ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第四章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本心はどこにありますか?

第十五話   「コメが欲しい、です」

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 あーるー晴れたーひーるさがりー。いーちーばーにつづーく道ー。
 にーばーしゃーが、ゴートゴート、コーウシを乗せーていくー。

 私の頭の中で、濡《ぬ》れた瞳をしてる子どもの牛が開放的な荷台トラックの上からこっちをジッと見つめてきた。
 悲しげなBGMがグルグルとエンドレスで流れてくる。

「……」
「……」
「…………」
「………………」

 重い! 沈黙が重すぎる!
 横目で、隣を歩いてる般若《はんにゃ》のような顔をしてるレイモンドさんを見上げた。

 深い眉間のしわは、いつもより二割増し。不機嫌だって印《しるし》だと思う。うん、間違いないよ。

 国を挙げてのお祭りの花祭りの日は、人通りが非常に多くなる。安全面を考慮して、この日は王都内のほとんどは馬車の使用は禁止されるんだって。
 だから、移動手段は歩行のみ。私達も歩きで屋敷を出たのはいいんだけど。

 屋敷の玄関口で集合してから、レイモンドさんは一言も発してない。むしろ目すら合わせてくれない。私が来たことを確認したら、スタスタ歩き始めるし。

「あの、レイモンドさん」
「…………何ですか」

 あ、聞こえてはいるんだ。

「私、時間指定してくれたら現地で合流します。屋台として支店は出ているんですよね? そこで集合するってことにすれば……」
「は?」

 足を止めてこっちをマジマジと見てきた。怪訝《けげん》そうな表情を浮かべてるレイモンドさんに対して、首を傾げる。
 「何言ってんだこいつ」って表情が物語ってるけど、そんなにおかしなこと言ったかな?
 だってレイモンドさんにとったら、一日嫌いな私と一緒にいるのが嫌で、機嫌が悪かったんじゃないの?

「何が言いたいのですか、あなたは」
「? 別行動のほうがレイモンドさんの邪魔にならないかと思って、提案したんですけど……」

 アルとの会話の流れとはいっても、レイモンドさんのほうから言い出した手前、中々彼のほうからは提案しにくいんじゃないかなって。
 嫌いだと思う私に対してわざわざ時間を割いてもらうのは、申し訳ないし。

 でも、レイモンドさんはキチンとしてる人だから、「放置でいいですよ」って断っても逆に気を悪くするかと思って、時間指定現地集合にしたんだけど。

 …………え、どうしてますます怖い顔になってるんですか? 思わず後ずさっちゃったけど。

「なるほど、つまりあなたは私と共にいるのが不快だと」
「!? そっ、そんな意味じゃないです!!」

 どうとらえたらそうなるの!? もしかして、勘違いされるようなことを言った!?

「ただ迷惑をかけたくなくて……!」
「その思考自体が迷惑です」

 うわぁ、バッサリ一刀両断された。レイモンドさんの言葉がナイフみたいに突き刺さってくるよ。

「それとも何でしょうか。あなたはご予定でもあると? ……例えば、他に待ち人がいる、といったことが?」
「用事はない、です。待ち合わせしてる相手も、いませんけど……」

 どうしてそんなこと聞くのかな? そもそも、レイモンドさんと一緒に行くかもしれないっていうのに、他の人と約束なんてするはずないよね。

「…………あの性悪《しょうわる》も強引かつ自己の欲求に忠実とはいえ、一応は相手を慮《おもんばか》りはするのですね。その対象は限定されますが」
「性悪、ですか?」
「何でもありません。あなたは気に止めなくて結構です」

 首を振って否定された。結局、レイモンドさんは何が聞きたかったのかな? 

「ともかく、余計な気遣いをされる必要性は皆無です。途中で逃亡もなさらないよう」
「……? はい、わかりました」

 逃亡ってなに? え、私逃げ出すかもしれないって思われてたの?
 一瞬戸惑いで止まってから頷《うなず》いた私を見下ろして、レイモンドさんは鼻で笑った。
 彼が片手で直したモノクルのレンズが、怪しげな光を放ったような? き、気のせい?

「まぁ、もっとも? その場合はやむを得ず、あなたの意にそぐわない対抗策を取らせていただきますが」
「ゼッタイニハグレマセン」
「よろしい」

 冷たい目で笑ったレイモンドさんを見たら、とてつもない嫌な予感が襲ってきたよ。人が多いかもしれないけど、絶対に彼を見失わないようにしよう。
 精神衛生面を考えて、レイモンドさんの『対抗策』の詳細は聞かないでおこう、そうしよう。

「……ところで、支店の営業時間までいささか猶予《ゆうよ》があります」
「はい」

 そういえば、何時からなのかな? 昼にはやってるかなって大雑把《おおざっぱ》な感覚でいたんだけど。
 でもこの様子だと、レイモンドさんは把握《はあく》してるみたいだから大丈夫だよね。

「それまでの時間をつぶすのに、あなたはどこか行きたい場所はありますか?」
「えっ!?」

 そこで話題を振られるの!? 予想外過ぎて、すぐには答えられないよ。

「……何ですか、その意外そうな顔は。苦言でもあるのならば、どうぞ遠慮なくおっしゃってください」
「い、いえ! 特に文句とかありません!」
「そうですか」

 スウッと目を細めて言わないでください!? むしろ雰囲気からして、『まさか言いませんよね? そんな度胸がありますか?』って感じがするんだけど。

 行きたい場所って言ったって、私は特に希望なんて……。

「――あ」

 一つだけ思い当たった場所があって、思わず声が上がった。


 ◇◇◇


「安いよ安いよ! 今日は花祭りの記念に、特別に安くしてやるよー!」
「今朝に卸《おろ》した新鮮な朝告げ鳥が入荷してるよ! 豪華な夜食に一羽どうだいっ?」
「クルポの実が一袋銀貨1枚だ! 甘くておいしい特上の、祭りの共に持って歩きゃあ、気分は上々よ!」

 各お店のセールスポイントを大声で叫び合う人々は、笑顔で客寄せをしてた。道行く人はそこかしこで足を止めて、店頭に並んだ商品をじっくりと観察してる。

「その大口を閉じなさい。見苦しい」
「! す、すみません」

 いつも以上に活気があふれてる市場を見て、とっさに口が開きっぱなしになっちゃったみたい。
 注意を受けてからすぐに唇を閉じれば、隣から特大のため息が落ちてきた。……あきれられた?

「あなたも随分《ずいぶん》と変わり者ですね。市場へ向かうことを所望するとは。別段といって通常とは相違ないでしょうに」
「そうでしょうか?」

 でも、祭りのときって何かしら変わるかなって期待したんだけど。実際に売り文句の言葉の内容だって違う。

「元の世界にはこういった場所がないので、興味があるんです」
「市場がない?」
「はい」

 少なくとも日本には。ああ、でも商店街が考えたら近いものなのかな? でも商店街はあんまり見かけないけど。

「市場が存在しないなんて、一体どうやって物資を得る方法が?」
「ええと、大きな一軒屋?みたいな場所にいろんな物を集めて、店内の一か所でまとめて会計する仕組みの店があったんです。コンビニとかスーパーって私達は呼んでました」
「『いろんな物』とは、例えば?」
「果物、野菜、魚、肉、生活用品、お菓子、牛乳にタマゴとかです。後は、調味料とかお酒とか飲み物……?」

 よく考えてみるとすごいよね。狭い店内でよくあれだけのジャンルの商品がそろってたなって思うよ。この世界じゃ考えられないことだよね。

「……なるほど、利便性を追求した結果ですか。その店舗へ向かえばおおよその物が手に入るという点が、非常に好ましい」
「そうですね」

 あごに手をあてて唸《うな》るレイモンドさんはすぐに理解したみたい。商会の次期後継者ってこともあって、こういうことが気になるのかな?

「あなたにしてはめずらしく益《えき》になる話でした」
「それは、どうもありがとうございます?」

 若干《じゃっかん》私のこと貶《けな》してるように感じるのは、気のせい? でも、噛《か》みついたって『事実でしょうが』みたいなことを言われそうな予感が……。

「なんですか、不満そうですね」
「いえ、そんなことは……」

 目ざとい。それとも私が隠しきれないくらい、表情に出しちゃってたのかな。
 首を振ったけど、それを見てレイモンドさんは鼻で笑った。

「……いいでしょう。その対価に、あなたの望む物を何でも言いなさい。高額な品であれ、大抵の物は入手できますから」
「何でもですか?」
「ええ」

 いきなりすごいことを言い出してきたけど。そんなことあっさり言っちゃいけないんじゃないのかな?
 素直に言葉に甘えればよかったのかもしれないけど、なんだか、引っかかるよ。

「あ、の……そういうことは、あんまり言わないほうがいいですよ? 私だけじゃなく他の人に対しても、ですけど。もし、私が変に高い物とか要求したらレイモンドさん困ると思いますから」
「支障ありません。あなたが欲する物なんて、たかが知れてます」

 鼻で笑って、軽く流された。言う相手に関しては言い返してこなかったけど……本当にわかってるのかな?

「うっとおしい御託《ごたく》を言わず、早急に述べなさい」

 私の危惧《くぐ》なんて全然気にも止めてないみたいで、あごでしゃくって先をうながされた。
 …………望むもの。


 すぐに浮かんだのは――


「…………」

 決して、彼には叶《かな》えられない物。だから、私は口を開くことだってできなくて、思わず黙ってしまった。
 『元の世界に帰ること』、なんて。レイモンドさんには絶対、叶《かな》えられるはずがないのに。

 心の中で浮かんだ願いを口にしたら、切なくて、苦しくて、つらくなるに違いないよ。考えてる今ですら、泣きだしそうになるくらい足元がぐらつくんだから。
 言われる彼だってそんな返答は困るはず。

 だから誰も困らない返事を、私は口に出した。唇が震えないように、頬に力を込めて意識しながら。

「コメが欲しい、です」

 こんな暗い考えをしておいて口にするのは食べ物のことってことが、少しだけおかしいけど。とっさに他にないのかなって考えて、とっさに浮かんだのがそれだった。

 私の返事に、レイモンドさんの瞳が瞬《またた》いた。怪訝《けげん》そうに眉をしかめてるけど、どうかしたの? コメがわからない、とか?

「……宝石やドレス、ではないのですか」
「え……? 何のためにですか?」

 そんなのあっても、使わないよね? 例として出されても、私にとってはピンとこないよ。

「……何のためときましたか。飾り立てることや眺めることはしないのですか」
「楽しいんですか、それって?」
「さぁ? ですが世の女性はそういったことに関心が向いてるようですから」

 肩をすくめられて、なかば投げやり気味に言われても。
 せっかくのレイモンドさんの提案だけど、首を振って否定しとく。

「特に興味がないので、私はいりません」
「…………へぇ」

 モノクルの奥の瞳を細めて、小さく声を漏《も》らされた。ジロジロっていう表現がピッタリなくらい、顔の隅から隅まで観察されてる。

「……あの?」
「いいえ、なんでもありません」

 なんでもないって様子じゃないと思うんだけど。
 咳払いをしながらモノクルを直すレイモンドさんは、私を視界から外してそっと瞳を閉じた。

「それはそうとして、『コメ』ですか。聞いたことがありませんが、それは一体なんですか?」
「コメはですね……」

 レイモンドの問いに答えながら、説明する。
 彼の様子に違和感があったけど、深く聞くこともどうかと思って。

 たわいもない話をしながら、私は自分の中の本当の願いを、そのままそっと心の底に押し沈めた。


 ――どうせ、いつかはまた向き合わなきゃいけない感情だってことぐらい、わかってはいるのに。


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