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◇第一章◇ 出会いは突然で最悪です
第十五話 「選んでほしいのだよ」
しおりを挟むじっと言葉を待つ私に、ジョシュアさんはあごに手をあてて口を開いた。
「ふむ、いいだろう。ただし、正式に決定するまで働くのは週に三日とする」
「え……?」
正式に決まるまでって……?
「採用はなし、ですか?」
見習いとかってこと?
「いいや、今すぐにでも正式決定したいぐらいだよ。しかしだね、レイモンドとの約束にも関わる」
「あ……」
朝そういえば、この二週間はレイモンドさんが私を見極める期間でもあるって……ジョシュアさんが言ってた……。
それなら、簡単には決められない、よね。
「……」
「それとだね。リオンは生きていくための術を知りたい、だから使用人になりたい。……違うかい?」
「はい……合っています」
頷くと、ジョシュアさんは苦笑をもらした。
「だったら、余計に認めるわけにはいかないね」
「なんで、ですか……?」
使用人になりたいって思う理由としては、不純だから?
問いかけると、ジョシュアさんは私の考えが読めるみたいに首を振った。
「ふさわしくない、とかそういった訳ではないよ」
「……?」
なら、どうして?
「君はこの国を、この王都を知らない。そうだね?」
「はい」
「知らぬまま働いたほうが、たしかに君はこの家に残る可能性が高いだろう。それは、私とアンジェにとっては利が大きい。しかし、ね」
ジョシュアさんは、優しそうに目を細めた。温かさを持った深緑の瞳と、目が合う。
「リオンには多くを知り、視野を広げてほしい。私はね、消去法でなくその上で、このマクフォート家に仕えることを選んでほしいのだよ」
「……」
他のことを知って、選ぶってこと? それって……。もし、選ばなかったら、余計に失礼になったりしないの?
「あら、いいじゃない? 私も、その方が嬉しいわ? だって、そうすればきっとずぅっと勤めてくれるでしょう?」
パチンと手を叩いて、アンジェさんは喜んでくれた。
私の迷いをわかってるみたい。
……ジョシュアさんとアンジェさんには敵わない。
「すみません」
「いいんだよ。むしろリオンは、よく考えている。生きるためには考えることは必要不可欠だ。考えるときを辞めた時が、最も恐れるときだよ」
静かに首をふるジョシュアさんが、そう苦言をこぼした。
商会をまとめている人だからかな。自然とジョシュアさんの話って聞きいっちゃう。そう思わせるような、何かをきっと持ってるんだよね。
色んな体験と、色んな人と出会ったのかな? だから私に、今みたいに苦く笑いかけてくるの?
その苦笑にはたぶん、ジョシュアさんのこれまでの苦労の表れだったのかもしれない。笑みの訳を深く聞く前に一瞬で消えてしまったから、わからないけど。
「……さて、ともあれ、働き始めるのは明後日からにするといい。今日は色々とあって疲れただろう?」
「色々……?」
え。なんでそんな、含みのある言い方してるの、ジョシュアさん?
……まさか!
「王都に来た翌日から裏通りに迷い込むとは……いやはや、私でも予想外だったよ」
「聞いた瞬間は、めまいを起こしてしまったわ。もう、リオンちゃんたら、あそこは本当に危ないところなのよ?」
え、え? 二人とも知って……。
ってことは、やっぱり……!
近くに給仕係として立ってたアンナさんと、バッチリ視線が合った。
真顔だけど目が笑ってます、アンナさん!
「というわけだ。明日はゆっくり休むといい。わかったね?」
「外に出ちゃ、駄目よ? あ、屋敷の庭でも探索したらどうかしら?」
「……はい」
二人には心配させたくなかったのにな。
でも、私の自業自得だから。これを教訓に裏通りにはもう二度と行かないようにしなきゃ。
場をとりなすように、ジョシュアは手を軽く叩いた。
「さて、夕飯は冷めてしまったかもしれないが……まぁ、気にすることはないだろう。食べようか」
「あ……ご、ごめんなさい」
話に夢中になってて、すっかり夕飯を忘れちゃってた。
私が「働きたい」って言い出したからだよね?
「ご安心を、旦那様! 話の途中で一度厨房に戻りまして、温めなおさせていただきました!」
「おや、悪いねアンナ」
満面の笑顔でアンナさんが、食事を運ぶためのワゴンを押してきた。
一番上の段には、金属製のドーム状のものが銀板の上に乗ってた。アンナさんは、その丸い半円形のふたのてっぺんについてる取っ手を、つかんで上げた。
そこには、まだ湯気が出そうなくらいあったかそうな料理があった。
アンナさん、すっごく気が利いてる!
先を予測した行動ができるなんて……使用人の人って、ここまでできなきゃいけないのかな?
……私、できるようになれる、かな? 自信、ないかも。
ちょっと気落ちした私は、目を伏せようとした。だけどその前に、アンナさんが私に向かって微笑んできた。
「いいえ、旦那様。あと、だからお気になさらないでくださいね、リオン様!」
「! ありがとう、ございます」
「はい!」
今日の一番の収穫は、アンナさんと仲良くなれたこと、かも。
彼女と顔を合わせて、私は胸がポカポカするのを感じた。
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