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本編

第8話_靄に隠れた脅威-4

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ソファに寝かされ、リビングの明かりの下で改めて確認できた蒼矢ソウヤは、少し冷や汗をにじませて顔は青白く疲弊し、学校から無理やり帰宅して相当な時間我慢していたことがうかがえた。
怪我については現状処置のしようがないため、ひとまず痛み止めを飲ませた。
「折れてねぇんだろうな?」
「…多分、動けてますので…大丈夫だと思います」
「で? …悪いけど、洗いざらい話してもらうからな」
そう言い、依然厳しい視線を投げながら斜め向かいのソファへ腰かけた影斗エイトへ、蒼矢は手元へ目を落としながら口を開く。
「…大学で、ひとに会いに行く途中で…後ろから急にどこかの研究室へ引き込まれました」
「目撃者と、相手の特徴は?」
「多分、誰にも見られてないと思います。相手は2人か3人で、学内の関係者なのか、よくわかりません。…近しい人間ではないと思います」
「なんだか曖昧だな」
「……目隠しを…されたので」
「…!」
その一言に、影斗の目が剥かれる。彼の異変を感じ取り、決して軽くはない怪我を目の当たりにしてから、単純な暴行なのか…よもや"別の事由"ではないことを祈っていたが、その恐れていた方だと察せてしまい、拳を固く握り込んだ。
そして、蒼矢の告白は更に続く。
「…多分、[異界]が関係してると思います」
「…は?」
「臭いがしたんです。この間の羽虫の[異形]の時と、同じ臭いが」
「…」
「あと…手足に痺れもありました。臭いを嗅いだせいだと思います。この間の[異形]との一戦でも、それはわずかに感じてました」
「!? お前…」
手元を見たまま続けていた蒼矢は、少し声を荒げながら眉を吊り上げる影斗へちらりと視線をやり、またすぐに下へそらす。
「…一昨日も、ちょっとトラブルがあったんですが、その時も臭いを感じました。…微かで、すぐにわからなくなりましたけど」
「いやちょっと待てよ…! なんでその報告がひとつもねぇの!?」
「…すみません」
一連の[異界のもの]絡みの事案の数々を聞いて、腰が抜けそうなほど驚いてるのに、"すみません"の一言だけを返す彼に、影斗はもはや怒りも通り越してしまい、深くため息を吐き出しながら頭を垂れた。
一時沈黙が続いた後、影斗は疲れた表情を晒しながらゆっくりと顔をあげる。
「…わかった、とりあえずわかったってことにしとく。で、お前はそれらが単独だったから、ひとまず転送は避けたっつーわけね?」
「! いえ…違います」
影斗の問いを受け、蒼矢は今度ははっきりと否定を返す。目が合った彼はどこか後ろめたそうだった面持ちをしまい、真剣な眼差しを向けていた。
「変身できなかったんです。『起動装置』が反応しなかった」
「…よくわからねぇな。鉱石が光らねぇんじゃ、それは[異界]絡みじゃねぇだろ」
「でも、確実に[異界]性のものなんです。…影斗先輩もそれは体感したはずです」
「……そうだな」
影斗はしばし黙り、蒼矢が体験した矛盾の答えを導きだそうとする。しかし既に内で色んな感情渦巻く彼は、すぐに頭を横に振った。
「…今はちょっとじっくり考えられねぇ。お前はどう思ってんだ?」
「色々可能性はあると思います。臭いが原因で痺れを起こしたのなら、人の脳に作用する効果もあるかもしれません。…思考を誘導したり、興奮状態にさせたり」
「なるほどな」
「あと…途中、明らかに空気が変わった時間がありました。体の震えもありました。『起動装置』の反応は確認できませんでしたが、おそらくそこは、[異界のもの]がごく近くにいたと思います。あとの時間は、無作為にひとを選んで遠隔で操っていたのかも…」
「……」
実体験者の考察を聞き、影斗は再び沈黙する。そんな彼の様子を見、蒼矢は軽く息をついた。
「全部想像なんですけど。…お役に立てなくてすみません」
「いや」
そう返すと、影斗は蒼矢へ視線を投げた。
「もう一度確認するが、今日接触してきた奴らに本当に心当たりはねぇんだな?」
「…ありません」
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