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本編

第6話_変遷していく想い-2

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花房ハナブサ家の墓は家から歩いていける距離にあり、レツは道すがらにある個人経営の万屋へ寄り、いつも通り花束を一対買っていく。

ほどなくして霊園に着く。
いつ来てもぽつぽつと人が見えるくらいで、気兼ねなくのんびりとお参りできる霊園だが、今日は輪をかけて中途半端な時間に訪れたためか見渡せる範囲には烈以外に管理舎の受付しか人がいなかった。
敷地内も無人と思われたが、手桶に水を溜め奥へ進んでいくと、花房家の墓前にしゃがむ人影を捉えた。
「…!」
思わず手前で足が止まり、手桶の中の柄杓が傾く音に、墓前の人物が振り返る。
「! 烈…」
振り返った先にいた烈を驚いた風に見上げた蒼矢ソウヤは、少し頬を染め、気まずげに視線を外した。
すぐに立ち上がり、その場を離れようとする彼を、烈は少し声量を上げて呼び止めた。
「行くなよ。…すぐ済ませるから、待っててくれ」
「……」
蒼矢が後方から見守る中、烈は水鉢の脇に開封したビールを置き、線香に火をつけ始める。
「覚えててくれたんだな、今日が月命日だって」
「…この間おばさんに会いに行った時に、おじさんの話になって…丁度時間あったし、来てみようって気になったんだ」
聞き慣れた少しハイトーンな彼の声を耳に、手桶に入れた花束を手に取る。
「!」
「…あ」
花立は既に蒼矢が先に生けた花で埋まっていて、2人は同時にリアクションを取ってしまう。
「…ねじ込みゃなんとか入るだろ」
蒼矢も手伝ってやや粗雑に2人分の花を押し込み、墓石が半分隠れるくらいに広がった花束のさまに、思わず双方見合わせて噴き出した。
「豪華になったなぁ、チンケな墓には勿体ねぇよ」
「そんなことないだろ。…きっとおじさん喜んでるよ」
手を合わせ、一通り終えた烈は立ち上がり、蒼矢へと振り向く。
「…ありがとな、来てくれて」
満たされたような表情で笑いかける烈に、やや遠慮がちに振る舞っていた蒼矢も薄く笑みを返した。
「俺も、おじさんには本当にお世話になってた。…それこそ小学生くらいまでは、おじさんとおばさんのことを親代わりみたいに思ってたんだ」
蒼矢の家の事情をよく知る烈は、黙って頷く。

長時間業務かつ遠方出張が多い父親と、海外を拠点に働く母親の間に産まれた蒼矢は、家にいるほとんどの時間を1人で過ごし、幼い頃からなかばひとり暮らしのような毎日を送っていた。
彼と幼馴染である烈は、なるべく蒼矢が1人になる時間を減らそうと考え、放課後度々誘っては日が暮れるまで遊んだり、時には勉強を教わったりして一緒に過ごした。烈の両親も、彼が蒼矢を連れてくると喜んで歓迎してくれた。
母・珠代タマヨは、顔を合わせる度に息子に比べ線の細い蒼矢を案じ、好物を食べきれないほど用意してくれた。
烈の父も、豪快に笑いながら大きな手で頭を撫でてくれたり、2人を遠方の公園や子ども向けのテーマパークへ配達用の軽トラで連れて行ってくれたりと、実の息子のように可愛がってくれた。
よく4人で一緒に夕食を囲い、たわいのない話で団らんした。

しかしある年の春先、そんなごく普通の暮らしを送っていた花房家に転機が訪れた。
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