魔王自ら勇者を育成してやろう!

フオツグ

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第三部 決着をつけてやろう!

第五十一話 魔王城に行ってやろう!《コレール視点》

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「ウィナが、魔王だったなんて……」

 俺は信じられなかった。
 でも、ウィナのあんな姿を見せられたら信じるしかなかった。
 人間ではない、魔物の姿。
 ウィナは魔王だったんだ。
 人間に擬態して、俺達に近づいたんだ。
 妹を殺した魔族もそうだったのだから。

 確かに、腑に落ちる部分はあった。
 魔法に関する造詣が深さ。
 高度な魔法を次々に使える程の恐ろしい魔力量。
 魔王に物怖じしない姿勢。
 ラウネン──魔族と親しそうだったこと。
 心の何処かで、ウィナは魔族なのではないかと思っていたんだ。

 俺はそれから目を逸らしてきた。
 ウィナを人間だと信じていたんだ。
 ウィナが魔族だと信じなくなかったんだ。
 そう思っていた俺を、ウィナはどんな気持ちで裏切っていたんだろう……。

「逃げられましたな」

 バレット先生はウィナが飛び出して行った窓を見つめてそう呟いた。
 ウィナは逃げてしまった。
 弁明も、開き直りも、謝罪もせずに。

「せめて、何か言ってくれよ……」

 俺は拳を握り締めるしかなかった。

「──さて」

 バレット先生は俺達の方を向いた。
 俺達は咄嗟に身構えた。
 バレット先生──バレットは魔族だ。
 それを明かしたということは、俺達と戦うつもりなんだろう。
 しかし、バレットはこう続けた。

「お三方にも、【始まりの王】クヴァールより、伝言を預かっております」
「伝言……?」
「『コレール、ボースハイト、グロル──貴方方を魔王城にご招待します』──と」

 □

 魔族が住まう魔族大陸の上には真っ赤な空が広がっている。
 魔王城はその赤い空に浮かんでいた。
 人間には到達出来ない未知の境地。
 バレットの《転移》魔法で俺達はその城の前まで来ていた。

「ここが魔王城……」

 ボースハイトが魔王城を見上げて呆けている。
 俺とグロルは千年前に行ったときに一瞬だけ見ているが、改めて見ても、大きな城だと思う。
 ウィナはここに住んでいたんだな……。
 バレットは魔王城の扉を開いて、城の中に入る。

「ついてきて下さい。この地で私から離れたら、死ぬと思って下さいな」

 そう言われて、俺達はバレットの後に続いた。
 城内に一歩足を踏み入れると、炎の息吹が飛んできた。

「え」

 城の中にいた魔族が、俺達を排除しよう攻撃してきたのだ。
 俺達は咄嗟に防御しようとしたが、もう遅い。
 俺を焼き殺そうとする炎は目の前まで来ていた。
 が、炎が目の前で消えた。
 何が起こったのかと思い周囲を見渡すと、炎はバレットの手の中にあった。
 バレットは何食わぬ顔で手の中の炎を握り潰して揉み消す。

「この人間達は客です。その手を下ろしなさい」

 バレットがそう言うと、魔族達は暗闇の中に消えていった。
 ……バレット先生も本当に魔族なんだ。

「失礼しました。こちらですな」

 バレットが歩き出し、俺達は慌てて後ろをついて行く。
 バレットから離れたら死ぬと、身を持って理解した。

 □

 暫くして、バレットはある扉の前で立ち止まる。
 どうやら、ここが目的地らしい。
 バレットは「くれぐれも失礼のないように」と言い、扉を開けた。
 部屋の中心には長机があり、椅子に二人の魔族が座っている。
 小さな白いスライム。
 黒いドレスに身を包んだ血色の悪い女性。
 白いスライムの方には見覚えがあった。

「あ! 魔王ルザ!」
「ひいっ!? あのときの人間……!」

 ルザはぷるぷると身体を震わせる。
 黒いドレスの女性が気怠そうにルザを見た。

「あらルザぁ……。あんた、いつの間に魔王になったのぉ……?」
「なってないですよお、ぷるぷる……」

 バレットが答えた。

「それは【掌握王】ラウネンが人間達に流布した偽の情報ですな。今はメプリが魔王ということになってますよ」
「あたしが魔王ぉ……? あたしは魔王の器じゃないわよぉ……」

 黒いドレスの女性──メプリは呆れたようにため息をついた。
 俺達が会話についていけず呆けていると、バレットがこちらを向いた。

「紹介が送れましたな。彼らは四天王の【最弱王】ルザ、【生殺王】メプリですな」
「最弱……? 最弱なのに四天王?」
「はい。ルザは【剿滅そうめつの魔王】が唯一勝てない相手ですな」
「その言い方だとルザが強いみたいじゃないですかあ!」

 ルザはぽよんぽよんと飛び跳ねて抗議する。

「ぬるぬる……。ルザは弱いので直ぐに逃げちゃうんですう。だから、実際負けてるようなものなんですよお」

 確かに、この小ささだとウィナに勝てそうもない。
 しかし、俺達は知っている。
 ルザは形態を変えて、恐ろしい魔族になれるということを。
 弱そうだからと、油断は出来ない相手だ。

「ところで、ラウネン様は欠席ですかあ? クヴァール様は最近欠席しますけど、ラウネン様が欠席するなんて珍しいですねえ」
「【掌握王】ラウネンは魔王に殺されました」

 ルザが「ぴゃっ」と声を上げた。

「こ、殺されたあ!?」
「あらぁ……ついに殺ったのねぇ……。あいつ、うるさかったしぃ……」

 メプリはくすりと笑う。

「ぷるぷる。ルザも殺されちゃうよお……」

 ルザは小さい体を更に縮こめる。

「前から魔王は人間に手を貸すような真似をしていました」

 バレットは淡々と語る。

「人間への魔法の伝授。人間を強化する【経験値システム】。そして先程、魔王は魔王軍の創立に貢献したラウネンを私情で殺しました。これは我々魔族の裏切りです。『魔王を殺せ』……クヴァール様からの通達です」
「クヴァールの逆鱗に触れたのねぇ……。じゃあ、仕方ないわぁ……」

 魔王を──ウィナを殺す。
 通達が出されたということは、魔族全員でウィナを殺すつもりなのか。
 だが、たった一人の魔族の一存で自分達の王を殺そうとするものだろうか?
【始まりの王】クヴァールという魔族は一体何者なんだ……?

「で、でもお、魔王様を殺すことなんて出来ないですよお。すっごくすっごく強いですからあ」

 ルザはぽよぽよと体を動かす。

「ええ。ですから、彼らがいるのですな」

 バレットは俺達を手で示した。
 ルザとメプリの視線が俺達に向いて、俺は少し怯んだ。

「ご紹介します。コレール、ボースハイト、グロル。彼らは【剿滅の魔王】を討つ〝秘策〟ですな」
「え……?」

 ……俺達がウィナを討つ秘策だって?

「無理ですよお。弱い彼らじゃイチコロですよお」
「魔王は彼らを殺せません──いえ、殺しません、と言うべきですか。魔王は彼らに情を移しています。それは即ち、彼らは魔王の弱みになるということです。それを利用して、魔王を討ちます。魔力がなくなっている今が絶好のチャンスです」
「お、俺達を盾にして、ウィナを殺すつもりなのか」
「貴方達にとっても、悪い話ではないでしょう?」

 確かに、魔王を討つことは人類の悲願だ。
 バレット達魔族が協力している今、魔王を討つまたとないチャンスだ。
 真の魔王を討ったら、俺達は真の勇者になれる。
 そうしたら、追い出された母国にも戻れるかもしれない。
 でも、本当にそれが正しいことなのか……?

「待ちなよ」

 ボースハイトが声を上げた。

「なんで僕達がお前らに協力するの前提で話を進めてるのかなあ? 魔王を討つのが魔族にとって得になるなら、僕達が協力するはずなくない?」
「ちょ、ちょっと、ボース!」

 俺は慌ててボースハイトの口を塞いだ。

「敵陣の真ん中で、そんな生意気なこと言ったら、殺される!」

 ボースハイトは俺の手を口から剥がして、鼻で笑った。

「馬鹿だね。僕達が魔王を討つ秘策ってことは殺されないよ。殺したらウィナの弱みがなくなっちゃうからね」

 そのとき、サッと俺の血の気が引く感覚がした。
 立っていられなくなり、その場に倒れ込む。
 呼吸が浅くなって、強烈な寒気に襲われた。
 直感的にわかる。
 死ぬ。

「浅はかですな。死んだら生き返らせれば良いだけの話ですよ」

 バレットの冷たい声が聞こえて、俺の意識は途切れた。

 □

 頬には冷たく固い感触があるのに、ふわふわと身体は暖かい。
 まるで、夢でも見ているような心地だった。
 おかしいな。
 俺は死んだんじゃなかったのか?
 死後でも夢は見るんだな……。

「全く困るわよねぇ……。あのラウネンを殺すなんてぇ……」

 声が聞こえて、バッと飛び起きる。
 急に起き上がったせいで眩暈がして、手で頭を押さえた。
 その手を見て、驚く。
 生きている……どうして?
 見回すと、そこは牢獄の中だった。
 鉄格子の内側にはボースハイトとグロルが倒れている。

「ボース! グロル!」

 二人に声をかけて、肩を揺らす。
 すると、二人は唸り声を上げて、身体を起こした。

「良かった。生きてる……」
「──ちょっとぉ……。うるさいわよぉ……?」

 その声にハッとして、鉄格子の外を見た。
 そこにはメプリが気怠そうに立っていた。

「お前は……メプリ!」

 俺は咄嗟にボースハイトとグロルの前に出る。
 さっき起きたときに聞こえた声は、メプリの声だったのか。

「だから、うるさい……。これだから生きてる者は嫌いなのよぉ……。今、あんたはあたしに生かされてるんだから大人しくしときなさいよねぇ……」

 メプリはため息をついた。
 この口振りからすると、俺達を生き返らせたのはメプリらしい。
 メプリ……一体何が目的なんだ?

「魔王様もそうよぉ……。クヴァールに生かされてるんだから、大人しくしとけば良かったのぉ……」
「それってどういう……」
「ちょっとぉ……。これは独り言よぉ……? 勝手に会話にしないでくれるかしらぁ……」

 俺が黙ると、メプリはを続けた。
──それはウィナの誕生にまつわる話。
 ウィナ──【剿滅そうめつの魔王】はクヴァールによって生み出された存在だった。
 複数の魔族を異空間に閉じ込めて、殺し合わせ、最強の魔王を創る魔王育成計画。
 その生き残りが、ウィナだったという。
 ウィナが生きるには戦うしかなかった。
 戦って強くなるしかなかった。
 敵だらけの戦場を生き延びて、魔王に祭り上げられて、今は反逆されて、命を狙われている。
 結局、ウィナの周りには敵しかいなかった。

「何故、それを俺達に……?」
「……あたしもそうだから」
「え……」

 メプリも魔王育成計画で生まれた……?

「ママ──クヴァールはまた、魔王を作るわぁ……。あんた達なら、止められるでしょう……?」
「【始まりの王】クヴァールを倒す……? 俺達三人が……?」

 メプリは頭を振った。

「あんた達が倒せる訳ないでしょう……? 倒せるのは……〝最強の魔王〟ぐらいでしょうね……」

 ウィナがいれば、【始まりの王】クヴァールを倒せる……。
 俺とボースハイトとグロルは顔を見合わせた。

「任せたわよぉ……」

 メプリがそう言うと、ガチャンと牢屋の鍵の外れる音がした。
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