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本編

第6話_変遷していく想い-3

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「…少しは落ち着いたのか?」
ぽつりと漏れた問いかけに、レツは視線をやる。
「1年半経ったな」
それ以上は語らず、蒼矢ソウヤは静かな眼差しを送っていた。
彼の意図はすぐに理解でき、ひとつ息をつくと足元へ目を落とす。
「……」
烈の頭の中で少しずつ、蒼矢と過ごしたあの晩が思い出されてきていた。



去年の春前。学年末試験を終え、進路も工業系の専門学校に決まり、もう少しで高校卒業という時期だった。
交通事故で、何も用意がないまま突然いなくなってしまった。
ひと一人亡くなるということが、残された者にとってこんなに心身共に大変なこととは思いもしなかった。
父が亡くなった日から、烈と烈母を取り巻く状況は様変わりした。今までの日常からかけ離れた生活が、少なくとも数ヶ月は続いていたように思う。そしてそれら一つひとつをおぼろげにしか思い出せなくなるほど、次々に起こる新たな変化が、記憶を上からどんどん塗りつぶしていった。
その激流に流されていくような日々の中で、烈は整備士になる夢を諦め、母親の反対を押し切って家業を継いだのだった。

正直烈は、父の通夜で自分がどうあったか、ほとんど思い出せない。
涙が枯れるほど泣いた記憶くらいしか無い。
そんな中、通夜当日――みずからも両親がいない中での大学入学準備で忙しいだろうに、蒼矢は二つ返事で葬儀を手伝ってくれた。
父の死を受け入れることができず号泣した自分に、一晩中寄り添ってくれた。



「……そうだな。家はまだゴタついてるけど…俺自身はだいぶ落ち着いた。ってか、受け入れられてる、と思う」
「…良かった」
そう途切れとぎれに答える烈へ、蒼矢は小声で呟き、目元を緩ませた。
その彼の柔らかな面差しに、烈ははっとしたように目を見開く。
「…!」
あの日以来、蒼矢が父の死に触れてきたことは一度も無かった。
しかし今、墓前に2人並んで立って、ようやく初めて口にした。
彼にとっても烈の父親が亡くなったことは、少なからずショックだったはずだ。でも、今この場に立ってもそれを表出すことは無い。泣いてすがる自分を黙って受け止め、そしてこれ以上泣かないよう己の中に押しとどめてそのまま忙殺されていったさまを、一番近くから見守り続けていたのだ。
物静かで口数少ないこの幼馴染の自分への思いが、今になって水差しから注がれるように流れて届く。
溢れそうな感情に、胸が詰まりそうになる。

数か月前の夏に伊豆へ行った時、蒼矢に対する感情が幼い頃のそれからは違ってきていると気付いた。
自分の視界に映る彼がいつからか色と艶を帯び、幼馴染で親友という透明で無垢な感情では見れなくなっていた。
そう自覚した時から、彼に対する態度は不自然になっていった。
一番の友人でいたいだけなのに、大切に思っていたいだけなのに、自分の中で変容した思いがどうしても先走ってしまう。
認めたくないわけではない。でも、思い望むまま進んでいったら、お互いにとって危うい将来さきに行きつくのではないか。
そんな風に思い悩む思考が、みずからの言動を歪なものに変えていった。

そんな折に数日前、にわかに影斗から問いかけがあった。

 ―性的に惹かれるとか、自分のものにしてぇとか、そういう風に感じた奴はいねぇのか?―

一瞬思考が真っ白になって、その時は即答できなかった。蒼矢に対して・・・・・・今まで己の中で不透明だった、手余していた感情を表す答えを導かれたような気がした。
影斗の意図は知れないけど…おそらく彼は、こちらの内情に気付いている。
そしてそれが、こちらの口から語られることを待っている。

ならば、ならばこそ。
俺はもう少し、ちゃんと考えるべきだ。

…蒼矢が大事だ。きっと、誰よりも。
大事だから…俺は、蒼矢をどうしたいんだろう。

ただ見守りたいのか

傍にいて欲しいのか、自分が彼の傍にいたいのか

ずっと傍に置いておきたいのか

…自分のものにしたいのか。



お参りを済ませた2人は、並んで霊園の中を歩く。
蒼矢を表に待たせ、烈は手桶と柄杓を返却しに管理舎へ消える。
ほどなくして戻ってきた彼に、今までしばらく黙っていた蒼矢が、少しぎこちない表情で口を開いた。
「…烈、あのさ」
「ん?」
「俺、昨日――」
そこまで口にしたきり、言い止まって足元へ視線を落とす。
「…」
「…? どうした?」
烈は少し眉をひそめ、うつむく彼を覗き込むように首を傾げる。が、髪に隠れて表情がうかがえないまま、首は横に振られた。
「――悪い、なんでもない」
「…何かあったんか?」
「いや、大丈夫」
「…」
その仕草が気になり、聞きだそうとしたがそうはっきりと返され、烈は引っかかりつつも、それ以上は控えることにする。
沈黙が降り、頭に手を回しかけた烈はふと思い立つ。
「…そうだ、これからうち来いよ。晩飯カレーなんだ」
「!」
うつむいていた蒼矢の顔が弾かれるように起きる。面持ちに浮かぶ内の嬉しさが、頬をほんのりと染めていた。
「来るだろ?」
「…うん」
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