上 下
16 / 51
本編

第3話_可憐な美青年-6

しおりを挟む
大学正面門が見えてくると、脇に黒塗りの750ccが停められ、それにもたれかかるように黒ずくめの男が立っていた。
「あっ、エイト先輩だ」
「伊達男の名を欲しいままにするエイト先輩だ」
「よぅ、蒼矢ソウヤの友人AとB」
蒼矢が気付く前に友人たちが見つけ、黒い男――影斗エイトへ声をかける。
「そろそろ名前覚えて下さいよ、俺たちあなたのファンなんですから」
川崎カワサキ沖本オキモトだろ? ていうか俺いつの間にファンクラブ出来てんだよ」
「学部2年髙城タカシロ以外全員加入してますよ、俺たちで布教しましたから」
「…肝心な奴が入ってねぇじゃん…」
彼らが挨拶がてら歓談する横で、蒼矢は補習の約束を入れなくて正解だったと内心ほっとしていた。
「やっぱり待ってたんじゃないですか…」
「俺は大学ここで有意義な時間過ごしてたし、待ってたって感覚はねぇぜ?」
少しむくれてみせる蒼矢を笑っていなすと、影斗は彼の横へ視線を移す。
「…あれ? お前」
「初めまして…いえ、さっき振りですね」
お互いに午前中に目が合った相手だとわかり、リンはにこりと笑った。いつの間にやら蒼矢に蔦のように絡ませていた腕を解いて距離を置いていた鱗は、先ほど初対面の蒼矢に見せた態度と全く同じように口角をあげ、小首を傾げながら影斗の方へするっと近付いていく。
「僕、立羽タテハ 鱗と言います。…髙城先輩たちの先輩なんですか?」
「そうそう、エイトね。蒼矢と高校が同じでさ、ココの学生じゃねぇよ」
「そうなんですね。バイク、格好良いですね、あ…エイト先輩もすごく格好良いです!」
「だろー?」
そう軽く言葉を交わし終えると、影斗はポカンとした面持ちで彼と後方の蒼矢を交互に見比べ始めた。
「…なんかお前ら、きょうだいみたいだな」
「え…!?」
「そうですか? 光栄です」
戸惑い顔を紅潮させる蒼矢だったが、鱗は恥ずかしげに肩をすくめながらもますます目を細め、嬉しそうに返した。
「そっすね。実際全然アリです。系統少し違うけどどっちも美人だし」
「…怒るぞ」
影斗の感想に相槌を打つ友人たちを軽く睨むと、蒼矢は鱗へ声をかける。
「じゃあ立羽、俺はここで」
鱗を越し、影斗へ歩み寄っていく蒼矢はヘルメットを受け取ると、慣れた所作でタンデムに腰かける。
「また明日な、髙城」
「エイト先輩、送りお疲れ様ですっ」
影斗は見送る3人へ軽く手を挙げながら、颯爽と大学敷地内から走り去っていった。
その場に残された面々も、それぞれ帰路につき始める。
「――立羽、俺たちも帰るから」
「一緒に来るかー?」
川崎と沖本が鱗へ一応声をかけると、鱗はぼんやりと2人へ視線をやった後思い出したように笑顔を作り、目を細めてみせる。
「――いえ、ひとりで帰ります」
「そっか。じゃあまた来週の合同研究でな」
「はい」
2人は鱗の返答を受けて、彼が後ろから見送る中、正門を抜けて駅へ向かう。
そして鱗の耳に届かなくなった頃合いで、小さく口を開いた。
「…髙城狙いなのかと思ってたけど、切り替え早かったな。…これってもしかして、三角関係始まった?」
「エイト先輩を巡って? いやー、俺はそうは思わんね。お前はあの人を過小評価し過ぎ」
「じゃあどういうビジョンだよ」
「エイト先輩が、どっちも喰う。俺はベッドの上まで想像した」
「…あながちありえない話じゃなさそうなのが、かえって生々しいんだけど」



2年生2人の姿が見えなくなると、ひとり取り残された鱗は、スマホを手に電話をかけ始めた。
「あ、僕。やっぱり迎えに来て」
少し甲高く、可愛らしい少年のような声は相変わらずで、しかしその表情は急激に温度を下げ、長い睫毛の被さる漆黒の眼は無感動に一点を見つめ、真っ赤な唇から抑揚の無い冷えきったトーンが紡ぎ出されていた。
「うん。正門にいるから、3分以内に車で来て。…シート、綺麗にしといてね。僕、汚いの無理だから」
しおりを挟む

処理中です...