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本編

第2話_遠方からの訪問者-6

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すたすたと足早に本殿の裏手へ歩いていくレツを、蒼矢ソウヤは小走りに追い、追いつくと数歩後ろからついていく。
「…忙しいんだな、店」
「まぁな。馴染みの計らいでお客さん紹介してもらえてさ。まだ赤字だけど、これから注文本数増やしてもらえそう」
「おばさんは元気か?」
「相変わらず息子を顎でこき使ってるよ。たまには会ってやれよ、お前来ると機嫌良くなるし」
「…うん」
納屋に酒を納めるその背中を、蒼矢は小さく返事をしつつ眺めていた。
鍵をかけ、向き直った彼と玄関で会ったぶりに目が合うが、烈の視線はすぐに逸れていく。
「丁度いいや、鍵返しといてくれ」
「! …あぁ」
「宜しくな」
すれ違いざまに鍵を手のひらに載せ、烈は後ろ手を振りながら玉砂利を引き返していった。
彼の姿を追うように振り返ったものの、その場に立ち尽くしたまま動かないでいる蒼矢の耳に、やがて軽トラのエンジン音が聞こえ、遠ざかっていく。
「……」
手渡された鍵へと目を落としてから、無音になった境内を葉月ハヅキ宅へと引き返す。
居間へ戻ってきた蒼矢にお茶を飲んでいた葉月が気付き、座布団を枕に寝息をたてているアキラを揺り起こす。
「陽、蒼矢戻ってきたよ。そろそろ起きなさい。――烈はもう行ったの?」
「…はい」
「お兄ちゃん、今日の夕飯何? 私お買い物行ってこようか?」
「! あぁ、じゃあお願いしようかな」
鍵を受け取った葉月は、なんとなく気落ちした様子の彼にぱちくりと目を留めるが、栞奈カンナの呼びかけへすぐに視線を移した。
目を覚ました陽は兄妹の会話をぽかんと聞いていたが、なにやら重大なことに気付いたのか頭を抱え始めた。
「!! そっか…、俺今日ここ泊まっていけねぇじゃんか…!!」
「え、なんで?」
「あら、そんなつもりだったの? まぁ別にいいわよ、客間のひとつくらい空いてるんだし」
「よかねぇだろっ…! お前正気じゃねぇだろ!?」
「!? あんた本当に失礼ね…」
「とにかく、予定変更だっ…帰るー!!」
「夕飯は食べていきなよ。栞奈も帰って来たし、今日はちらし寿司と唐揚げにしようね」
再び騒がしくなってきた楠瀬クスノセ家の中でひとり、蒼矢は黙って手元をぼんやりと眺めていた。
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