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◇第三章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼は私のことが嫌いみたいです
第七話 「つまみ食いはいい加減やめたらどうだ」
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「エルタックミルクと砂糖だ」
「ありがとうございます」
俊敏《しゅんびん》な動きで用意してもらった牛乳と砂糖を受け取る。……そういえば、結果的に料理長のヴェルツさんをあごで使っちゃった。だけど、本人は特に言ってきてないから、いいかな?
「この二つしか使わないのか?」
「はい。あとは茶こしか清潔な布、熱に耐えられる深めの小皿かカップがあればいいです」
「わかった。そっちも用意しておく。お前は先に進めとけ」
「ありがとうございます」
必要になる物を伝えとく。どれがマクファーソン家の人達に迷惑がかからない食器なのかとかは、まだ調理場に慣れてなくてあまりわからないし、ここは素直にお願いしよう。
ヴェルツさんが割っておいた卵をほぐして、溶き卵にする。大き目の卵なせいで、白身の部分も多くなるから白身も細かくなるようにしっかりと。
十分に解けたら、次は砂糖をニ回に分けて投入。一気に入れちゃうと、混ぜにくいし塊《かたまり》になっちゃう。
あ、全部を入れると、あとで使う分がなくなるから、気を付けておかないと。大さじ2杯くらいの量を残しておいてっと。
ある程度砂糖と卵が混ざったら、次は牛乳を入れる。液体同士だからササッと混ざる。
「布と皿を用意したぞ」
「ありがとうございます」
ちょうどいいタイミングで声をかけられた。もしかして、観察してたのかな? ……気配を消して近づいてくるのは、セバスチャンさんもできるからここでは普通のことだって思おう。深くは考えないよ。
受け取った皿に布をかぶせて、さっき混ぜた液体をそっと注ぐ。一気に入れちゃうと、白身の塊のせいで器からあふれちゃうから、ここは慎重《しんちょう》に。
「何をしているんだ?」
「え? スープとかでこしたりしませんか? それと一緒で、こうすると口当たりがいいんです」
「……知らんな」
こぼさないよう気を付けてるから、ヴェルツさんがどんな表情をしてるのかはわからないけど、声のトーンから純粋に驚いてるみたい。
……この国では、こす作業ってしないのかな?
器の数は全部で6個。それぞれに八分目くらいまで注ぎこんだら、ちょうどピッタリ使い切った。
次に、深めの平鍋を用意。そこに水を低めに入れて、さっき準備した器を並べる。
水の量は、器の高さの半分くらいがベスト。それ以上だと、せっかく作った器の中身に、水が入っちゃうことがあるんだよね。
あとは鍋にふたをして、弱火で15分くらい蒸すだけ。この世界ではキッチンタイマーとかってないみたいだから、体感でなんとかしなきゃ。
「これで完成か?」
「いえ、あとはソースを作ります」
まずはやかんに水を入れて、火にかける。あとで熱湯が必要になるから、忘れないように下準備。
次にフライパンを用意して、残しておいた砂糖と少しの水を入れる。軽くかき混ぜて、そのまま火にかけた。
うーん、ちょっと急いだほうがいいから、強火でもいいかな。
しばらくすれば、すぐにブクブクと気泡が砂糖水に浮かんでくる。それを木べらでたまーに混ぜる。
ずっと放置しちゃうと、あっという間に焦げちゃうから注意しないと。
根気よく待ってると、サラサラだった砂糖水に粘り気ができて水あめの完成。でも、今回欲しいのはこれじゃないから、さらに煮詰める。
あまーい匂いがフワッとしてくると、ウキウキするよ。お菓子作りの甘い匂いって、どうしてこんなに心が浮き立つのかな?
ふつふつ煮てるとそのうち透明だった液体が、綺麗な褐色に色付いてく。うんうん、良い色。
やかんの湯も湧いたし、頃合いかな?
「ヴェルツさん、少し下がっておいた方がいいです。怪我しますから」
「は? ……わかった」
不思議そうにしながら、ヴェルツさんは素直に数歩だけ下がってくれた。
うん、危ないから渋らないでくれてよかった。ヴェルツさんのことだから、もっと間近で観察したいから断りそうだって思ったんだけど。
料理のことでは見境《みさかい》はないけど、ある程度の分別はつく人……なのかな?
フライパンを火からおろして、そこにすぐに少しの熱湯を入れる。
気を付けておかないと腕に飛び跳ねてやけどするから、念のために熱湯を入れた瞬間に離れた。
ジュワッと立つ大きな音と、視界が遮られるくらいの湯気。それらが一気にフライパンから起こったら。
最近はやけどもしなくなったけど、やっぱりいまだに湯を入れるときは緊張するな。
音が少し収まってからフライパンに近づいて、木べらで混ぜれば。
キレイなダークブラウンのとろみのあるソースの完成。
さっきまで鍋で蒸してた物達を確認。……うん、もう固まってるかな?
鍋から熱くなってる器を、手を滑らせて割らないように調理台に一つ一つ運ぶ。
6個中の2個は、すが立っちゃったな。プツプツ細かい穴が表面には開いてて、このままだと、見た目があまりよくないけど。
ここで役立つのが。さっき作ったソース。通称、カラメルソース!
このソースって色が濃いから、気泡のあとがある表面にソースをかけちゃえば、全く隠れて見えなくなっちゃう。とっても便利。
そもそも苦味があるのも、全体の味を引き締めていいんだよね。
6個の容器に一つ残らずカラメルソースをかけきって、完成。
「これはなんだ?」
「プリンって呼ばれる卵の菓子です。やわらかいので、せひスプーンで召し上がってください」
「な……!? 甘味《かんみ》、だと!? 甘味をあんなに簡単に作れるものなのか!」
「私は卵が余ったときにたまにしてましたよ?」
「!? 家庭的に、この高度な技術が使われた料理が……!?」
なんだか、激しく誤解されてるような。私が作ったのなんて、混ぜて蒸しただけなのに。
どうしてヴェルツさんてば、信じがたいものを見るような目でプリンを見つめてるんだろう。そんな器をのぞきこんでも、カラメルソース以外何もないと思うのに。
私の手のひらにピッタリ収まるくらいの器は、険《けわ》しい顔をしたヴェルツさんの手に隠れて見えない。……同じはずなのに、どうしてこんなにも違う物みたいに見えちゃうのかな。
彼の片方の手には、スプーンがしっかりと握りこまれてる。
スプーンがカラメルソースの表面を崩《くず》され、黄色のプリンがのぞく。
「やわらかい……だと……!?」
「……プリンですから」
いちいち反応が大げさなような。これで味がいまいちだったりしたら、期待を裏切ってしまいそう。
……なんだか、緊張してきたよ。
スプーンの上でフルフルと儚《はかな》げに震えるそれを、そっと口に運ぶ様子を見届ける。
「!!」
ええ!? 目をカッと開いたかと思ったら、ものすごい勢いで食べ始めた!?
鬼気迫《ききせま》る表情でプリンを食べる人なんて、私初めて見たよ。ヴェルツさん、昼のまかないを私の数倍は食べてたと思うんだけどな。あれじゃ足りなかったとか?
ガツガツとした音と咀嚼《そしゃく》音が交互にしたかと思ったら、あっという間にヴェルツさんが持っていた器が空になった。
呆《ほう》けた様子で虚空を見つめて黙られても。感想を教えてもらわないと安心できないよ。期待に応《こた》えることはできたのかな?
「どう、でしたか?」
「…………うまかった。なんだこれは」
さっきまでの興奮が落ち着いたみたい。料理が絡《から》まない時は淡々としてるから、これなら普通に話ができるかな?
「目玉焼きってこの国ではありますか?」
「ああ。それなら、朝食の鉄板だな」
「そうですか。あれって熱したフライパンの上に卵を落とすと固まりますよね? それと同じしくみです」
「……なるほど。だから固まるのか。砂糖と水を混ぜて煮た奴はなんだ。苦みがあって、これが黄色いのによく合う」
「これはカラメルソースです。焦がす手前のソース……でしょうか」
「焦がしきると苦みと煙《けむ》さが出るが、これなら問題ないな」
ふむふむと頷《うなず》きながら、あごに手をあてて考え込んでる。
「ほうほう、これは実に……おいしゅうございますなぁ。口の中でほどけて、物を噛《か》むのが疲れやすい私《わたくし》めでも難なく食せます」
「え?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ったらそこには、頬を緩めてプリンをほおばるセバスチャンさんの姿があった。
……いつの間に来たのかな。ちゃっかりプリン食べてるけど。
「クガ様、素晴らしい料理の腕をお持ちで。この『プリン』とやら、非常に美味でございます」
「あ、ありがとうございます」
「……つまみ食いはいい加減やめたらどうだ。セバスチャン」
「ほっほっほ、老体のささやかな楽しみでございます。目をつむっておいてほしいものですな」
朗《ほが》らかに笑うセバスチャンさんに、ヴェルツさんはあきれた眼差しを向ける。
セバスチャンさんが調理場に来たのを初めて見たけど、二人のやり取りからして、もしかしてつまみ食い常習犯なのかな?
「ここにいましたか、セバス」
「! レイモンド、さん」
モノクルを押し上げて現れたレイモンドさんの目つきが、普段より鋭いような。もしかして、不機嫌なのかな。
「年甲斐《としがい》もなく作りかけをつまむのはやめろと何度言えばいいのですかね?」
「おや、坊ちゃま。奇遇《きぐう》ですな」
「……お前を探しに、ここまでわざわざ足を運んだのですが」
「もちろん、承知しておりますとも」
「…………」
いけしゃあしゃあと言い返すセバスチャンさんに、レイモンドさんは深いため息を吐き出した。
眉間にできてるしわを指先でもみほぐしてるけど、効果はないみたい。楽しそうに微笑んでるセバスチャンさんを、睨《にら》んだ。
「それよりも坊ちゃま、私めは新たな美食と巡《めぐ》り合えて感動に打ち震えております。ですので、非常に心苦しいのですが、御用があるのでしたらまた後程承ります故に、今はご配慮いただけますかな?」
「それが使用人の発言ですか。追及するならば、感動に打ち震えてる様子が微塵《みじん》も感じ取れませんが?」
「なんと! 坊ちゃまは私めの頬《ほお》を伝う滂沱《ぼうだ》が見えませんか!」
「ええ、ちっとも。いたって真顔ですが」
驚いた表情をしてるけど、すっごくわざとらしいよ、セバスチャンさん。案の定レイモンドさんは冷たい表情を浮かべて、眉をつり上げてる。
怒りを募《つの》らせてるみたいで、レイモンドさんの頬が引きつり始めてる。
……心なしか、冷たい空気がレイモンドさんから漂《ただよ》ってきてるような。魔法とか使ってないよね?
「おやおや、坊ちゃま。もしやご気分があまり優《すぐ》れぬ様子ですかな」
「……ええ、一人の愚鈍な執事長の影響でしょうね」
「おやまぁ、なんと。ひどい者もいるものですな」
「ええそうですね。話をしている最中もその者は食事を続けるほどの豪胆でもありますから」
睨《にら》んでくるレイモンドさんの視線も何のその、セバスチャンさんはニコニコ笑いながら少しずつプリンを食してる。
意地でも手放さないで間食する気満々なのが見てとれる。
そんなに気に入ってくれたのは嬉しいけど、今はとりあえず一端そのプリンを机に置いて、レイモンドさんの話しを聞いたほうがいいと思います。
「いやはや、それほどまでに魅力的な一品でして。私めを惹《ひ》きつけて放そうとしないのです」
「自制心を持ちなさい」
「とろける味わいに魅了《みりょう》されて、私めはやめられない、とまらないのでございます。ああ、抗《あがら》えぬ非力な私めをお許しください、坊ちゃま」
「…………」
ひょいひょい口にスプーンを運ぶ、セバスチャンさんの手を見つめるレイモンドさんの目つきが鋭《するど》いよ。口の端を下に向けて、また深ーいため息を吐いてる。
そして、それをただ眺める私とヴェルツさん。……シュールすぎる図だよね。うーん、ここって本来私達の主な仕事場なのに、立つ瀬がないよ。
「レイモンド様」
「ああ、申し訳ありません。アルヴェルト。すぐにこの愚か者を撤収《てっしゅう》しますので」
「それより、レイモンド様も召《め》し上がりになられますか」
さらっとレイモンドさんの発言を『それ』呼ばわりした!? 怒られたりしないのかな?
レイモンドさんは軽く眉を寄せただけで、注意するようなことはしないけど……。もしかして、ヴェルツさんの行動に慣れて言う気になれない、とか?
そして私に対しては何も言わないで無視なんですね。うん、わかってた。
ヴェルツさんは、平然としてプリンをレイモンドさんに差し出してるし。マイペースすぎませんか?
「……これは? 新しい試作品ですか」
「はい。今執事長が食べているのと同一の物です」
「甘味、でしたか」
素直にヴェルツさんからプリンを受け取って、さらにスプーンをさっそく構え始めてる。
……え? もしかして、レイモンドさんも食べるの?
「!? ちょ、ちょっと待っ――」
心の準備ができてないのに、レイモンドさんはもうすでにプリンを食べてる!?
え、ええ!?
私の動揺をよそに、レイモンドさんの喉ぼとけが動いて飲み込んだのが見えた。
「……なるほど」
なにが? なにがなるほどなんですか!?
レイモンドさんの眉間のしわが余計に深くなってるけど、どうして!? おいしくなかったの!?
どうしてカラメルソースを穴が開きそうなほど睨《にら》んでるんですか? プリンに何か恨《うら》みでもあるんですか!?
頷《うなず》くレイモンドさんの表情は、全然お菓子を食べた時のものじゃない。漢方とか、苦い物を無理矢理押し込めたみたいな感じがするよ。
「セバスが関心を強くしめす要因もわかりました。これは非常に目新《めあたら》しい」
「え?」
褒めて、る?
すっごく、怖い顔をしてるのに?
レイモンドさんの感想を聞いて、ヴェルツさんは満足そうに首を縦に振ってる。
「ですね。俺も初めて食べて驚きました」
「は? これはアルヴェルトの手による物では」
「いえ、こいつです」
ヴェルツさんに親指でしめされて、レイモンドさんの視線が私に向かう。
「……は?」
目が合ったレイモンドさんは、かつてないくらい苦い顔をした。
その気迫《きはく》に思わず肩を揺らしちゃったけど仕方ないよね。視線がつららみたいに冷たくて鋭《するど》いから。
「こんな奴《やつ》が?」
こんな奴って。ううん、レイモンドさんが私に不信感を強く持ってるとはわかってたけど!
もうちょっと言い方とかってあるんじゃないのかな!?
カチンとはきたけど噛《か》みついたりなんかできないから、目は背《そむ》けた。
「……そうですか。かと言え、これは私の口には合いませんが」
鼻を鳴らして一笑《いっしょう》する声が聞こえる。……うん、予想通りというかなんというか。
たしかに、レイモンドさんは一言もおいしいなんて言わなかったし、表情も気に入ったって様子じゃなかったよね。
でも、なんだろう。腑《ふ》に落ちないよ。
「作り手によって意見を一新するとは。いやはや幼稚《ようち》ですな、坊ちゃま」
「黙りなさい、セバス」
「おお、怖いですなぁ。年寄りには優しくするものではありませんか」
「……」
……なるほど。セバスチャンさんの言う通り、幼稚と言えばそうなのかも。
私が作ったって聞いたら意見をコロッと変えたんだから、素直に認めたくないってことの表れなのかな。
そっと顔を上げれば、レイモンドさんが渋い表情をしてるのが見えた。
……もしかして、レイモンドさんって子どもっぽいところもあるの、かな?
「ありがとうございます」
俊敏《しゅんびん》な動きで用意してもらった牛乳と砂糖を受け取る。……そういえば、結果的に料理長のヴェルツさんをあごで使っちゃった。だけど、本人は特に言ってきてないから、いいかな?
「この二つしか使わないのか?」
「はい。あとは茶こしか清潔な布、熱に耐えられる深めの小皿かカップがあればいいです」
「わかった。そっちも用意しておく。お前は先に進めとけ」
「ありがとうございます」
必要になる物を伝えとく。どれがマクファーソン家の人達に迷惑がかからない食器なのかとかは、まだ調理場に慣れてなくてあまりわからないし、ここは素直にお願いしよう。
ヴェルツさんが割っておいた卵をほぐして、溶き卵にする。大き目の卵なせいで、白身の部分も多くなるから白身も細かくなるようにしっかりと。
十分に解けたら、次は砂糖をニ回に分けて投入。一気に入れちゃうと、混ぜにくいし塊《かたまり》になっちゃう。
あ、全部を入れると、あとで使う分がなくなるから、気を付けておかないと。大さじ2杯くらいの量を残しておいてっと。
ある程度砂糖と卵が混ざったら、次は牛乳を入れる。液体同士だからササッと混ざる。
「布と皿を用意したぞ」
「ありがとうございます」
ちょうどいいタイミングで声をかけられた。もしかして、観察してたのかな? ……気配を消して近づいてくるのは、セバスチャンさんもできるからここでは普通のことだって思おう。深くは考えないよ。
受け取った皿に布をかぶせて、さっき混ぜた液体をそっと注ぐ。一気に入れちゃうと、白身の塊のせいで器からあふれちゃうから、ここは慎重《しんちょう》に。
「何をしているんだ?」
「え? スープとかでこしたりしませんか? それと一緒で、こうすると口当たりがいいんです」
「……知らんな」
こぼさないよう気を付けてるから、ヴェルツさんがどんな表情をしてるのかはわからないけど、声のトーンから純粋に驚いてるみたい。
……この国では、こす作業ってしないのかな?
器の数は全部で6個。それぞれに八分目くらいまで注ぎこんだら、ちょうどピッタリ使い切った。
次に、深めの平鍋を用意。そこに水を低めに入れて、さっき準備した器を並べる。
水の量は、器の高さの半分くらいがベスト。それ以上だと、せっかく作った器の中身に、水が入っちゃうことがあるんだよね。
あとは鍋にふたをして、弱火で15分くらい蒸すだけ。この世界ではキッチンタイマーとかってないみたいだから、体感でなんとかしなきゃ。
「これで完成か?」
「いえ、あとはソースを作ります」
まずはやかんに水を入れて、火にかける。あとで熱湯が必要になるから、忘れないように下準備。
次にフライパンを用意して、残しておいた砂糖と少しの水を入れる。軽くかき混ぜて、そのまま火にかけた。
うーん、ちょっと急いだほうがいいから、強火でもいいかな。
しばらくすれば、すぐにブクブクと気泡が砂糖水に浮かんでくる。それを木べらでたまーに混ぜる。
ずっと放置しちゃうと、あっという間に焦げちゃうから注意しないと。
根気よく待ってると、サラサラだった砂糖水に粘り気ができて水あめの完成。でも、今回欲しいのはこれじゃないから、さらに煮詰める。
あまーい匂いがフワッとしてくると、ウキウキするよ。お菓子作りの甘い匂いって、どうしてこんなに心が浮き立つのかな?
ふつふつ煮てるとそのうち透明だった液体が、綺麗な褐色に色付いてく。うんうん、良い色。
やかんの湯も湧いたし、頃合いかな?
「ヴェルツさん、少し下がっておいた方がいいです。怪我しますから」
「は? ……わかった」
不思議そうにしながら、ヴェルツさんは素直に数歩だけ下がってくれた。
うん、危ないから渋らないでくれてよかった。ヴェルツさんのことだから、もっと間近で観察したいから断りそうだって思ったんだけど。
料理のことでは見境《みさかい》はないけど、ある程度の分別はつく人……なのかな?
フライパンを火からおろして、そこにすぐに少しの熱湯を入れる。
気を付けておかないと腕に飛び跳ねてやけどするから、念のために熱湯を入れた瞬間に離れた。
ジュワッと立つ大きな音と、視界が遮られるくらいの湯気。それらが一気にフライパンから起こったら。
最近はやけどもしなくなったけど、やっぱりいまだに湯を入れるときは緊張するな。
音が少し収まってからフライパンに近づいて、木べらで混ぜれば。
キレイなダークブラウンのとろみのあるソースの完成。
さっきまで鍋で蒸してた物達を確認。……うん、もう固まってるかな?
鍋から熱くなってる器を、手を滑らせて割らないように調理台に一つ一つ運ぶ。
6個中の2個は、すが立っちゃったな。プツプツ細かい穴が表面には開いてて、このままだと、見た目があまりよくないけど。
ここで役立つのが。さっき作ったソース。通称、カラメルソース!
このソースって色が濃いから、気泡のあとがある表面にソースをかけちゃえば、全く隠れて見えなくなっちゃう。とっても便利。
そもそも苦味があるのも、全体の味を引き締めていいんだよね。
6個の容器に一つ残らずカラメルソースをかけきって、完成。
「これはなんだ?」
「プリンって呼ばれる卵の菓子です。やわらかいので、せひスプーンで召し上がってください」
「な……!? 甘味《かんみ》、だと!? 甘味をあんなに簡単に作れるものなのか!」
「私は卵が余ったときにたまにしてましたよ?」
「!? 家庭的に、この高度な技術が使われた料理が……!?」
なんだか、激しく誤解されてるような。私が作ったのなんて、混ぜて蒸しただけなのに。
どうしてヴェルツさんてば、信じがたいものを見るような目でプリンを見つめてるんだろう。そんな器をのぞきこんでも、カラメルソース以外何もないと思うのに。
私の手のひらにピッタリ収まるくらいの器は、険《けわ》しい顔をしたヴェルツさんの手に隠れて見えない。……同じはずなのに、どうしてこんなにも違う物みたいに見えちゃうのかな。
彼の片方の手には、スプーンがしっかりと握りこまれてる。
スプーンがカラメルソースの表面を崩《くず》され、黄色のプリンがのぞく。
「やわらかい……だと……!?」
「……プリンですから」
いちいち反応が大げさなような。これで味がいまいちだったりしたら、期待を裏切ってしまいそう。
……なんだか、緊張してきたよ。
スプーンの上でフルフルと儚《はかな》げに震えるそれを、そっと口に運ぶ様子を見届ける。
「!!」
ええ!? 目をカッと開いたかと思ったら、ものすごい勢いで食べ始めた!?
鬼気迫《ききせま》る表情でプリンを食べる人なんて、私初めて見たよ。ヴェルツさん、昼のまかないを私の数倍は食べてたと思うんだけどな。あれじゃ足りなかったとか?
ガツガツとした音と咀嚼《そしゃく》音が交互にしたかと思ったら、あっという間にヴェルツさんが持っていた器が空になった。
呆《ほう》けた様子で虚空を見つめて黙られても。感想を教えてもらわないと安心できないよ。期待に応《こた》えることはできたのかな?
「どう、でしたか?」
「…………うまかった。なんだこれは」
さっきまでの興奮が落ち着いたみたい。料理が絡《から》まない時は淡々としてるから、これなら普通に話ができるかな?
「目玉焼きってこの国ではありますか?」
「ああ。それなら、朝食の鉄板だな」
「そうですか。あれって熱したフライパンの上に卵を落とすと固まりますよね? それと同じしくみです」
「……なるほど。だから固まるのか。砂糖と水を混ぜて煮た奴はなんだ。苦みがあって、これが黄色いのによく合う」
「これはカラメルソースです。焦がす手前のソース……でしょうか」
「焦がしきると苦みと煙《けむ》さが出るが、これなら問題ないな」
ふむふむと頷《うなず》きながら、あごに手をあてて考え込んでる。
「ほうほう、これは実に……おいしゅうございますなぁ。口の中でほどけて、物を噛《か》むのが疲れやすい私《わたくし》めでも難なく食せます」
「え?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ったらそこには、頬を緩めてプリンをほおばるセバスチャンさんの姿があった。
……いつの間に来たのかな。ちゃっかりプリン食べてるけど。
「クガ様、素晴らしい料理の腕をお持ちで。この『プリン』とやら、非常に美味でございます」
「あ、ありがとうございます」
「……つまみ食いはいい加減やめたらどうだ。セバスチャン」
「ほっほっほ、老体のささやかな楽しみでございます。目をつむっておいてほしいものですな」
朗《ほが》らかに笑うセバスチャンさんに、ヴェルツさんはあきれた眼差しを向ける。
セバスチャンさんが調理場に来たのを初めて見たけど、二人のやり取りからして、もしかしてつまみ食い常習犯なのかな?
「ここにいましたか、セバス」
「! レイモンド、さん」
モノクルを押し上げて現れたレイモンドさんの目つきが、普段より鋭いような。もしかして、不機嫌なのかな。
「年甲斐《としがい》もなく作りかけをつまむのはやめろと何度言えばいいのですかね?」
「おや、坊ちゃま。奇遇《きぐう》ですな」
「……お前を探しに、ここまでわざわざ足を運んだのですが」
「もちろん、承知しておりますとも」
「…………」
いけしゃあしゃあと言い返すセバスチャンさんに、レイモンドさんは深いため息を吐き出した。
眉間にできてるしわを指先でもみほぐしてるけど、効果はないみたい。楽しそうに微笑んでるセバスチャンさんを、睨《にら》んだ。
「それよりも坊ちゃま、私めは新たな美食と巡《めぐ》り合えて感動に打ち震えております。ですので、非常に心苦しいのですが、御用があるのでしたらまた後程承ります故に、今はご配慮いただけますかな?」
「それが使用人の発言ですか。追及するならば、感動に打ち震えてる様子が微塵《みじん》も感じ取れませんが?」
「なんと! 坊ちゃまは私めの頬《ほお》を伝う滂沱《ぼうだ》が見えませんか!」
「ええ、ちっとも。いたって真顔ですが」
驚いた表情をしてるけど、すっごくわざとらしいよ、セバスチャンさん。案の定レイモンドさんは冷たい表情を浮かべて、眉をつり上げてる。
怒りを募《つの》らせてるみたいで、レイモンドさんの頬が引きつり始めてる。
……心なしか、冷たい空気がレイモンドさんから漂《ただよ》ってきてるような。魔法とか使ってないよね?
「おやおや、坊ちゃま。もしやご気分があまり優《すぐ》れぬ様子ですかな」
「……ええ、一人の愚鈍な執事長の影響でしょうね」
「おやまぁ、なんと。ひどい者もいるものですな」
「ええそうですね。話をしている最中もその者は食事を続けるほどの豪胆でもありますから」
睨《にら》んでくるレイモンドさんの視線も何のその、セバスチャンさんはニコニコ笑いながら少しずつプリンを食してる。
意地でも手放さないで間食する気満々なのが見てとれる。
そんなに気に入ってくれたのは嬉しいけど、今はとりあえず一端そのプリンを机に置いて、レイモンドさんの話しを聞いたほうがいいと思います。
「いやはや、それほどまでに魅力的な一品でして。私めを惹《ひ》きつけて放そうとしないのです」
「自制心を持ちなさい」
「とろける味わいに魅了《みりょう》されて、私めはやめられない、とまらないのでございます。ああ、抗《あがら》えぬ非力な私めをお許しください、坊ちゃま」
「…………」
ひょいひょい口にスプーンを運ぶ、セバスチャンさんの手を見つめるレイモンドさんの目つきが鋭《するど》いよ。口の端を下に向けて、また深ーいため息を吐いてる。
そして、それをただ眺める私とヴェルツさん。……シュールすぎる図だよね。うーん、ここって本来私達の主な仕事場なのに、立つ瀬がないよ。
「レイモンド様」
「ああ、申し訳ありません。アルヴェルト。すぐにこの愚か者を撤収《てっしゅう》しますので」
「それより、レイモンド様も召《め》し上がりになられますか」
さらっとレイモンドさんの発言を『それ』呼ばわりした!? 怒られたりしないのかな?
レイモンドさんは軽く眉を寄せただけで、注意するようなことはしないけど……。もしかして、ヴェルツさんの行動に慣れて言う気になれない、とか?
そして私に対しては何も言わないで無視なんですね。うん、わかってた。
ヴェルツさんは、平然としてプリンをレイモンドさんに差し出してるし。マイペースすぎませんか?
「……これは? 新しい試作品ですか」
「はい。今執事長が食べているのと同一の物です」
「甘味、でしたか」
素直にヴェルツさんからプリンを受け取って、さらにスプーンをさっそく構え始めてる。
……え? もしかして、レイモンドさんも食べるの?
「!? ちょ、ちょっと待っ――」
心の準備ができてないのに、レイモンドさんはもうすでにプリンを食べてる!?
え、ええ!?
私の動揺をよそに、レイモンドさんの喉ぼとけが動いて飲み込んだのが見えた。
「……なるほど」
なにが? なにがなるほどなんですか!?
レイモンドさんの眉間のしわが余計に深くなってるけど、どうして!? おいしくなかったの!?
どうしてカラメルソースを穴が開きそうなほど睨《にら》んでるんですか? プリンに何か恨《うら》みでもあるんですか!?
頷《うなず》くレイモンドさんの表情は、全然お菓子を食べた時のものじゃない。漢方とか、苦い物を無理矢理押し込めたみたいな感じがするよ。
「セバスが関心を強くしめす要因もわかりました。これは非常に目新《めあたら》しい」
「え?」
褒めて、る?
すっごく、怖い顔をしてるのに?
レイモンドさんの感想を聞いて、ヴェルツさんは満足そうに首を縦に振ってる。
「ですね。俺も初めて食べて驚きました」
「は? これはアルヴェルトの手による物では」
「いえ、こいつです」
ヴェルツさんに親指でしめされて、レイモンドさんの視線が私に向かう。
「……は?」
目が合ったレイモンドさんは、かつてないくらい苦い顔をした。
その気迫《きはく》に思わず肩を揺らしちゃったけど仕方ないよね。視線がつららみたいに冷たくて鋭《するど》いから。
「こんな奴《やつ》が?」
こんな奴って。ううん、レイモンドさんが私に不信感を強く持ってるとはわかってたけど!
もうちょっと言い方とかってあるんじゃないのかな!?
カチンとはきたけど噛《か》みついたりなんかできないから、目は背《そむ》けた。
「……そうですか。かと言え、これは私の口には合いませんが」
鼻を鳴らして一笑《いっしょう》する声が聞こえる。……うん、予想通りというかなんというか。
たしかに、レイモンドさんは一言もおいしいなんて言わなかったし、表情も気に入ったって様子じゃなかったよね。
でも、なんだろう。腑《ふ》に落ちないよ。
「作り手によって意見を一新するとは。いやはや幼稚《ようち》ですな、坊ちゃま」
「黙りなさい、セバス」
「おお、怖いですなぁ。年寄りには優しくするものではありませんか」
「……」
……なるほど。セバスチャンさんの言う通り、幼稚と言えばそうなのかも。
私が作ったって聞いたら意見をコロッと変えたんだから、素直に認めたくないってことの表れなのかな。
そっと顔を上げれば、レイモンドさんが渋い表情をしてるのが見えた。
……もしかして、レイモンドさんって子どもっぽいところもあるの、かな?
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