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本編

第4話_漂う異臭-1

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影斗エイト蒼矢ソウヤを乗せたバイクは、ほどなく髙城タカシロ邸に辿り着いた。
ヘルメットを影斗へ手渡すと、蒼矢は丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございました」
「もー、お前は毎度…かしこまったのはいいって言ってんだろぉ?」
「だって先輩、帰るのに今来た道ほとんど戻るじゃないですか…あ、葉月ハヅキさんのお宅に泊まっていかれるんですか?」
「いや、今日はあいつは一日外で神事入ってるからいねぇよ。俺は別用――レツん家に酒取り寄せてもらっててさ、受け取りに行ってから帰るわ」
「…そうなんですか」
「! 心配しなくても、あっちがついでだぜ?」
「…はい」
自分の出した話題に蒼矢のわずかな表情の変化を感じ、影斗は即座にさりげないフォローを入れる。が、蒼矢は薄く微笑みつつ、内の読めない返答をしただけだった。
「お前も来るか? あいつん家」
「いえ…、遠慮しておきます」
「…そっか。じゃぁな…」
そう言いかけた刹那、蒼矢の首が機敏に動き、前にいる影斗とは全く違う方向へ凝視したまま身体を硬直させた。そんな彼の急激な変容に影斗もまた目を見開かせ、しかし落ち着いた口調で彼へ問いかける。
「…出た・・のか?」
「……はい」
「丁度良いじゃねぇか。…ったく、晩飯くらい食わせろってな」
そう鼻で笑うと、影斗はスマホのSNSを素早くいじりだす。
「――烈呼んだ。近いのか?」
「ええ、走っていける範囲だと思います」
「了解。お前んちのガレージ貸してくれ、バイク入れる」
影斗がバイクを髙城家敷地内へ駐車している間に、連絡を受けた烈が駆けつける。
「…よう」
蒼矢の立つところから少し手前で足を止めた烈は、軽く手を挙げながら抑揚に乏しい声色で挨拶する。頷いて反応を返す蒼矢だったが、すぐに目をそらしてスマホを手に取る烈の様子に、思わず小さく声を漏らした。
「…悪い、店の途中で呼び出して」
「? …いやそこ気にするとこじゃねぇだろ。母ちゃんももう慣れっこだし」
「…! そう、だな…」
「――お待たせー。葉月は仕事で来れねぇ、陽は…まぁいいだろ。行くかね」
「了解」
「……?」
戻ってきた影斗の声がけに烈が返し、同じく蒼矢も頷きかけたが、ふと眉根を寄せる。
「…なんか…"臭い"がしませんか?」
「あ? …するか?」
「…いや」
自分の嗅覚に起きたわずかな変化に、同調できない2人へ視線を向けてから、内で思考を巡らせる。
甘ったるく、深く脳裏に残るような。人工的とは少し違う…でも何かに例えようのない、別世界のもの・・・・・・のような臭い。
「蒼矢?」
「もしかしたら、嗅がない方がいいのかもしれない。…なるべく鼻と口を塞いで下さい」
「…!!」
「急ぎましょう、住民に影響が出る」
「…了解。マラソンも登山もやる予定ねぇってのに高山トレーニングさせるたぁ、ふざけた奴らだな」
影斗はそう悪態をつきながらレザージャケットの襟を立て、フルジップにして鼻まで覆った。
蒼矢も長袖を引っ張って口元へもっていこうとしたが、横から手が伸びる。
「これ使え」
差し出された手拭いに目を落とし、蒼矢は烈へ見上げた。
「…汗っぽいけど、無いよりましだろ」
「でも、烈は…」
「お前の感覚・・の方が大事だ。…案内頼む」
「…」
先ほどとは違い、しっかりと見つめ返してきた彼の眼差しを受け止めて頷くと、蒼矢は畳んだ手拭いで顔半分を覆い、2人を"目的の場所"へ導いていった。
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