135 / 164
◇第五章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?
第二十七話 「メロメロって、なんだろう」
しおりを挟むレイモンドさんの風邪は見事に悪化した。
おかげで、3日経った今でも彼はベットの住人になってる。
うん、当然といえばそうだよね。だって倒れたばかりの人が起き続けて長話をしたんだから。それは症状もひどくなるよ。
その原因をつくった私としては、心苦しい。いっそのこと、風邪を代われたらいいのに。
この世界の医療は、そこまで発達はしていないみたい。
ううん、正確には内側からくるものはあんまりってところ。薬を処方はしてくれる。でも、メスを使った手術とか、そういったことは全くしてないみたい。
ただ外からの傷なら、そこにかけて治す薬がある。ゲームでいうポーションみたいな回復薬っていうのかな? さすがは魔法が存在するファンタジーな世界。
ちなみに、なくなった腕を生やしたり、死んだ人を生き返らせるような薬はないみたい。当たり前だよね。あったらあったで、倫理観とか崩壊しちゃうんじゃないのかな。
回復させる魔法は、一応は存在してるみたい。ただそれも、教会の一部の人しか使えなかったりするから、滅多なことでは呼ばない。それが許されるのなんて王家くらいの、貴重な人材なんだって。
こっちの世界にも、何でも治すような都合の良い物なんて存在しないのは、一緒なんだって思った。
風邪をひいてるレイモンドさんは、医師に診察を受けて煎《せん》じてもらった薬をもらってる。
つまり、それを飲んで回復を待つしか完治の方法はないってこた。あと大事なのは、ゆっくり休むとか?
……だけどそれも厳しいよね。休憩中とかに様子見に会いに行くたび、「仕事が溜《た》まるのは避けたいのですが……」ってぼやいてるから。
気もそぞろだったら、なかなか治せないんじゃないのかな。
彼の気持ちも、わからなくはないよ? ずっと寝たっきりも、気分が滅入っちゃうよね。
でもだからって彼の主張通りに仕事を渡すのなんて、本末転倒だと思う。
身体に負担をかけないような気晴らしの方法って、何かないかな?
読書? でも、ずっと目を使ってたら疲れるし。
あと、風邪を治すときにするようなことと言ったら……?
「あ、いいかも」
一つパッとひらめいた。良い案だとは思ったけど、通るかはわからない。
とりあえず、さっそくセバスチャンさんに提案しに行こうかな。善《ぜん》は急げっていうもんね。
◇
「坊ちゃまの食事を変えたい、ですか」
ふむ、と呟いてるセバスチャンさんはあごに指をあててる。生えそろってる白ヒゲをなでつけて、思考にふけってるみたい。
「臥《ふ》せてる者には適した物をご用意しておりますが、それでは無い物をということですかな?」
「はい。あ、いえもちろん、病人食をとは思ってます。だけどいつも同じ物だと、さすがにどうかなと思ったんですけど」
食事に変化があったら、少しは気も紛《まぎ》れるんじゃないかなって思うんだけど。
それに私ができそうなことと言ったら、これしか浮かばなくて。本を用意するにしても、彼の好みがわからないし。
「なるほど。であれば、よろしいかと思います。坊っちゃまのあなたからの申し出とあらば、断りはしないでしょう」
「! ありがとうございます!」
「いやいや、なんのこれしきのこと」
セバスチャンさんはそう言うと、楽しそうにヒゲを揺らして笑った。
「ときにクガ様。坊ちゃまとはその後、いかがですかな?」
「? レイモンドさんと、ですか?」
何を聞きたいのかな? いまいち、セバスチャンさんが言いたいことがわからないんだけど。
「昨日お会いしたときは、仕事ができないことに文句言ってましたけど」
昨日どころか、お見舞いに行くたびに愚痴られてる気がする。どれだけ仕事を求めてるのかな。レイモンドさんって元の世界で言うワーカーホリックだよね、完全に。
「おや。私めが問いたかったのは坊ちゃまの仕事中毒とは異なるものでしたが、上手く伝わらなかったようですな」
「? 違うこと、ですか?」
何かな? ああ、もしかして数日前の私みたいに思い違いしてて、レイモンドさんと険悪なんじゃないかって心配してる、とか?
「レイモンドさんとは仲直り……ううん、正確には和解? したので大丈夫ですよ?」
「お尋《たず》ねしたかったこととはまたもや異なりましたが、それはよろしゅうございました」
え、これも違うの? それなら、一体何のこと?
「ふむ……この様子ならば、未《いま》だその域まで達してない、ということでしょうな。やれやれ、坊ちゃまの甲斐性《かいしょう》なしっぷりに、私めは涙がこぼれそうです」
「? どうして急にレイモンドさんの甲斐性《かいしょう》の話になったんですか?」
「ああ、爺《じい》やは情けないですぞ。成人した男としては致命的すぎます。最も、異性に関心を抱かない姿勢に一番の要因がございますねぇ」
って、全然人の話を聞いてないですね……。質問したのに、それすら気づいてなさそう。
あらぬ方向に嘆いてるけど、全く話が読めない。セバスチャンさんが何に情けなさを感じてるのかも不明。
とりあえず、もう行ってもいいかな? レイモンドさんの食事も用意したいし。
「クガ様っ!」
「!? っはいぃっ!!」
なになに!? もしかして逃亡しようとしてたのがバレたとかっ!?
すっごく眼力込められてるんだけど、やっぱり怒らせちゃったのかな?
セバスチャンさんの気迫に圧《お》されてたら、両肩をガッシリつかまれた。逃亡防止の手かな、これって!?
「もはや坊ちゃまには、そういったことは期待できませぬ! 何卒《なにとぞ》、クガ様の方から水を向けてはいただけませぬか!」
「は? いえ、その」
「よろしくお頼み申しますぞ!」
だからあの、聞いてください。
私はそもそも、セバスチャンさんが何をよろしく頼みたいのかまだわかってないんですけど。
「坊ちゃまの心を射抜いて、ぜひともメロメロに仕立てあげるのです!」
「っ!? それはどういう――っ」
「任せましたぞぉぉおおおおっっ!!」
ちょっと待って!? なんだかよくわからないうちに頼まれたよ!?
しかも、言うやいなやすぐさまどっか去っていった!? っていうか早いよ、セバスチャンさん! 早歩きでなんで一瞬で姿が見えなくなるの!?
これって間違いなく、言い逃げ?
だけど、結局セバスチャンさんが何を言いたかったのか、サッパリわからなかったんだけど。
「メロメロって、なんだろう」
壮齢のセバスチャンさんの口から出るには、パワーワードすぎるんだけど。
とりあえず。たぶんだけど、レイモンドさんともっと仲良くしてって言いたかったのかな?
……うん。きっと、そうだと思う。そう思うことにしよう。
決して、深く考えるのが面倒になったって訳じゃない。……たぶん。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
気がつけば異世界
波間柏
恋愛
芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。
それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。
その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。
これは現実なのだろうか?
私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる