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◇第四章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼の本心はどこにありますか?
第十四話 「異論はありませんよね?」
しおりを挟む私がよく状況がつかめてないうちに、アルとレイモンドさんは調理場から立ち去っていった。
その後の日々は目が回るくらい慌ただしくて、結局レイモンドさんに確かめる時間はとれなくて。
花祭りの商品の試作とかだけじゃなく、日常的な仕事ももちろんあったし。勤務が終わって夕飯を食べたらバタンキューなんて、一度や二度じゃなかった。
本番まで日がないのに、商品の内容を決めるどころか色々後出しみたいな案を盛り込んだせいだ。完全に自業自得なんだけど、すっごく疲れたよ。
まぁでも、セバスチャンさんも目を輝かせてたから、きっと失敗しない……はず。
『これは……売れます、売れますとも! ガッポガッポに! 今の予定品数よりも多目に見繕《つくろ》う視野に入れておかねばなりますまい!!』
ううん、過剰に期待をかけられてるのは嬉しいんだけど、肩透かしになったらって思ったら怖い、な。
そんな風に忙しく毎日を過ごしてたら、いつの間にか花祭りの当日になってしまった。
◇◇◇
花祭りの朝。私はいつもよりも早めに起床した。
緊張であまり眠れなかったっていうのも、あるけど。それよりも悩んでたのは、着る服だった。
「本当にレイモンドさんと出かけるの、かな……?」
確認の意味を込めて自分で口に出してみたけど、どうしても実感がわかないよ。
そもそも、レイモンドさんからはあの後何も聞いてないし。
もし、出かけないんだとしたら普通の勤務のはずだから、いつものメイド服を着なきゃいけないんだけど。
「ううーん?」
どっちに手をかけるべきなのか迷って、一人で首を傾げてた。
やっぱり、普通に考えたら私がレイモンドさんとお祭りに行くなんてありえないよね。
だとしたら、あれはただの売り言葉に買い言葉で、レイモンドさんにとったら勢いで言っちゃっただけなのかも。
そう考えたらしっくりくるよ。
となれば、迷う必要なんてないよね、うん。
一つ頷いてからメイド服を手にとったとき、扉がノックされる音が聞こえた。
朝早くからどうしたのかな? 緊急の用事とか仕事伝達でも来たの?
返事をしてから扉に向かう。寝巻きのままだけど、そこは目をつむってもらおうっと。
「おはよう、リオン!」
「え? アンナ、さん?」
ニッコリ笑顔を浮かべたアンナさんが、そこには立ってた。
「こんなに早くに、何かあったの?」
「うん、それはそれは大事な任務があるよ! アンジェリカ様にも厳命されてるからね!」
「!?」
そんなに重要なこと!? だったらすぐにでも行かないと!
あ、でもその前に着替えなきゃ! 寝巻きで向かうわけには行かないよね!
「す、すみません! 私、まだ仕事着に着替えてなくて……! すぐに着替えます!」
「え!? あ、ああっ!? ちょぉっっと待ったぁぁああ!!」
「っ!?」
服に手をかけた私を、必死にアンナさんがストップをかけてきた。思わず着替えるのを中断した私の手が、そのままガシッとつかまれる。
!? 何事!?
「それは放置! とりあえずリオン、私にまかせてよ!」
「え?」
放置!? 放置ってどういうことかな!?
目を白黒させてたら、アンナさんと目が合った。
!? どうして不敵な笑みを浮かべたの!?
「ふふふー大改造の時間、ですよ!」
え。あの、どうしてなのかな? 今、猛烈に逃げ出したいというか、身の危険を感じてるんだけど……。
後ずさりたくても、アンナさんに手を握られてて後退すらできない。私より華奢《きゃしゃ》なのに、意外と力強い!? ビクともしないよ!?
アンナさんがジリジリと近づいてくる。頭の中で、ホラー映画のBGMが流れてる。
私のかすかな悲鳴が廊下に漏《も》れてしまったのは、それからすぐのこと。
◇
「ふっふーん! 大っ満っ足っっ!!」
「……」
アンナさんが満面の笑みで達成感をかみしめてる。……よかったですね。私は精根尽き果てて、もう息も絶え絶えなんだけどな。
立ってるのがやっとでフラフラ状態の私を、アンナさんが改めて観察してくる。
「うん、完璧な仕上がり! 文句なしにかわいいよ!」
「そ、そう……?」
アンナさんによって私は外見を見事に変えられた。いつもとは違う服とか、バッチリ施された化粧とか、髪の編み込みとか。
かわいくなったかどうかは、自分だとよくわからない。だけど、鏡で確認した姿は、普段とはだいぶ印象が違うなとは思う。
……ところで、なんでこんなことになったのかな?
「あの……聞いても、いいかな? これ、一体どうして?」
「え? だってリオン、レイモンド様とデートなんでしょ?」
「デー、ト? …………? っえ!?」
え、ええっ!? デ、デートって!? どういうこと!?
慌てふためく私を見て、アンナさんが首を傾けた。
「えっ? そうだよね? 今日の花祭り一緒に行くんだよね? 二人っきりで」
「え、え、ええ!?」
そ、それはそうだけど! だからってデートにはならないと思う! レイモンドさんも『視察』って言ってたし! そもそも、その予定だって決行するかもわからないのに!?
それと、どうして知ってるの!?
「アンジェリカ様に本日のレイモンド様のご予定が耳に入った途端、リオンを着飾るように指示がきたの。詳しい事情を話された上で、ね」
「……このことを、屋敷内で知ってる人って…………?」
「リオンとレイモンド様が出かけるってこと? 皆知ってるけど、それがどうかした?」
「!?」
なんで!? なんでそんなことが広まっちゃってるの!?
私の頭の中には、腕組みをして不機嫌そうに睨んでくるレイモンドさんの姿が浮かんだよ! そして絶対、今日の彼もそんな風に怒ってる予感しかない!
「アンジェリカ様が嬉々として広めてたから仕方ないよ。リオンに矛先は…………いくかもしれないけど、うまく取りなせば平気平気! それに、レイモンド様優しいから!」
「アンジェさん……」
どうしてわざわざ広めたの……。怒られるのは、たぶん私だよね? アンナさんは平気だって言ってるけど、目が泳いでるし。やっぱり、怒られるって思ってるよね。
それに優しいって。……うーん? 優しいのかも、しれないけど。私に対しては例外なんじゃないのかな? 私は彼に嫌われてるみたいだから。
不安しかないのに、アンナさんは明るく「大丈夫!」なんて念押しをしてくれた。
…………私は大丈夫じゃないよ。
◇◇◇
「お、おはよう、ございます……」
「遅いですよ。使用人の立場をあなたは理解していないので、すか…………」
朝食をとるために食堂に入ったら、その場にいた全員の視線を一身に受けた。アンジェさんにジョシュアさん、レイモンドさんもすでに席についてた。
支度に時間がかかった私が一番遅くなったのは当然と言えば当然なんだけど、使用人の立場で最後なのは気まずいな。
顔を向けたレイモンドさんは睨《にら》んだかと思ったら、しかめっ面になって黙った。……いつも以上に怖い顔をしてて迫力もあるんだけど。
遅くなった私に怒ってるの? それとも、あきれてる? ううん、彼にとっては見るに堪《た》えない変な姿をしてるとか?
アンジェさんはパアッと表情を明るくして、ジョシュアさんはやわらかく微笑んでる。
「おはよう、リオンちゃん。その恰好《かっこう》、よく似合ってるわ!」
「おはよう。おや? 今日は一段と愛らしいが、アンジェの仕業《しわざ》かな?」
「そうよ! うふふ、いい考えでしょう? せっかくレイちゃんとリオンちゃんが出かけるんだもの。これくらいしたっていいじゃない?」
「ああそうだね。実にいい考えだ。私の奥さんは愛らしく可愛いだけでなく、聡明でもあるね」
「まぁ! あなたったら、恥ずかしいわ」
アンジェさんもジョシュアさんも顔を見合わせて、アハハウフフなんて笑いあってる。安定のバカップルっぷりですね!
正直に言えば、私はそれどころじゃない。レイモンドさんが私をジッと厳しい顔のまま睨んでるからね。体に穴が開くんじゃないかってくらい見られてるんだけど……。
…………近づきずらいけど、いつまでもそこで突っ立ってるわけにはいかないよね。
おそるおそるいつも私が座ってる席について、横目にレイモンドさんの様子を確認した。……こんなに睨まれるなんて、予想外過ぎてどう対応したらいいのかな。
「あ、あの……レイモンド、さん?」
「っ!? ………………何か?」
いえ、何かって……それは私のセリフなんだけど。
モノクルを片手で直したレイモンドさんは、いつも通りに見える。さっきとは違って、射抜くみたいな眼光も収まってるけど。
「どうかしたんですか? 体調でも悪いとか……」
「…………いいえ、そのようなことはありません。何ら支障ありません」
ゆるく首を振られて否定されたけど、返答に微妙な間があったのが気になるよ。問題はないって言ってるけど、ただ無理してるとかだったら申し訳ないのに。
「そう、ですか? もし、気分がすぐれないんだったら、今日の予定は――」
「本日の行程は予定通り決行します。異論はありませんよね?」
「は、はい」
「よろしい」
食い気味で先回りされた!? しかも、冷たくジロッって睨《にら》まれるオマケつき!? 一体どこにレイモンドさんの気に障《さわ》る内容があったの!?
彼の圧力にのまれて、思わず勢いよく首を上下に動かした。
せわしなく頷く私を見て、レイモンドさんは軽く鼻を鳴らした。そのままそっぽを向かれたけど、横顔でもはっきりわかってしまうくらい、彼の眉間にあるしわが深い。
不機嫌になってるみたいだけど、何が気にくわなかったのかな? たぶん、私の発言の何かが引っかかっちゃったんだとは思うんだけど。
「あらあら。うふふふふふ……っ!」
「おや…………?」
アンジェさんとジョシュアさんは楽しそうに笑ってるけど。今の流れでそんなに微笑ましそうに眺める要素なんてあったかな?
「あ、あの……?」
「この二人には聞かなくて結構です。どうせ、ロクでもない事に思考を巡らせてるに決まっていますから」
「あら? ひどいわ、レイちゃん」
「事実でしょう」
疑問を口にする前に、レイモンドさんに釘をさされて詳しくは聞けなかった。三人は通じ合ってるみたいだけど、私には何が何だか全然わからないよ……?
首を傾げてる間にも、三人は軽口の応酬をしていた。
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