上 下
36 / 51
本編

第8話_靄に隠れた脅威-6

しおりを挟む
髙城タカシロ家をあとにした影斗エイトは、くすのき神社へと足を運び、葉月ハヅキへ事の次第を簡潔に伝えた上で蒼矢への注意を依頼し、次に花房はなぶさ酒店へ向かう。
丁度配達中で、もうすぐ戻るとレツ母・珠代タマヨから聞くと少し上がらせてもらい、歓談しながら烈を待つ。
「悪い影斗、待たせた」
「おう」
烈が戻ると、影斗は珠代の了解を得て店を出、場所を移す。
「――なんだよ、別に『セイバー』関係でも大丈夫だぞ? 母ちゃん事情知ってるし」
「お前ん家は特殊過ぎ。息子が変身ヒーローって知ってて、よく平然といられるもんだぜ…いやそれは今は置いとくとして。…まぁ内容が繊細なんで」
蒼矢ソウヤのことか?」
ライトな話題から切り出した影斗だったが、間を置かずに入れてきた烈のその返しに、少し目を見開いて彼を見る。
「あぁ。…」
目が合った烈は、口を真一文字に閉じ、真っ直ぐな眼差しを向けていた。
一瞥程度であればなんて事のない普段通りの顔つきに思えたが、こちらを見据えてくる一重の瞳には、明らかに内に秘めた強い意志が宿っていた。
数日前とは一線を画したその面差しに、影斗も彼へ合わせるように空気を変え、鋭さを込めた眼で見返した。
「さっき大学で、[侵略者]に襲われたらしい」
「…は…!?」
「落ち着け、転送するようなことにはなってねぇから」
「っ…無事なのか!? 怪我は…」
「流血沙汰にはなってねぇけど、…腹に打撲だ」
「…!!」
「待てまて、ことはもう済んでる。今は家だ」
たて続けに思わぬ報告を受けて面様が急変し、瞬時に現地へ駆けだしていきそうになる彼を押しとどめるように、影斗は言葉を重ねる。
「痛み止めは飲ませたし、とにかく安静にしてろって言っといた。…葉月にも気にしてやるよう伝えてある」
「……」
言葉を失い、虚空を見たまま視線を震わせる烈を見、影斗はその視野に入り込むように顔を寄せた。
「安心は出来ねぇが…ひとまず大丈夫だ。いいか、もう一度言う。…落ち着けよ?」
「…あぁ」
「…家行ってみるか?」
「……いや、いい。もう少し冷静になったらにする」
「だな、そうしろ」
そして影斗は、彼をこれ以上刺激しない程度の内容であらましを伝えた。
烈は視線を外し、拳を震わせながら憤りを露にする。
「…あいつっ…なんで何も言わなかったんだ…、…!」
影斗と同じように蒼矢の対処への苛立ちを滲ませた彼だったが、ふと何かに気付き、頭を抱えながらその場にしゃがみこんだ。
「? おい、どした…」
「あった…言おうとしてる時があった! あん時だ…!!」
烈は、父親の墓参りへ行った日の、霊園を出る直前を思い出していた。
…あの時、蒼矢は俺に何か言おうとしてた…でも、やめたんだ…
なんとなく彼が"あの場"で言えなかった理由も想像できたが、だからこそ烈は尚更、あの時の自分の不念を悔いていた。
…そんなこと気にしてる場合じゃねぇだろ、蒼矢…!!
「烈…もう過ぎたことだ、今悔やんでもどうにもならねぇ。起きろ、お前に頼みがある」
うずくまったまま沈黙するしっぽ髪を眺めながら、影斗はひとつ息をつき、肩に手を置く。
そしてゆらりと起き上がった烈へ、落ち着いたトーンで言い放った。
「蒼矢には、"次"があるまで自宅待機するように言ってある。とはいえ、あいつは四六時中ほぼ一人だし、既に[侵略者]に標的にされてのことなら安地アンチでもなんでもねぇ。…お前はいつでもすぐにあいつん家に行けるようにしとけ」
顔をあげ、その静かながらも熱のこもる視線を受け止めた烈の目は、瞬間見開かれ、少しずつ瞳に力が戻っていく。
そして、再び面差しが変わっていくそのさまを見、影斗は"ある確信"をもって、烈へ言葉を投げた。
「…蒼矢のことは、お前に託す。お前が、あいつを守れ」
「……!」
「[侵略者]に指一本も触れさせないようにしろ。これ以上クソ共の好きにさせんな」
「…わかった」
彼の、鋭さを越えた刺し貫くような視線を浴びながらも、烈は落ち着いた表情で見返すことができていた。
「…少し前・・・のお前には、こんなこと頼んでねぇからな。俺の…"お前という立場の奴"を認めた俺の期待を裏切るなよ」
そのずしりと重い情念を帯びた言葉へ、烈は無言で、しっかりと頷き返した。
しおりを挟む

処理中です...