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本編

第12話_静かな正義-1

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それから数日間、蒼矢ソウヤを中心とした理学部1年生の近辺では、何度かイレギュラーな出来事が起こった。

主に知らない学生から急に声を掛けられる事案だったが、男女の区別は無く学年も様々で、大学最寄りの駅前に始まり登下校中や昼食時間の食堂、講義室の移動中などあらゆる場面で見舞われた。

本人がいてもいなくてもそれは変わらず、むしろいないケースの方が執拗に居場所を問い詰められたり、蒼矢に関する何らかの個人情報を聞き出そうとするなど、粘着性が高かった。
そして会えたら会えたで、記事に載っていたピンボケ写真より遥かに美しい実人物を目の前にし、何を話すでもなく恍惚の表情で見つめるだけだったり、"学内新聞を見て会いに来た、見れて嬉しい"という実の無い主張を聞かされて終わるなど、あまり気分のいい対面にはならなかった。

時には講義室のドアに張り付いて覗き見し、誰かが気付くや否や、遠のいていく足音と共にこつ然と姿を消すという怪奇現象も起き、明らかな実害は無いものの非日常的な事案に振り回され続け、理学部生たちのライフは確実に削られていっていた。



とある日の最終講義後、啓介ケイスケはやつれた表情を晒しながら机に突っ伏した。

「はあぁ…」

大きく漏れたため息からは、言葉にしなくとも彼の抱える疲労が伝わり、それを聞いた同級生たちもつられるように面持ちに疲れを表出させた。

同じ空間には渦中の蒼矢もいて、やはり表情に疲れを見せるものの、どちらかと言えば後ろめたさのような心情をより滲ませていた。
言葉に出すことを避けてはいたが、この空間にいる誰もが蒼矢を巡る一件で大学生活に負担が掛かっていることは確かで、彼自身もそれを重々承知していた。
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