悪役令嬢♂〜彼は婚約破棄国外追放死亡の運命を回避しつつ、ヒロイン達へ復讐を目論む〜

フオツグ

文字の大きさ
28 / 79
幼少期編 攻略対象達を攻略せよ

運命なんざクソ食らえ

しおりを挟む
──これから、どうすれば良いんだ。
 アデヤの傷を見てから、クロードはぐるぐると考え続けていた。
──何をしたって、シナリオには逆らえない。
 この世界はシナリオを合わせるように動く。
 どんなに足掻いたとしても、アナスタシオスの死は揺らがないのかもしれない。
 運命を受け入れて、ただ時が過ぎるのを待つしかないのか。
 コンコン、と部屋の扉が叩かれる。

「クロード、起きてる?」
「……兄さん?」

 クロードは重たい体を引きずるようにして、ベッドから這い出た。
 扉を開けると、寝巻き姿のアナスタシオス。
 そして、ティーセットを持ったメイばあやがいた。
 廊下に人はいなさそうだが、一応誰が聞いているかわからないため、姉として扱うことにした。

「お姉様、どうしたの?」
「夜のお茶会に来ないから心配になったの。いつもこの時間だったでしょう?」
「え、もうそんな時間……?」

 時計を見やると、秘密のお茶会の時間を過ぎていた。

「ご、ごめん。今行くよ」
「いいえ。今日はクロードの部屋でお茶会をしましょう。たまには良いでしょう?」
「で、でも──」
「お邪魔するわね」

 アナスタシオスはクロードを軽く押しのけて、ズンズンと部屋に入る。
 彼は椅子にどかりと腰掛けると足を組んだ。

「ちょっと、兄さん! 男性の部屋に女性が入るなんて、他の人に見られたらどう思われるか……」
「男同士だろうが」
「兄さんは外じゃ女性ってことになってるだろ」

 メイばあやはテーブルの上にティーセットを置き、クロードのために椅子を引く。
 どうぞ、というように笑顔を向けられて、クロードは渋々テーブルについた。
 アナスタシオスはその様子を見ながら紅茶を啜る。
 ティーカップの中身を全て飲み終えると、ソーサーの上に置いた。

「なあ、クロード」

 アナスタシオスが問いかけに、クロードは顔を上げる。

「お前は一体、何と戦ってんだ?」
「……え?」

 クロードはアナスタシオスの言葉の意味が理解が出来ず、反応が遅れた。

「俺がアデヤに求婚された日から、なーんか様子がおかしいと思ってたんだ。そして今日、確信した! お前は何かと戦ってる」
「ええと……」

 クロードは言葉に迷って、下を向いた。

「んで、今壁にぶち当たったとこだな? 二進も三進もいかなくなって、どうしようか悩んでる」

 「当たりだろ?」とアナスタシオスは歯を見せて笑う。
──ああ、兄さんには何でもお見通しなんだな……。

「何でわかるんだよ……」

 クロードの目から、音もなく涙が零れ落ちた。

「お前はわかりやすいからなー」

 アナスタシオスはへらりと笑い、クロードの頭を優しく撫でた。

 クロードは嗚咽を漏らしながら泣く。
 アナスタシオスは急かすこともなく、何も言わずにそこにいてくれた。
 クロードは一頻り涙を流し終えると、口を開く。

「……メイばあや、ミステールを呼んでくれ」
「え? しかし、他の者にアナスタシオス坊ちゃまが男の子だとバレては……」
「大丈夫。ミステールは全てを知ってるから」

 メイばあやは暫く躊躇していたが、覚悟を決めたように「わかりました」と言って部屋を出た。
 少しして、彼女はミステールを連れて戻ってきた。
 ミステールはアナスタシオスがクロードの部屋にいることに驚くことなく、いつも通りニコニコと笑う。

「〝アナスタシオス〟のときでは初めましてですね、坊ちゃん」

 その言葉に、アナスタシオスは眉を顰める。

「クロードが教えたのか? 兄ちゃんとの約束、破ったのか」

 アナスタシオスがクロードを睨みつけた。

「いいえ。クロードくんの名誉のために言っておきますと、彼は何も言っていません。僕は文字通り、のです」

 ミステールは意味ありげに笑って見せた。

「……よくわかんねえけど、約束を破った訳じゃねえんだな」
「はい。神に誓って」
「……なら、良い」

 アナスタシオスはクロードに目を向ける。

「で? こいつを呼んで、何する気だ?」
「兄さんに話すよ、全部」

 クロードはアナスタシオスの目を見て、そう言った。

「クロードくん」

──話して良いのかい?
 ミステールは目でそう言う。
 クロードは頷いた。

「ああ、もう隠しても意味がないみたいだから。ミステールには立ち会って欲しい」
「わかったよ。僕がいるだけで、勇気が出るなら」

 ミステールは笑顔で頷く。
 クロードは少しホッとして、アナスタシオスに向き直る。

「兄さん、おれは転生してきたんだ」
「転生……? 転生っつうと、お前は一度死んで、新しく生まれたってことか?」
「そう」

 クロードは頷く。

「でも、最初から記憶があった訳じゃない。おれが落馬したとき、頭を強く打っただろう? そのときに、全部思い出したんだ」
「……なるほどな。あのときからか」

 アナスタシオスは腕を組み、椅子の背もたれに寄り掛かった。

「納得がいったぜ。あのあと、ちょっとよそよそしくなったもんな。落馬のトラウマのせいだと思ってたんだけどよお」
「……怒らないのか?」
「あ? なんで?」
「本物のクロードの人格は何処に行ったのか、とか……」
「本物も何も、お前は忘れてただけだろうが。自分ではわかんねえだろうが、今も昔もそんなに変わってないぜ? 面食いなとことか、訳わかんねえこと言うとことか」
「訳わかんねえこと……言ってたか?」
「なんだっけな。『誕生日に何が欲しい?』って聞いたら、〝すまほ〟の〝しんきしゅ〟? が欲しいとか何とか。詳しく聞いても『わかんない』って泣き出すしよ」
「あー……あったな。そんなこと。結局、スマホみたいな木彫りの薄い板くれたよな」
「『これじゃない』ってまた泣いてたよな。マジで困ったよ」

 アナスタシオスはそのときのことを思い出して笑った。

「あれ、前世の記憶って奴なんだろ?」
「ああ、そうだ。スマホってのは正式にはスマートホンって言って……」
「あー、別にそれが知りたい訳じゃねえ」

 アナスタシオスは「もう良い」と言うように手を振る。

「んで? その前世の記憶が今のお前の悩みごとにどう関わってんだ?」

 そう問われて、クロードは前のめりになる。

「……ここからは、驚かないで聞いて欲しい。この世界はゲームの世界なんだ。おれがこの世界に転生する前に遊んでいた、ゲームの」
「……ゲーム? チェスとか、そういうの?」
「違うんだ。ノベルゲーム……物語の世界って言った方が正しいか」
「絵本とか小説とか?」
「そうだ。でも、少し違うところがあって。読者の読み方次第で話の内容や結末が変わるんだ」
「ほーん。この世界が、ねえ……」
「ミステールは転生してないけど、そのことを知っている。おれよりも詳しいレベルで」
「だから、俺が男だと知ってたってことか?」
「まあ、そう」
「つまり、お前の協力者?」
「協力……うーん。それらしいことは何も……。おれが知らないシナリオも知ってるみたいなのに教えてくれないし」

 クロードはちらりとミステールを見た。

「だって、全部教えたら面白くないでしょ?」

 ミステールはニコニコと笑って言う。

「クロードがお前とゼニファーとの仲を取り持ってやったのに、ケチな奴」

 アナスタシオスは呆れた。

「商国の出なもので」

 ミステールは悪びれもせずに言う。
 クロードはアナスタシオスに目線を戻した。

「おれは〝アナスタシア〟がどんな運命を辿るのか知っている」

 クロードは今後アナスタシオスの身に起こるであろう話をした。
〝アナスタシア〟はアデヤに婚約破棄され、【博愛の聖女】殺害未遂の罪で国外追放され、その道中に死亡する運命にあること。
 アナスタシオスは相槌を打ちながらそれを聞いていた。

「……つまり、なんだ? お前は俺が死ぬのを阻止したい……と?」

 クロードは頷いた。
 アナスタシオスは深くため息をついた。
──やっぱり、そう簡単には信じて貰えないよな……。
 この世界が物語の世界で、将来自分が死ぬなんて、簡単に信じられるような話ではない。

「ったく、なんで早く話さねえんだよ、馬鹿が」
「……え?」

 思ってもみなかった反応に、クロードは動揺した。

「し、信じてくれるのか?」
「そりゃあ、愛しの弟の言うことだ。信じるに決まってらあ。荒唐無稽な話だが、クロードはこんな手の込んだ作り話を一から作れる奴じゃねえからな」
「それって褒めてるのか? 貶してるのか?」
「『素直な良い子だ』って褒めてんだよ」

 アナスタシオスはけらけらと笑う。

「『おれにも背負わせてくれ』ー……だったか? その言葉、まんまお前に返すぜ。ガキの癖に、なんで人に頼んねえんだか」
「おれは前世で十数年生きたんだぞ。生きた年数でいえば、兄さんより年上だ」
「うっせえ。この世界ではお前が弟なの。兄ちゃんの言うこと聞いてろ」
「横暴……」
「俺の運命は俺が決める。死が決まってる運命なんて、クソ食らえだ」

 アナスタシオスはクロードに顔を近づける。

「これからは二人で、クソッタレな運命に立ち向かおうじゃねえか」

 そう言って、ニヤリと笑う。
 彼はクロードの話を疑うことも、自分が死ぬ運命に絶望することもない。
──ああ……おれの兄さんは、なんて頼もしいんだろう。
 信じて貰えないと思っていた。
 だから、一人で戦うしかないんだと。

「僕もいますよ?」

 ミステールがあっけらかんと言う。

「だったら、全面的に協力するんだな」
「それはちょっと……約束出来ませんね」

 クロードは二人のやりとりを見て、笑った。

「ありがとう。兄さん、ミステール」

 抱えていた不安が払拭された訳ではなかった。
 だが、今は心強い味方がいる。

「運命に立ち向かおう。おれ達で!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...