魔王自ら勇者を育成してやろう!

フオツグ

文字の大きさ
51 / 56
第三部 決着をつけてやろう!

第五十話 過去を思い出してやろう

しおりを挟む
 我が輩は窓から身を投げ、体を地面に打ちつけた。
 軋む体に鞭を打ち、我が輩は起き上がって、駆け出す。
 逃げる、逃げる、逃げる。
──何処へ?
 我が輩の居場所など何処にもない。
 魔族には『要らない』と言われた。
 人間には魔王だからと恐怖された。
 何処にも行けないのならば、何処か遠いところへ。
 人間も魔物もいないところへ……。

「あっ……」

 我が輩は石に躓いて、顔から地面に倒れた。
 ぽろり、と擬態体の顔の皮膚が剥がれ落ちる。
 なんて、なんて惨めなんだろう。
 我が輩は手をついて起き上がり、再び駆け出した。

 そうしている内に、小さな洞窟を見つけた。
 我が輩は洞窟に駆け込み、岩を積み上げて入り口を閉じた。
 それが終わった後、我が輩はその場に蹲った。
 呼吸がなかなか整わない。
 暗闇に浮かぶのは、コレールとボースハイトとグロルの顔だった。
 我が輩の真の姿を見たときの彼らの顔に浮かんだのは恐怖、怯え、軽蔑だった。
 胸の中で、鉛が落ちたような感覚がした。

「あいつらにだけは、あんな顔されたくなかった……」

 我が輩はあの三人を、我が輩と対等に戦える勇者に育てていたはずだった。
 いつからだっただろう。
 あいつらと戦いたくないと思うようになったのは。
 あいつらに魔王だとバレたくないと思うようになったのは。
 我が輩は遠い昔──自分の生まれたときのことまで、記憶を遡った。

 □

 我が輩が生まれたとき、周りには草木も動物もいなかった。
 いたのは我が輩と同じ、魔物だけ。

 魔物達は我が輩が生まれ落ちて直ぐ、我が輩に襲いかかってきた。
 奴らは魔眼をギラギラと輝かせていて、恐怖したのを覚えている。
 我が輩は訳もわからないまま、必死に抵抗した。
 その最中、一匹の魔物が死んだ。
 すると、他の魔物達は我が輩を襲うのを止めて、その魔物の肉を喰らい始めた。

 我が輩はそれを見て理解した。
 奴らは飢えていたのだ。
 食べるものも何もない場所で、生き残るには他の魔物を殺して、それを食らうしかなかったのだ。
 我が輩もその例に漏れず。

 我が輩は戦った。
 生きるために、殺すために、食らうために戦った。
 何度も死にかけた。
 それでも、我が輩は何とか生き残ったのだ。
 全ての魔物を殺し尽くし、食らい尽くして、永い時が過ぎた。
 自分の体にも歯を突き立て、飢えを凌いでいたが、もう限界だった。
 そんなとき、〝奴ら〟は現れた。

「──久しぶりに覗いてみたら、決着がついてるじゃんっ」

【掌握王】ラウネンと【始まりの王】クヴァールだった。
 我が輩はそいつらを見て、殺して食らおうと飛びかかった。

「おっと」

 しかし、空腹状態の我が輩が、ラウネンらに敵うはずもなく、風の魔法で吹き飛ばされた。

「危ないなあ。君はもう戦わなくて良いんだよっ」

 再び襲い掛かろうとするも、栄養の足りない身体は全く言うことを聞かない。
 我が輩はただ、よだれをだらだらと流してラウネンらを睨みつけることしか出来なかった。

「お腹空いてるの? ……あ、そうかっ! ボク達がこの空間のことを忘れた間に、魔物が全滅しちゃってたのかー」

 ラウネンは何が面白いのか、へらへらと笑った。

「もう大丈夫だよっ。これからいっぱい美味しいもの食べれるからねっ」

 ラウネンは「にゃぱぱ」と笑った。

「おめでとうございます。これから貴方が魔王です」

 クヴァールは我が輩の前に歩み出てそう言った。
 我が輩の眼を真っ直ぐ見つめて優しく微笑んだ。

「初めまして、魔王様。私は貴方を生み出した者、貴方のママです」

 その後、あれよあれよという間に我が輩は魔王となっていた。
 その後、ラウネンもクヴァールに言われるまま、人間達と戦うこととなる。
 戦うのは好きだった。
 空腹も退屈も紛らわすことが出来る。

 ある日、クヴァールは我が輩に語った。
 我が輩は魔王になるべくして生まれた存在なのだと。
 強い魔物を混ぜ合わせたキメラ──それが我が輩だった。
 いや、我が輩だった。
 クヴァールは最強の魔王を育てようとしていた。
 当時、魔族と人間の力量は均衡しており、その均衡を打ち破る何かが必要だった。
 その何かが最強の魔王の存在。
 魔族も人間もねじ伏せる程の強さを持つ魔王。
 クヴァールは魔物を創造する魔法に長けている。
 それで創ったキメラ達を異空間に閉じ込め、殺し合わせ、生き残った者を最強の魔王として、魔王の座に座らせる。
 それがクヴァールとラウネンの考えた〝魔王育成計画〟だった。
 我が輩は殺し合いの中で、いつ死んでいてもおかしくなかった。
 我が輩が生き残ったのは──魔王になったのは、ただ運が良かったのだ。

 □

 クヴァールは我が輩が思うように動かなくなったら、我が輩を消すつもりだったんだろう。
 しかし、我が輩は強くなり過ぎた。
 どんな策を講じても、我が輩を殺すには至らない。
 だから、我が輩の魔力が枯渇したタイミングで、追放を言い渡した。
 それがコレール達の前でだっただけ……。

 心は傷つかないものだと思っていた。
 傷ついても魔法で治せば良いだけ、飢餓よりマシだと思っていた。
 そんなのは間違いだった。
 治しても治しても痛みが和らがない。

 こんなに心が傷つくことが辛くて苦しいなら、もういっそのこと──。

「消えてしまいたい……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...