魔王自ら勇者を育成してやろう!

フオツグ

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第三部 決着をつけてやろう!

第五十二話 捕食されてやろう!

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 どれほどの時間が経っただろうか。
 我が輩は少し身を捩る。
 ぬめぬめとした感触を身体全体で感じた。
 これは何だろう。
 我が輩は自分の手を見る。
 手は溶けてドロドロの液体に変わっていた。
 我が輩は驚かなかった。
 なけなしの魔力で無意識に魔法を使ったんだろう。
 消えてしまいたい──そう願い、体を溶かす魔法を自分にかけた。
 我が輩は自らの意志で消えようとしている。
 ……ふと、何者かの気配を感じて、我が輩は顔を上げた。

「誰だ……?」

 洞窟を塞ぐ岩の隙間から、どろりと粘着質な液体が侵入してくる。
 我が輩はそれが何か知っていた。
 それはスライム──【最弱王】ルザだ。

「魔王様あ……」

 ルザが声を出した。

「ルザ……」

 我が輩は自嘲気味に笑う。

「笑いたければ笑え。最強と呼ばれた我が輩が、裏切られた程度で意気消沈している情けない姿を」
「笑いませんよお……」

 ルザは人間の姿に《擬態》した。
 白い色でぼさぼさの長髪。
 かさかさとした肌に、薄汚れた白いワンピースだけを着ている。
【最弱王】という名に相応しい、見窄らしく、弱々しい子供の姿だった。
 ルザは我が輩の前で両膝をつき、細腕で我が輩を抱き締めた。

「弱くて可哀想な魔王様。ルザがずっとお側にいますねえ。ルザは弱い者の味方ですう……」

 ルザの体にが我が輩の体が沈み込んでいる。
 スライムは敵を捕食して、力を得る。
 ルザは我が輩を捕食するつもりなのだ。
 最弱の魔物が、最強の魔王の力を得る。
 その後、ルザが何を為すつもりなのか、わからない。
 だが……。
 それも……それで良いか……。
 そう思って、目を閉じる。
 全てを受け入れよう。
 この世界に、我が輩の居場所などないのだから……。

「──本当にこの中にいるのかよ?──」

 岩の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「──《思考傍受》で聞き取った感じでは、確かにこの向こうに──」
「──とりあえず、この岩を、壊せば良いんだよな?──」

 瞼を透す眩い光に驚いて、我が輩は目を開く。
 洞窟を塞いでいた岩に亀裂が次々と入り、洞窟に差す光の筋が増えていく。
 次の瞬間、積み上げられた岩は砕け、ガラガラと崩れていった。
 我が輩は久しぶりの太陽の光に、目を細める。

「──見つけた……ウィナ!」

 コレールの声が聞こえた。
 コレール、ボースハイト、グロルが我が輩の前に立っている。
 三人共、傷だらけで、服は土や血で汚れてボロボロだった。
 顔には疲労が見えつつも、目に光がある。

「貴様ら……どうして」

 いや、少し考えればわかることだ。

「我が輩を殺しに来たのか」
「んな訳ないだろ!」

 グロルが我が輩の腕を掴み、引っ張ろうとする。

「うわっ! なんでぬるぬるなんだよ!」
「それはルザが……あれ?」

 そういえば、ルザがいない。
 逃げたのか?
 流石、【逃走王】とも呼ばれるルザ。
 相変わらず、逃げる判断と逃げ足が速い。

「バレットや魔王軍はいないのか?」
「だから、殺しに来たんじゃねえんだって!」
「何故、殺さない? 我が輩は魔王だぞ。貴様ら人類の敵だ。殺せば良い」
「確かに、お前は魔王で、人類の敵かもしれない。でもな、それ以前に俺達は仲間だろう?」

 仲間……。
 我が輩にグロル達の仲間を名乗る資格はない。
 何故ならば──。

「我が輩は魔王だ。コレールの妹の命を奪った魔族と同じ」
「ウィナは、殺してないんだろ?」

 コレールがはっきりと言った。

「ボースの記憶を奪った魔族と同じだ」
「元凶はウィナじゃない」

 ボースハイトはさも当然のようにそう言った。

「我が輩は仲間で良いのか?」
「良いに決まってんだろ!」

 グロルが腕を引っ張って、我が輩を洞窟の外へと連れ出した。
 世界は酷く眩しかった。
 魔王軍にいた頃、我が輩の強大な力に恐れる者達ばかりだった。
 人間なんて呆気なく死ぬのだから、尚更、我が輩を恐れるはずなのだ。
 でも、こいつらは我が輩の正体を知って尚、我が輩を恐れない。
 それどころか、こんなにも頼もしいだなんて……。
 人間を殺したい、壊したい。
 退屈だった千年、そう思うことは常だった。
 でも、守りたい、失いたくないと思ったのは、これが初めてだったかもしれない。
 コレール、ボースハイト、グロルの顔を見回して言った。

「ありがとう……」

 目元がじんわりと熱くなる。
 三人は我が輩の顔を見て、満足げに笑った。
 ドロドロに溶けていた身体は、いつの間にか、はっきりと人の形をしていた。

「さて。魔王城に向かうか!」

 我が輩は大きな声でそう言った。

「ええ? 折角、命からがら逃げ出してきたのに?」

 ボースハイトがそう文句を垂れる。
 我が輩は首を傾げた。

「魔王城から逃げ出してきた……? どういうことだ?」
「俺達、魔王城に連れて行かれてたんだよ。バレット先生──バレットが俺達を〝魔王を討つ秘策〟だとか何とか言って」

 グロルがそう答えた。

「バレットが……そうか。やはり──」

──あいつは本気で我が輩を殺そうとしている。

「よく貴様達で魔王城を抜け出せたな」
「メプリが、脱出の手助けをしてくれたんだ……」

 コレールがそう答えた。

「メプリが?」

 意外だ。
 あいつは生者が嫌いなはず。
 人間に協力するなど、考えられない。

「【始まりの王】クヴァールを止めるために、ウィナが必要だって言ってた……」

 メプリも我が輩と同じ意見だったのか……。
 あいつも魔王育成計画で生まれた魔物だ。
 最強の魔王となる強さはあった。
 ほぼ全ての生物を即死させることが出来る魔法の使い手……先に我が輩が魔王になっていなければ、メプリが魔王となっていたことだろう。

「……無理にとは言わない。逃げたいなら、俺達も、一緒に逃げるよ」
「追っ手は直ぐに来る。秘策がクヴァールの手を離れた今、魔力が枯渇している我が輩を狙いに来るに違いない」

 我が輩は魔王城のある方角を見上げて、言った。

「決着をつけねばなるまい。全ての元凶──【始まりの王】クヴァールにな」
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