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◇第三章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼は私のことが嫌いみたいです
第六話 「俺達がこの国の食文化に風穴を空けてやるんだ!!」
しおりを挟む「クガ、ちょっとこっちに来い」
「! はい」
ヴェルツさんに呼ばれて、皿洗いをしていた手を止める。
振り向くと、厳《いか》つい顔で手招きを軽くしてる姿が見えた。
あの日私がお試しで夕食を作ってからは、私の仕事の配属は調理場が基本になった。急な来客とかで仕事量が増えたりしたときは、使用人もするみたいだけど。
簡単に言うと、料理長のヴェルツさんの補佐って立ち位置かな?
使用人だけじゃなくて、料理人も人がいないみたい。むしろ、料理長のヴェルツさんだけって現状だったみたい。屋敷全体が人手不足なのかも。
私が料理場に急に配属されたのは、何も人が足りないってことだけが理由じゃないみたい。
なんでも、アンジェさんやジョシュアさんの舌に合ったのが一番の理由なんだって。あとはなにより、ヴェルツさんの後押しが凄かったからみたい。そう、アンナさんからは聞いてる。
私が作った日本食をとっても気に入ったみたいで、「彼女を調理場に寄こせ」って執事長のセバスチャンさんに詰め寄ったんだって。
そこまで目をかけてもらったんだから、期待にこたえたいな。
……私が調理場に入り浸ることに関して、レイモンドさんからまた反対されるかなって思ったんだけど。
彼からそのことに関しては特に何も言われてない。
廊下とかで会うと、『嫌な物でも見た』って表情をされるけど。……あ、口でも「この屋敷から引き取る予定はいつでしょうか?」って言われる、かな。
でもそういうことを彼が言うと、どこからともなくセバスチャンが現れるんだよね。「坊ちゃんはまだまだ若造ですなぁ」なんて言って、レイモンドさんをからかい始める。
……セバスチャンさんは助け舟を出してくれてる、んだと思う。
でも気を遣ってもらわなくても、そのうちレイモンドさんに嫌味を言われないくらい、認められたいな。
――私が、この世界からいなくなる前に。
いずれ私は日本に帰るつもりだけど、それまでずっと険悪ってわけにもいかないし。
アンジェさんとジョシュアさんにもそのことで、心配とか苦労とかかけたくないよ。
レイモンドさんだって、今の私にピリピリしてるままだと疲れるだろうし、嫌な気分のままだよね。あくまでも私は居候させてもらってる身なんだから、本来の家主の一人の彼に家で不快感を持たせ続けるのは迷惑すぎるよ。
せっかく調理場につくことになったんだから、いずれレイモンドさんの好物を作ってみたいな。
それだけで懐柔《かいじゅう》できるような人だとはおもわないんだけど、まずはできることから、だよね。
胃袋をつかめばその分距離も縮まる、といいな。
「なにか他の仕事ですか?」
料理場は仕込み、調理、配膳、皿洗いのローテーションになってる。今私は、ヴェルツさんに言いつけられた皿洗いをこなしてたんだけど。
だけど、細々とした仕事内容は日によって変わる。
例えば、仕入れがあった日には、その荷物を食品庫に運ぶとか。新鮮な肉が入った時には一口試食してアドバイスをくれ、なんてことも言われた。
今回は一体何かな?
ヴェルツさんのもとへ行くと、彼の目の前にある調理台の上の見慣れない物が気になった。
ううん、見慣れてはいるかもしれないけど。大きさが明らかに異常かな。
「……卵、ですか?」
「ああ。チィロットの卵だ」
自信がなくて小声で聞いたのに、それに力強くヴェルツさんは頷《うなず》いた。……やっぱりこれって、卵であってるの?
見た目の形はまさしくそうなんだけど、一個の大きさが私の顔と同じくらい。
それと、日本の卵は白とか赤の一色だけど。ここにある卵は、単色じゃない。
殻は白地をベースに、こぶし大の緑色の水玉模様が浮かんでた。
……脳内で、「でっていう~」と陽気な鳴き声が聞こえた、ような。ううん、気のせいだよね!
「いつものとは違います、よね?」
普段はもうちょっと小柄《こがら》……日本での一般的サイズの卵を使ってる。たしか、朝告げ鳥の卵だったかな?
そっちのほうは卵の殻が真っ黄色ってことだけ変わってるけど、中身は鶏の卵と同じ。
「運がいい。今日市場に入ってきたばかりの新鮮な奴《やつ》だ」
愛おしそうになでてるけど、調理するんだよね? 今にも頬擦《ほおず》りしそうなくらい大事に触れてるけど、それほどの貴重な物なのかな?
「めずらしい物なんですか?」
「!? お前……っ!? この至高の宝玉の味を知らない、だと……!?」
「っ!? は、はい……」
び、びっくりした……! できれば、グルッと急に首を向けないでほしいな。その勢いのまま、フクロウみたいに真後ろまで回りそう。
「濃厚で奥深いのにも関わらずあとを引かない爽やかな風味をもたらす素晴らしい卵だぞ!?」
「……とても良い物なんですね」
前のめりになって卵の良さを力説されて、思わず後退《あとずさ》りした。
……この距離をつめ方は、また、かな?
「ああそうだ! なのにこの国の輩《やから》ときたら、焼くか煮るしかしないなんて理解できん芸が無さすぎるそれしかやり方を知らないのかかろうじて騎士団の士気を下げないために騎士舎の料理人を他国で技術を学ばせた奴にやらせているのはいいが国全体の技術を――」
うん。始まった。
初めて見たときは驚いたけど、ここに配属してからたまにこの状態のヴェルツさんを見かけるようになって慣れちゃった。
すごく近寄られるのは、いまだに困るけど。
鬼気迫る表情も、『そんなに料理を好きなんだねー』なんて、生暖かく見れる。
……だけど、このことをアンナさんに伝えたら困惑してたんだよね。
『急に新しい場所……しかも奇人アルヴェルトの……に行くことになったから、何か不安なこととかないかなって心配で聞いたけど、そんな必要全然なかったみたいで安心したよー』
なんて、最終的に笑顔を浮かべてたけど。
『もしかしてリオンって案外大物? 慣れるの、早すぎだよー。私は目撃して数ヵ月はドン引きしてたかな』
……いいえ、アンナさん。ただ単に、私の彼のあの状態の遭遇率が高いせいだと思います。
私にとっては普通の行動なのに、気づいたらヴェルツさんがそうなってるんだよね。
自然にポロッと呟いた独り言にも反応するから、何が彼の起爆剤になってるのかわからないまま。
……芸術家は独創的で価値観も個性的が多いって聞いたことがあるから、仕方ないって諦めるしかないよね。
ヴェルツさんは画家じゃなくて料理人だけど。ジャンル的には一緒じゃないかな。
「――つまり、俺達がこの国の食文化に風穴を空けてやるんだ!!」
「!?」
ボーッとしてたら、話の内容がすっごく壮大なことになってる!?
そして鼻息を荒くして語ってたヴェルツさんは、満足そう。名言を言ってやったって感じですけど……その、ごめんなさい。少しも聞いてませんでした。
深く掘り下げられたら聞いてなかったことがバレちゃうから、こっそり自然な流れで話題を元に戻しとこうっと。
「……ところでこの卵を産んだチィロットって、どんな生き物なんですか?」
「あ゛? あ、ああ、知らないのか。デカイ鳥だ」
「緑の恐竜とかじゃ……?」
「どこ情報だ、それ。嘘つかまされてるぞ」
「でっていう~」と鳴く緑の恐竜が、「あわわわわわ~」と物悲しい悲鳴を上げて脳内から没シュートされた。
……どうやら、違うみたい。
「俺と同じくらいの体長で、足癖とくちばし癖が悪い」
「!?」
え!? ヴェルツさんって間違いなく、身長170cmは余裕であるよね? なのに、それと同じくらいの大きさ?
しかも足癖とくちばし癖って、攻撃してくるってこと? それで凶暴なんて、モンスターの一種じゃないのかな?
「危険度が高い分、値がはるがうまい」
一体いくらなのか少し興味あるけど、きっと知らないでおいたほうが良いような気がするよ。
「こいつが市場に出回ると、上の方々はこぞって買い占めやがる。ッチ、ろくな調理もできないくせによ」
暗黒のオーラを漂《ただよ》わせながら舌打ちされると、到底カタギの人間には見えないよ。ヴェルツさんの持ち前の顔立ちと合わさって、ますます効果的かな。
また暴走して脱線されても困るから、すかさず相槌《あいづち》の手を打っとこうかな。
「それで、私にその卵を仕入れたことを教えるために呼んだんですか?」
「いや、違う」
え? 違うの?
まさか否定されるなんて思ってもいなくて戸惑う私に、ヴェルツさんは淡々と告げた。
「お前、これを使って新しいレシピを考えろ」
「……」
……え?
「!? 私が、ですか? それって、貴重な食材なんですよね?」
「そうだ。だからお前が使え」
意味がわからないですよ!?
普通新人にそんな大事なの使わせないんじゃないのかな。失敗する可能性を考えたら、任せようなんて考えないんじゃないの?
なんてことを悩んでグルグル考え込んでたら、ヴェルツさんが詰《つ》め寄ってきた。
……あの、だから毎回近くないですか? 熱意はわかるけど、もう少し離れてほしいな。圧迫感がすごくするんだよね。
「だからこそだ。お前の生み出すものは目新しい。俺にとって良い刺激になる」
しかめっ面なのに目を輝かせるなんて、ヴェルツさんってば器用すぎるよ。まるで、プレゼントを期待する子どもみたい。
……そこまで期待されたら、断れない、よね。
「……わかりました。デザートとかでもいいですか?」
「! ああ、やれ!」
その顔でやれは勘弁してほしいな。ドスのきいた声だったから、ビクッとしちゃったから。
「ところで、この卵どうやって割るんですか?」
普通のと違って、机の角になんてぶつけてもヒビなんて入らなそうなのに。
両手で振りかぶって叩きつけても、力加減を間違えてグシャッといきそうで怖い。
「ああ、これは……こうする」
え?
わずかな微風がしたかと思ったら、鈍《にぶ》い音がしたけど。一体、なに?
「……これでいい」
「なにがですか? ……っえ?」
満足そうに頷《うなず》いたヴェルツさんの片手には、大振りのハンマーが握られてた。いつの間にそれ、取り出したのかな?
あと、『これでいい』って?
ヴェルツさんの見つめる先には卵があるけど、べつに変わったところなんて……。
「?」
あれ? どうして卵に亀裂《きれつ》があるのかな……?
さっきまでなかった、はず。
「!?」
もしかして、ヴェルツさんが今持ってるハンマーでやったの?
私が瞬きをした、ほんの一瞬で? 全然そんな素振り見えなかったよ!?
「……ん。できたぞ」
そして、卵をアッサリ普通のと同じように割ってる!?
着々と私が調理するための準備を進めてるけど、全然状況がのみ込めてないよ!?
「あ、あの……」
「なんだ。他には何が必要だ。言え」
ヴェルツさんは平静にそんなことを聞いてくるけど。
……え? これって、こっちの世界の料理人にとって普通のことなの、かな?
「……砂糖とエルタックミルクをください」
「わかった」
……気にしないでおこう。聞いたらヴェルツさんにきょとんとされそうだから。
とりあえず、言いかけたのを誤魔化《ごまか》すために、ヴェルツさんに砂糖と牛乳の準備をお願いしとこう。
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