から降り注いだ。

 すぐに上を向いて気づいたが、体が動かない。

 ――――やばい、潰される。

 迫るパイプを見ていることしかできない。
 潰される――そう思い、衝撃に備えるように目をつぶった。

 刹那、腕を引っ張られ、後ろへと倒れ込んだ。

 ――――ガラン!

 パイプが床に落ちる。
 その音に驚き、一瞬だけ鬼火たちの泣き声が止まった。
 だが、またすぐに怯え、泣き出してしまう。

 何が起きたのかわからないまま、スイは体を起こした。

「な、なにが……」

 状況を理解できないまま体を起こすと、口元に冷たいタオルが当てられた。
 横を見ると、視界に入ったのは鴉の面。

「お前は、一体何をしているんだ!!」

「ひっ!!」

 スイの腕を引っ張ったのは、ろくろ首から事情を聞いた天狗だった。
 大きな声を出され、スイは恐怖で肩をガタガタと震わせる。

「て、天狗様……なんで、ここに……」

「しゃべるな。ここからは俺がやる。早く戻れ」

 そう言うと、天狗は立ち上がる。
 頭に手を置かれた瞬間、ひんやりとした冷たい感覚に、スイは見上げた。

「――――早く、帰れ」

 今度こそ天狗はスイから離れ、鬼火たちへと近づいていく。
 人間のスイには、絶対に近づけない領域へ、簡単に足を踏み入れていく天狗。

 それが、スイと天狗の大きな違い。
 人間とあやかしの、埋められない距離。

 天狗はいともたやすく鬼火たちの元へ行き、あやすように三体を抱き上げた。
 最初は泣いていた鬼火たちも、抱き上げられたことで安心したのか、徐々に泣き声が落ち着いていく。

 室内の温度も、ゆっくりと下がり始めた。

「お前たちは、よく頑張っている。今は、ゆっくり休め」

 一体ずつ頭を優しく撫でると、鬼火たちは安心したように目を閉じた。
 まだ完全に安全とは言えないが、下がり始めた室温に、スイは安堵の息を漏らす。

「良かった――あ、あれ?」

「っ、おい!」

 天狗の声が聞こえる。
 けれど、それは徐々に遠ざかり、視界もかすんでいく。
 体が急に重くなり、瞼が落ちる。

 そのまま床に倒れ、スイは意識を失った。
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