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◇第五章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?
第二十六話 「信じてくれてありがとうございます」
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「あなたが話したいことは、以上でしょうか」
「あ、はい。そうです」
モヤモヤ色々考えてたけど、レイモンドさんに嫌われてないなら問題ないよ。悩んでたのが解決して、スッキリしてる。
頷いたら、レイモンドさんが「そうですか」と相づちを打ってきた。
「結構。それでは、次は私から話しても?」
「? はい」
なんだろう、レイモンドさんからの話って。
心当たりとか、特に浮かばないんだけど。
「2度と妙な思考に先走らないよう、あなたに聞いていただきたいことがあります」
「? なんですか」
「リーチェについてです」
リーチェさんの、こと?
彼女のことについて話しても、大丈夫なのかな?
ううん、でも、レイモンドさん自身が話したいって言い出したから、平気……だよね?
「そのような情けない顔をされる謂《いわ》れはありません。あなたは耳を貸すだけに集中なさい」
「……はい」
貶《けな》されてはいたけど、たぶん、心配するなって言いたかったんだよね?
さっきの回りくどい会話で、ちょっとわかってきた。レイモンドさんって、言い方が悪いだけで内容自体はこっちを気遣ったり褒めてくれたりしてる。
ただそれも、かなり掘り下げて真意を推測するようにしなきゃいけないけど。……うーん、それって対人関係においてかなり致命的じゃないのかな?
「何か余計なことに意識を飛ばされているようですね」
「っ! い、いえ、そんなことはないですよ?」
否定したのに、レイモンドさんは疑わしそうに私の表情を観察してる。……これ、完全にバレてるよね。
で、でもさすがにレイモンドさんについて考えてたってことは、わからないはず!
「……気に止めないでおきますが、あまりこちらに注意を向けられないようならば考えがあります」
「ちゃんと聞きます」
猛烈に嫌な予感がしたから、ワンプレスもおかないで意思をしめしとく。
半ば遮るかたちになったけど、それはやる気の表れだととってくれたみたい。レイモンドさんは首肯するだけで、特に注意とか文句は言われなかった。
「あなたは彼女のことをどこまで聞き及んでいますか?」
「レイモンドさんの妹さんで、花祭りの日……8年前ほどに襲撃にあってなくなった、とだけ」
「……そこまで把握《はあく》されているのですね」
とは言っても、さっきアンジェさん達から聞いたままの内容だけど。それ以上のことは、何も知らない。あとは、私とは顔が似てるってことくらい。
「そもそもの発端である、あなたを疎《うと》んでいるように思わせてしまったのは、私の未熟さ故です。相似しているあなたの顔を見ていると、私の罪を思い出してしまうからです」
「罪……?」
罪って、一体何?
だって、リーチェさんが亡くなったのは、他の人に襲われたとかじゃないの?
レイモンドさんは瞳を伏《ふ》せた。レイモンドさんの表情は深く落ち込んでた。
「あの花祭りの当日、彼女が出かけることを私だけは知っていました」
「…………? でも、それってジョシュアさんもアンジェさんも知ってたんじゃないですか?」
「……いいえ。両親は、知りませんでした。仰々しいのを嫌がり、最低限の身辺警護である従者を一人つれていくと言っていたので、黙認したのです」
レイモンドさんだけが、リーチェさんが出かけることを知っていた?
「今でも思い出します。『その日に初めてカレイドストーンを作って、婚約者にあげるつもりだ』、なんて予定も、嬉しそうに話していました」
「……」
……でも、護衛の人がついていたのにそんなことが起こるなんて、誰だって予想がつかないはずだよ。
「従者の人も、亡くなったんですか?」
「…………いえ」
否定された。その人だけ生き残ったとか?
レイモンドさんの閉ざされたまぶたがゆっくりと上がって、目が合った。彼の瞳にある光が、冷たく見えたような気がした。
レイモンドさんの感情を押し殺したような目に、背筋がヒヤッとする。……嫌な予感しかないよ。
「彼が手引き者でした。それ故《ゆえ》に妹は集団に襲われ、命を落とすことになったのです」
「っ!」
レイモンドさんの瞳は、今も激しく怒りの火を宿してた。それは、その従者に対してなんだと思う。
信じてた人に裏切られるのは、知らない人にされるよりも心にきっと傷が残る。
「もしも彼女を止めていれば。彼でない者をつけていたら。両親に報告していれば。防げることは、容易だったのかもしれません」
「……でもそれは、誰にも予想なんてできるはずないです。ましてや、レイモンドさんは子どもだったんですよね?」
「だとしても、私が犯してしまった失態により失ったものは、帰りません。……永遠に」
深く息をつきながら、そうハッキリと言い切ったレイモンドさんは、とっても苦しそうで。まるで、水の中で必死にもがいてるみたい。
「私は2度と親しい者の命を奪わせないよう、気を張ってきました。……妹を失わせてしまった両親に対し私ができる、唯一の償《つぐな》いだからです」
レイモンドさんは、ずっと一人で抱え込んできたの?
アンジェさんもジョシュアさんにも、伝えずに?
「……二人はレイモンドさんが知っていたことは」
「今は知っています。私から告げました」
それなら、まだつらくないよね。なんて、そんなことは到底思えそうになかった。
だって、レイモンドさんは青白い唇がますます白くなるくらいに、きつく噛みしめていたから。
「両親は、私を責めませんでした。それどころか、私のせいでないとまで声をかけてきました」
「……」
二人は優しいし、なによりレイモンドさん自身だって大事な息子なんだから、責めたりなんてしないよね。
だけどそれって……責任感の強いレイモンドさんにとっては、余計につらいことなんじゃないのかな。
叱られたりしたほうが、まだ、罰をあたえられたみたいで安心したのかもしれない。
「私がおかしたのは、まごうことなき『罪』です。他の誰が赦《ゆる》したとしても、消えはしない」
「消えない罪、ですか……」
罪が許されるのって、一体いつなのかな。
ただひたすらに生真面目なレイモンドさんだからこそ、自分のとった行動が許せないでいる。
自分を律して、仕事にも気を配って。それこそ、身を粉にして働き続けてきたんだってわかる。
……でも、それは。周りの人から見て、どう映ったのかな?
目を閉じたら、フッとさっき見たアンジェさんとジョシュアさんの表情が浮かんできた。アンジェさんは泣いていて、ジョシュアさんも心配そうで。
レイモンドさんの考えだって、すごくわかる。
だけど、過去で今を傷つけるのは正しいことなの?
……わからない。ただ一つ言えるのは色々知ってからだと、今のレイモンドさんは見てて痛々しいって感じる。
そして、私は。レイモンドさんが苦しんでるのなんて、嫌だって思うから。
だから。
「……っ!? あ、あなたは何をしているのですか!?」
「頭をなでています」
「そんなことはわかっています! 私が問うているのは、何故そのような奇行をしているのかという理由です!」
指をのばしたら、彼の髪に触れることができた。そっと間をすいてみせたら、サラサラ流れるみたいに指に髪が通って心地良いな。
慌てて身を引こうとしたレイモンドさんの動きを追いかける。
ギョッと目を見開いたまま、私を注視してる。とっさのことに、焦りが全面に出て判断が出せないみたい。
『やめなさい』より先に、理由を聞いてきたのがその何よりの証拠じゃないかな。
たとえ制止されたって、やめる気はないけど。
「ほめているんです」
「は?」
私が理由を言ったのに、レイモンドさんはポカンと口を開けてる。
……言葉が足りないなとは自分でも思ったから、付け足しておこうかな。
「レイモンドさんが自分自身をほめないから、私がほめています」
「ほめるって…………あなた、先程までの話を聞いていませんでしたね。私は罪を――」
「罪を犯した、ですよね? でも、私がほめてるのはそれとは別です」
「別?」
レイモンドさんは、罪の赦《ゆる》しなんか待ってない。
私みたいなよそ者が気にしなくていいなんて言うのは、無神経にもほどがあるって思う。ましてや、私はリーチェさんと同じ顔をしてるみたいなんだから。
「マクファーソン家のために仕事をしていて、レイモンドさんはすごく偉《えら》いです」
「……あなた、私をバカにしているのですか」
「いいえ、いたって真剣です」
ジロリと睨まれたけど、私は真面目に言ってる。
それに、これは本音。私より少しだけ年上なのに、社会人としてしっかり働いてるなんて。
きっと、想像できないくらい苦労してて、やる仕事もたくさんあるんだよね。だって、ここで勤め始めてから、事あるごとにレイモンドさんは仕事のことを口にしてる。
「普段だって忙しいのに、色々な仕事をしていて偉いです」
「……それが私にあたえられた職務ですから」
淡々と返してくるレイモンドさんにとっては、当たり前のことなんだよね。
だからこそ、私が言ってることなんて当然の事過ぎて、あきれてる視線を向けてきてるんだ。
「でも、それでも偉いと思います」
「……はぁ、そうですか」
気のない返事。レイモンドさんは抵抗はやめたけど、私が言いたいことに対して特には関心がわかないみたい。
レイモンドさんの白けた視線と、正面から受け止めた。
「レイモンドさんは偉いです。だって……仕事で忙しいのに、私に対しても気を配ってくれるから」
「……は?」
怪訝《けげん》そうに私を見つめてくるけど、おかしな事なんていってない。
「取り引きだなんて言って、私から異世界のことを聞いてましたけど。でも、わざわざ異世界の物のそっくりなものを、こっちで作る必要なんてないですよね」
「そちらの世界で需要のあるものが、こちらでも受けないはずがないと睨《にら》んだだけです。客集めの品としても充分に機能を果たすことが可能だと。ただ、それだけです。別段、あなたのためというわけではありません」
彼の言ってることは、間違ってない。たしかにそれも、レイモンドさんの気持ちなんだろう。
でも、それだけじゃないはず。
「たしかにレイモンドさんの言うみたいに、利益を考えて作ってるのも本当だと思います」
「ええ、ですからそうだと――」
「だけど、得たいの知れないものに時間や金を割くなんてこと、レイモンドさんならしませんよね? そんな分の悪い賭《か》けは、普通しないはずです」
「……ずいぶんな言い様ですね。商《あきな》いにはそのような野心も要されているのですけれど」
私の発言に、不機嫌そうに眉をつり上げてみせた。だけど、それがわざとらしいように見えるのは気のせい?
レイモンドさんの言うことは、さっきから間違ってない。ないけど……本心は、言ってない。上手くごまかそうとしてるみたいにしか思えない。
私の考えが合ってれば、レイモンドさんは――
「レイモンドさん。あなたは私の元の世界への寂しさを、紛《まぎ》らわそうとしてたんですよね?」
少しでも元の世界の物を増やして、不便にならないように。
押し付けがましくならないように、取り引きだなんて言って。
きっと一方的にあたえられてたら、私は受け取らなかったし、心苦しくなってたと思う。
ううん、むしろますます不安になってたかも。だってさっきまでなんて、てっきりレイモンドさんには嫌われてるって思い違いしてたから。
「穿《うが》った見解をお持ちのようですね。いえ、頭に花畑が広がってそうなほどの能天気、と述べるのが正しいでしょうか」
彼の言ってるように、私の考えすぎなのかもしれない。でもそれだけとは、どうしても思えなかった。
だってそれなら、何故レイモンドさんは今、ありもしないモノクルの位置を直そうとしてるのかな?
彼のその癖が出る時は動揺してるってことは、ハーヴェイさんから聞いてもうわかってる。
レイモンドさんが認めなくたって、私はそうだって思うから。
「しんどい時に人に気遣ったり優しくできるのは、とてもすごいことで、偉《えら》いです」
「だから、それはあなたの勘違《かんちが》いと――」
「勘違いなら勘違いでもいいです。私は、レイモンドさんの行動で救われました」
レイモンドさんは、過去の自分の行いで後悔してるのかもしれない。
だけど私は、彼の行動に救われてる。
「私が異世界から来たことを、信じてくれてありがとうございます」
生真面目なレイモンドさんが信じてくれたことに、私は救われた。
誰も知らない土地で、日本のことなんて話せない。そんな環境の中で、偶然だけどレイモンドさんに知られて、よかった。
故郷の話をすることができるってことで、心がホッとして楽になった。誰かに話すことで、息抜きができた。
きっと、書面の報告じゃなくて元の世界のことを聞かせてほしいって彼が言ったのは、そういう意図があったのかも。
レイモンドさんは、眉にシワを寄せて不機嫌そうに深いため息を吐き出した。
「突然私のことを偉《えら》いと評価したばかりか、感謝を伝えるとは……。脈絡《みゃくらく》が全くない内容になっていることを、理解していますか?」
「……たしかにそうですね。でもどっちも、今のレイモンドさんにすぐに伝えたかったんです」
こういうことは、気づいたらすぐに言ったほうがいいよね。でないと、タイミングを逃して言えずじまいなんてことになりそう。
それに、自分を責め続けてるレイモンドさんの気持ちが、私が想いを伝えたらちょっとでも軽くなるんだとしたら。一秒でも早く言いたいよ。
ゆるく首を振った彼が、私を見つめてきた。濃い緑色の瞳が、正面からのぞきこめる。ゆらゆらと頼りなく揺れる彼の瞳は、初めて見るもの。
表情は無に近いのに、目は全然そんなことない。ううん、もしかしたら今までも、彼の瞳は感情を出してたのかも。
不機嫌じゃないのかなってくらい、無表情。だけど彼の瞳を見たら、戸惑ってるんだってわかる。
「先程から偉《えら》そうに。何様のつもりでしょうかね、あなたは」
「ううん。何様、って言われても……」
そのことを言われちゃうと、口ごもらずにはいられないんだけど。
困って首を傾けたら、レイモンドさんはそんな私の様子を鼻で笑い飛ばした。
「あなたに気遣われるほど、私はやわではありません」
「そうですね。だからさっきのは、私の勝手な言い分です」
「ええそうです。そうでしょうとも」
ブチブチ文句をこぼすレイモンドさんに相づちを打っとく。そうしないと、ますますへそを曲げられちゃいそうな気がしたから。
毒が混じった彼の物言いも、鼻につくみたいな行動だって。この部屋に入る前だったらへこんでたかもしれないけど、今は気にならない。
ううん、むしろ素直になれない子どもがグズってるみたいで、ちょっとかわいい、かも?
「ご存知ですか。あなたのような行動を『おせっかい』と呼ぶのですが」
「そう、ですね。知ってます」
彼の終わらない嫌味を聞いて、苦笑いを浮かべちゃう。おせっかいだってわかっているけど、どうしても口をはさまないままなんてできなかったんだよね。
レイモンドさんの口の端が、下に向いていく。わぁ、キレイなへの字のカーブ。
私が少しもこたえた様子がないのが、気にくわないのかな?
「全く、あなたって方は……」
「……?」
黙って顔を観察されてるけど、なんで? その特大のため息は、あきれてるから?
いきなり、図々しくしすぎたかな? でも、間違ってることとかは言ってないつもりだけど。多少、変だって思われちゃったかもしれないけど。
目が合ったら、レイモンドさんのほうからスイッと視線を外された。その頬がさっきまでより赤さを増してるように見えるのは、私の気のせいかな?
ブスッとふてくされたみたいに眉をしかめた彼は、またため息を吐き出した。
「……ですが、あなたの謝意は受け取っておきましょう」
「! はい……!」
聞き逃しちゃいそうなほど小声で呟かれたレイモンドさんの言葉に、しっかり頷《うなず》く。
レイモンドさんの目が潤んでることに気づいたけど、指摘なんてしない。それにきっと、彼だって認めはしないんだから。
「あ、はい。そうです」
モヤモヤ色々考えてたけど、レイモンドさんに嫌われてないなら問題ないよ。悩んでたのが解決して、スッキリしてる。
頷いたら、レイモンドさんが「そうですか」と相づちを打ってきた。
「結構。それでは、次は私から話しても?」
「? はい」
なんだろう、レイモンドさんからの話って。
心当たりとか、特に浮かばないんだけど。
「2度と妙な思考に先走らないよう、あなたに聞いていただきたいことがあります」
「? なんですか」
「リーチェについてです」
リーチェさんの、こと?
彼女のことについて話しても、大丈夫なのかな?
ううん、でも、レイモンドさん自身が話したいって言い出したから、平気……だよね?
「そのような情けない顔をされる謂《いわ》れはありません。あなたは耳を貸すだけに集中なさい」
「……はい」
貶《けな》されてはいたけど、たぶん、心配するなって言いたかったんだよね?
さっきの回りくどい会話で、ちょっとわかってきた。レイモンドさんって、言い方が悪いだけで内容自体はこっちを気遣ったり褒めてくれたりしてる。
ただそれも、かなり掘り下げて真意を推測するようにしなきゃいけないけど。……うーん、それって対人関係においてかなり致命的じゃないのかな?
「何か余計なことに意識を飛ばされているようですね」
「っ! い、いえ、そんなことはないですよ?」
否定したのに、レイモンドさんは疑わしそうに私の表情を観察してる。……これ、完全にバレてるよね。
で、でもさすがにレイモンドさんについて考えてたってことは、わからないはず!
「……気に止めないでおきますが、あまりこちらに注意を向けられないようならば考えがあります」
「ちゃんと聞きます」
猛烈に嫌な予感がしたから、ワンプレスもおかないで意思をしめしとく。
半ば遮るかたちになったけど、それはやる気の表れだととってくれたみたい。レイモンドさんは首肯するだけで、特に注意とか文句は言われなかった。
「あなたは彼女のことをどこまで聞き及んでいますか?」
「レイモンドさんの妹さんで、花祭りの日……8年前ほどに襲撃にあってなくなった、とだけ」
「……そこまで把握《はあく》されているのですね」
とは言っても、さっきアンジェさん達から聞いたままの内容だけど。それ以上のことは、何も知らない。あとは、私とは顔が似てるってことくらい。
「そもそもの発端である、あなたを疎《うと》んでいるように思わせてしまったのは、私の未熟さ故です。相似しているあなたの顔を見ていると、私の罪を思い出してしまうからです」
「罪……?」
罪って、一体何?
だって、リーチェさんが亡くなったのは、他の人に襲われたとかじゃないの?
レイモンドさんは瞳を伏《ふ》せた。レイモンドさんの表情は深く落ち込んでた。
「あの花祭りの当日、彼女が出かけることを私だけは知っていました」
「…………? でも、それってジョシュアさんもアンジェさんも知ってたんじゃないですか?」
「……いいえ。両親は、知りませんでした。仰々しいのを嫌がり、最低限の身辺警護である従者を一人つれていくと言っていたので、黙認したのです」
レイモンドさんだけが、リーチェさんが出かけることを知っていた?
「今でも思い出します。『その日に初めてカレイドストーンを作って、婚約者にあげるつもりだ』、なんて予定も、嬉しそうに話していました」
「……」
……でも、護衛の人がついていたのにそんなことが起こるなんて、誰だって予想がつかないはずだよ。
「従者の人も、亡くなったんですか?」
「…………いえ」
否定された。その人だけ生き残ったとか?
レイモンドさんの閉ざされたまぶたがゆっくりと上がって、目が合った。彼の瞳にある光が、冷たく見えたような気がした。
レイモンドさんの感情を押し殺したような目に、背筋がヒヤッとする。……嫌な予感しかないよ。
「彼が手引き者でした。それ故《ゆえ》に妹は集団に襲われ、命を落とすことになったのです」
「っ!」
レイモンドさんの瞳は、今も激しく怒りの火を宿してた。それは、その従者に対してなんだと思う。
信じてた人に裏切られるのは、知らない人にされるよりも心にきっと傷が残る。
「もしも彼女を止めていれば。彼でない者をつけていたら。両親に報告していれば。防げることは、容易だったのかもしれません」
「……でもそれは、誰にも予想なんてできるはずないです。ましてや、レイモンドさんは子どもだったんですよね?」
「だとしても、私が犯してしまった失態により失ったものは、帰りません。……永遠に」
深く息をつきながら、そうハッキリと言い切ったレイモンドさんは、とっても苦しそうで。まるで、水の中で必死にもがいてるみたい。
「私は2度と親しい者の命を奪わせないよう、気を張ってきました。……妹を失わせてしまった両親に対し私ができる、唯一の償《つぐな》いだからです」
レイモンドさんは、ずっと一人で抱え込んできたの?
アンジェさんもジョシュアさんにも、伝えずに?
「……二人はレイモンドさんが知っていたことは」
「今は知っています。私から告げました」
それなら、まだつらくないよね。なんて、そんなことは到底思えそうになかった。
だって、レイモンドさんは青白い唇がますます白くなるくらいに、きつく噛みしめていたから。
「両親は、私を責めませんでした。それどころか、私のせいでないとまで声をかけてきました」
「……」
二人は優しいし、なによりレイモンドさん自身だって大事な息子なんだから、責めたりなんてしないよね。
だけどそれって……責任感の強いレイモンドさんにとっては、余計につらいことなんじゃないのかな。
叱られたりしたほうが、まだ、罰をあたえられたみたいで安心したのかもしれない。
「私がおかしたのは、まごうことなき『罪』です。他の誰が赦《ゆる》したとしても、消えはしない」
「消えない罪、ですか……」
罪が許されるのって、一体いつなのかな。
ただひたすらに生真面目なレイモンドさんだからこそ、自分のとった行動が許せないでいる。
自分を律して、仕事にも気を配って。それこそ、身を粉にして働き続けてきたんだってわかる。
……でも、それは。周りの人から見て、どう映ったのかな?
目を閉じたら、フッとさっき見たアンジェさんとジョシュアさんの表情が浮かんできた。アンジェさんは泣いていて、ジョシュアさんも心配そうで。
レイモンドさんの考えだって、すごくわかる。
だけど、過去で今を傷つけるのは正しいことなの?
……わからない。ただ一つ言えるのは色々知ってからだと、今のレイモンドさんは見てて痛々しいって感じる。
そして、私は。レイモンドさんが苦しんでるのなんて、嫌だって思うから。
だから。
「……っ!? あ、あなたは何をしているのですか!?」
「頭をなでています」
「そんなことはわかっています! 私が問うているのは、何故そのような奇行をしているのかという理由です!」
指をのばしたら、彼の髪に触れることができた。そっと間をすいてみせたら、サラサラ流れるみたいに指に髪が通って心地良いな。
慌てて身を引こうとしたレイモンドさんの動きを追いかける。
ギョッと目を見開いたまま、私を注視してる。とっさのことに、焦りが全面に出て判断が出せないみたい。
『やめなさい』より先に、理由を聞いてきたのがその何よりの証拠じゃないかな。
たとえ制止されたって、やめる気はないけど。
「ほめているんです」
「は?」
私が理由を言ったのに、レイモンドさんはポカンと口を開けてる。
……言葉が足りないなとは自分でも思ったから、付け足しておこうかな。
「レイモンドさんが自分自身をほめないから、私がほめています」
「ほめるって…………あなた、先程までの話を聞いていませんでしたね。私は罪を――」
「罪を犯した、ですよね? でも、私がほめてるのはそれとは別です」
「別?」
レイモンドさんは、罪の赦《ゆる》しなんか待ってない。
私みたいなよそ者が気にしなくていいなんて言うのは、無神経にもほどがあるって思う。ましてや、私はリーチェさんと同じ顔をしてるみたいなんだから。
「マクファーソン家のために仕事をしていて、レイモンドさんはすごく偉《えら》いです」
「……あなた、私をバカにしているのですか」
「いいえ、いたって真剣です」
ジロリと睨まれたけど、私は真面目に言ってる。
それに、これは本音。私より少しだけ年上なのに、社会人としてしっかり働いてるなんて。
きっと、想像できないくらい苦労してて、やる仕事もたくさんあるんだよね。だって、ここで勤め始めてから、事あるごとにレイモンドさんは仕事のことを口にしてる。
「普段だって忙しいのに、色々な仕事をしていて偉いです」
「……それが私にあたえられた職務ですから」
淡々と返してくるレイモンドさんにとっては、当たり前のことなんだよね。
だからこそ、私が言ってることなんて当然の事過ぎて、あきれてる視線を向けてきてるんだ。
「でも、それでも偉いと思います」
「……はぁ、そうですか」
気のない返事。レイモンドさんは抵抗はやめたけど、私が言いたいことに対して特には関心がわかないみたい。
レイモンドさんの白けた視線と、正面から受け止めた。
「レイモンドさんは偉いです。だって……仕事で忙しいのに、私に対しても気を配ってくれるから」
「……は?」
怪訝《けげん》そうに私を見つめてくるけど、おかしな事なんていってない。
「取り引きだなんて言って、私から異世界のことを聞いてましたけど。でも、わざわざ異世界の物のそっくりなものを、こっちで作る必要なんてないですよね」
「そちらの世界で需要のあるものが、こちらでも受けないはずがないと睨《にら》んだだけです。客集めの品としても充分に機能を果たすことが可能だと。ただ、それだけです。別段、あなたのためというわけではありません」
彼の言ってることは、間違ってない。たしかにそれも、レイモンドさんの気持ちなんだろう。
でも、それだけじゃないはず。
「たしかにレイモンドさんの言うみたいに、利益を考えて作ってるのも本当だと思います」
「ええ、ですからそうだと――」
「だけど、得たいの知れないものに時間や金を割くなんてこと、レイモンドさんならしませんよね? そんな分の悪い賭《か》けは、普通しないはずです」
「……ずいぶんな言い様ですね。商《あきな》いにはそのような野心も要されているのですけれど」
私の発言に、不機嫌そうに眉をつり上げてみせた。だけど、それがわざとらしいように見えるのは気のせい?
レイモンドさんの言うことは、さっきから間違ってない。ないけど……本心は、言ってない。上手くごまかそうとしてるみたいにしか思えない。
私の考えが合ってれば、レイモンドさんは――
「レイモンドさん。あなたは私の元の世界への寂しさを、紛《まぎ》らわそうとしてたんですよね?」
少しでも元の世界の物を増やして、不便にならないように。
押し付けがましくならないように、取り引きだなんて言って。
きっと一方的にあたえられてたら、私は受け取らなかったし、心苦しくなってたと思う。
ううん、むしろますます不安になってたかも。だってさっきまでなんて、てっきりレイモンドさんには嫌われてるって思い違いしてたから。
「穿《うが》った見解をお持ちのようですね。いえ、頭に花畑が広がってそうなほどの能天気、と述べるのが正しいでしょうか」
彼の言ってるように、私の考えすぎなのかもしれない。でもそれだけとは、どうしても思えなかった。
だってそれなら、何故レイモンドさんは今、ありもしないモノクルの位置を直そうとしてるのかな?
彼のその癖が出る時は動揺してるってことは、ハーヴェイさんから聞いてもうわかってる。
レイモンドさんが認めなくたって、私はそうだって思うから。
「しんどい時に人に気遣ったり優しくできるのは、とてもすごいことで、偉《えら》いです」
「だから、それはあなたの勘違《かんちが》いと――」
「勘違いなら勘違いでもいいです。私は、レイモンドさんの行動で救われました」
レイモンドさんは、過去の自分の行いで後悔してるのかもしれない。
だけど私は、彼の行動に救われてる。
「私が異世界から来たことを、信じてくれてありがとうございます」
生真面目なレイモンドさんが信じてくれたことに、私は救われた。
誰も知らない土地で、日本のことなんて話せない。そんな環境の中で、偶然だけどレイモンドさんに知られて、よかった。
故郷の話をすることができるってことで、心がホッとして楽になった。誰かに話すことで、息抜きができた。
きっと、書面の報告じゃなくて元の世界のことを聞かせてほしいって彼が言ったのは、そういう意図があったのかも。
レイモンドさんは、眉にシワを寄せて不機嫌そうに深いため息を吐き出した。
「突然私のことを偉《えら》いと評価したばかりか、感謝を伝えるとは……。脈絡《みゃくらく》が全くない内容になっていることを、理解していますか?」
「……たしかにそうですね。でもどっちも、今のレイモンドさんにすぐに伝えたかったんです」
こういうことは、気づいたらすぐに言ったほうがいいよね。でないと、タイミングを逃して言えずじまいなんてことになりそう。
それに、自分を責め続けてるレイモンドさんの気持ちが、私が想いを伝えたらちょっとでも軽くなるんだとしたら。一秒でも早く言いたいよ。
ゆるく首を振った彼が、私を見つめてきた。濃い緑色の瞳が、正面からのぞきこめる。ゆらゆらと頼りなく揺れる彼の瞳は、初めて見るもの。
表情は無に近いのに、目は全然そんなことない。ううん、もしかしたら今までも、彼の瞳は感情を出してたのかも。
不機嫌じゃないのかなってくらい、無表情。だけど彼の瞳を見たら、戸惑ってるんだってわかる。
「先程から偉《えら》そうに。何様のつもりでしょうかね、あなたは」
「ううん。何様、って言われても……」
そのことを言われちゃうと、口ごもらずにはいられないんだけど。
困って首を傾けたら、レイモンドさんはそんな私の様子を鼻で笑い飛ばした。
「あなたに気遣われるほど、私はやわではありません」
「そうですね。だからさっきのは、私の勝手な言い分です」
「ええそうです。そうでしょうとも」
ブチブチ文句をこぼすレイモンドさんに相づちを打っとく。そうしないと、ますますへそを曲げられちゃいそうな気がしたから。
毒が混じった彼の物言いも、鼻につくみたいな行動だって。この部屋に入る前だったらへこんでたかもしれないけど、今は気にならない。
ううん、むしろ素直になれない子どもがグズってるみたいで、ちょっとかわいい、かも?
「ご存知ですか。あなたのような行動を『おせっかい』と呼ぶのですが」
「そう、ですね。知ってます」
彼の終わらない嫌味を聞いて、苦笑いを浮かべちゃう。おせっかいだってわかっているけど、どうしても口をはさまないままなんてできなかったんだよね。
レイモンドさんの口の端が、下に向いていく。わぁ、キレイなへの字のカーブ。
私が少しもこたえた様子がないのが、気にくわないのかな?
「全く、あなたって方は……」
「……?」
黙って顔を観察されてるけど、なんで? その特大のため息は、あきれてるから?
いきなり、図々しくしすぎたかな? でも、間違ってることとかは言ってないつもりだけど。多少、変だって思われちゃったかもしれないけど。
目が合ったら、レイモンドさんのほうからスイッと視線を外された。その頬がさっきまでより赤さを増してるように見えるのは、私の気のせいかな?
ブスッとふてくされたみたいに眉をしかめた彼は、またため息を吐き出した。
「……ですが、あなたの謝意は受け取っておきましょう」
「! はい……!」
聞き逃しちゃいそうなほど小声で呟かれたレイモンドさんの言葉に、しっかり頷《うなず》く。
レイモンドさんの目が潤んでることに気づいたけど、指摘なんてしない。それにきっと、彼だって認めはしないんだから。
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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