ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第三十四話  「この状況でも、何もしないと言い切れますか?」

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 夕食の場での宣告がよっぽどショックだったみたいで、あのあとの記憶が飛んでる。なんというか、ハッと気がついたら朝になってた。

 食べた覚えも、むしろ部屋に戻ったことすら思い出せないんだけど! 無意識のうちに済ませたんだと思う。そうであってほしいな。
 さすがに誰かに運ばれたりとかじゃないって信じたい。申し訳なさすぎるから。

 それにしても、舞踏会って……。

「--?」
「……」

 そもそも舞踏会って何!? 踊《おど》って食べる催し物って認識で合ってる!? でも誰と踊るの!?
 ううん、根本的にそうだとしても踊ったのなんて、運動会の出し物くらいなのに! 経験なんてゼロ! 純日本人の平民にそんな機会も普通ないよね!?

「聞いていますか?」
「っ!? あ……」

 顔を上げたら、こっちを訝《いぶか》しそうにうかがってるレイモンドさんがいた。
 彼の特大の執務机の上には、見慣れた書類の塔がそびえ立ってるのが見える。

 そうだ。さっきまでいつも通りレイモンドさんの仕事のサポートをしてて、それで……。

 目が合ったかと思ったら、いきなりため息を吐かれた。

「集中力を散漫させていますね。こちらが何度呼んだと思っていますか」
「ご、ごめんなさい。全然気づかないで……」
「大方、昨日の件でも考えていたのでしょう?」

 はい、その通りです。
 でも仕事に持ち込むなんて、ダメすぎる。せっかくレイモンドさんが信用してくれて、任せてくれたのに。
 こんな状態じゃ、足手まといにしかならないよね。

 レイモンドさんにこれ以上迷惑をかけないように、集中しないと。

「あの、これから遅れた分を頑張って取り戻します」
「……いえ、それよりも」

 え、もしかして解雇宣言?
 だから言いづらそうに目を泳がせてるの?

「やめさせないでください!」
「はぁ?」
「っ! ごめんなさい、仕事に集中してなくて。前まで以上に精一杯やります。だから……!」
「何を勘違いしているのかは知りませんが、あなたを手放す気など毛頭ないのですが」

 え? 勘違い?
 じゃあ解雇とかじゃない?

「よ、よかったぁ……」

 ホッとして、つい笑みが浮かんだ。きっと緊張感がない、フニャフニャの情けない顔になってる。だけど、取り繕う気力は湧かない。
 しょっぱい表情をしてるレイモンドさんには悪いけど、これくらいは見逃してほしいな。

「あなたは…………ハァ。異性の前でそのような無防備な顔を開けさせるとは、まるで警戒心がないようですね」
「警戒心って言われても、レイモンドさんは私に何かしないですよね?」

 だからべつに、気にしなくたっていいんじゃないかな。
 首を傾けるしかない。だって、私なんかより全然いい人がより取りみどりなんだろうし。

 仕事もできて、貴族で、おまけでなんだかんだで世話好き。中性的な整ったキレイなインテリ系のイケメン。毒舌と皮肉屋なのがたまにきずだけど。
 総合的に見たら、特上の優良物件でしょ? 女の人が放っておかないんじゃないのかな。

 女の人に囲まれてモテモテなのがピッタリの彼が、わざわざ私にそういうことするなんて、ナイナイ。
 改めて納得して頷《うなず》いてると、ふいに目の前が暗くなった。

 レイモンドさんの私室に備え付けてあるソファーに座って、正面のテーブルに書類をおいて仕事をするのが常だった。
 そんな私の前に、レイモンドさんが立ちふさがってる。

 見上げるかたちになってるせい? 何だか、変に威圧を感じるような……。

「レイモンド、さん?」

 眉間に特大のしわをこしらえてるけど、どうかしたのかな?

 じっとしていたら、レイモンドさんがかがんだ。
 彼の手が置かれて、背の低い長テーブルのきしむ音が、やけに遠くで聞こえる。
 あれ、何だか……すごく、近いような?

 おかしいって感じた頃には、彼のもう片方の手が私の顔のすぐ横のソファーの背もたれにつかれてた。
 これってほとんど、囲いこまれてるよね?

 彼の翡翠みたいな目が、近づいてくる。瑞々しい新芽みたいな緑の髪が、わずかに揺れる。
 レイモンドさんの瞳の奥に映る、驚きすぎて固まってる私と、目が合った。

 鼻先が触れちゃいそうなくらいの近距離。視界ほとんどが、彼の持ってる緑色で埋められてて。
 近づいてもイケメンで、肌がきめ細かいし、まつ毛なんて女の私よりも長いし、何だかさわやかな森林の中にいるときみたいな香りもする!?

 脳内処理が追い付かないよ! そもそもどうしてこんなことになってるの!?

「この状況でも、何もしないと言い切れますか?」
「そ、れは……」

 レイモンドさんの目が真剣そのもので、視線を外せない。
 「冗談ですよね?」なんて聞けば、きっと「そんなこともわからないのですか」なんてため息と引き換えに離れてくれるはず。
 そのはずだと、思うのに。

 どうして、私は、聞くことができないの?

 レイモンドさんのただならない空気に、圧されてるから?
 ……それは、もちろんあると思う。

 でも、それだけじゃなくて。聞くのが怖い。

 レイモンドさんの口から、私をそういう対象じゃないって宣告を受けたくない。
 私じゃなり得ないって、自覚はあるのに。彼から直接言われることを想像したら、胸の奥がキュウッと苦しくなる。

 こんなの、まるで--

「……っ」

 息を飲んだ音が、聞こえた。
 そんなわけ、ない。そうハッキリ否定できたらいいのに。

 でも、その否定するための材料は全然なくて。
 ううん、むしろ今、レイモンドさんとの距離を意識したら……!

 心臓がまるで、意志を持ったみたいに主張してくる。早くなってくる鼓動のせいで、めまいがしそう。

 これ以上正面からレイモンドさんを見つめたら倒れそうで、とっさにうつむいた。
 心もとない気持ちを落ち着かせたくて、手のひらを握り込んだ。全然、効果なんてない。逃げたくたって、レイモンドさんに囲まれてるからできないし。

 せめて瞳を閉じたら…………。
 ううん、ダメ! 視界がなくなった分、レイモンドさんとの距離とか、彼からする匂いが鮮明にわかるようになっただけだよ!
 どうしよう。逃げ場がないんだけど!?

「……黙りを決めていますが、少しは警戒心を抱きましたか?」

 私が無言になったのを、そう考えてたみたい。
 警戒心うんぬんの話じゃない。私は、レイモンドさんが聞きたい部分じゃないところで、混乱してた。
 単に私に警戒心を持たせるためにやってるの? それとも、本気で何かしようとしてるの?
 
 ただでもこの感情に収拾がつかないのに、レイモンドさんの意図を汲み取るなんて無理だから!
 頭がうまく回らないよ。これじゃ、レイモンドさんにどう返したらいいのかわからない。

 このままの会話の流れだと、私が黙ってても、レイモンドさんに「私のことなんて何も思ってない」って言われそう。
 レイモンドさんにしてみたら、いつもの皮肉や毒舌の延長なんだろうけど。それでも、言われたくない。

 だからって、どうしたら聞かなくてすむのかなんて、こんな状況じゃ考えもつかないよ!
 
 なんで!? どうしてそもそも、レイモンドさんはこんなことしてくるの!?

 私はこんな悩んでるのに、レイモンドさんはちょっと不機嫌みたいだし。私何かしましたか!?

 悔しいし、レイモンドさんに対象外なんて言われたくないし、すっごくドキドキする。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、収拾がつかなくって。

 なんかもう、むしゃくしゃしてきた!
 せめてレイモンドさんに、一言文句くらい、いってもいいかな!? 

 顔を上げて、近くにある彼の顔を睨んだ。パニックのせいで半分涙目になってたから気迫なんて少しもないとは思うけど、せめてもの反抗心で。

「レ、レイモンドさんは、意地悪、です……!」
「っな!?」

 よっぽど私、情けない顔してたのかな?
 めずらしくレイモンドさんってばすごく動揺しちゃってるよ?

「何を考えているのですかあなたはっ!? この状況で何故その顔を向けますか!?」
「そ、そんなこと言われたって、仕方ないじゃないですかっ!」

 こんな体勢だからこそ、レイモンドさんが嫌がるような顔になってるんです!

「い、嫌なら離れてください!」
「そのような問題ではないでしょう!? そして何故自ら首を絞めるように次々と行動を起こすのですか、あなたは!?」
「え、ええっ! 意味がわからないですよ!?」

 どうしてますます怒ってるのか、理解できないよ! 自ら首を絞めるってなんのこと!?

「ええ、そうでしょう。そうでしょうとも、自覚があるなら、末恐ろしくてたまりません。アルフォードをたぶらかしていることもふくめれば、容易くこの国を堕とすことすら、あなたが望むならば可能でしょう」
「よくわかりませんけど、レイモンドさんの発言のほうが末恐ろしいです!」

 あと、急に声のトーンを落として、呪詛《じゅそ》みたいにブツブツ呟かないで!?

「あなたは、」 

 レイモンドさんの瞳と、目が合う。普段は冷静で生真面目な彼の目尻が、薄くピンク色に染まってる。
 その深い緑の瞳が頼りなく揺れているのは、どうして?

「あなたは、まるでわかっていません」

 わからないに決まってる。だって、こんな表情をする彼自体、初めて見たんだから。
 とがめるように言われても、どう返したらいいのかも考えつかないのに。

「他ならない私が、あなたの弊害《へいがい》に成り得るというのに」

 レイモンドさんが?
 何を言ってるの?

 彼の表情だけじゃわからない。心の中だって読めるはずもないし、それ以上話さないから情報だって少ない。
 ……だけど。

「平気ですよ」

 苦しそうな顔をしてるレイモンドさんに微笑んだ。笑うことで少しでも安心させられるんだったらいいんだけど。

「レイモンドさんは、私の邪魔になんかなりません」

 彼の言葉の意図なんてわからないけど、それでもこれだけは言えるよ。

「だって、レイモンドさんが私にしてきたことはキチンと筋が通っています。それに、周りのことを考えてくれてるってことも、知ってます」

 だから。

「レイモンドさんが邪魔になることなんて、ないです」
「……過剰に信頼しすぎですよ、あなたは。もしも、私の手前勝手な理由であるならば、どうするのですか?」
「レイモンドさんのワガママが原因ならですか?」
「そうです」

 ……ううーん、想像できないけど。もし、そうだとしたら。

「うれしいです」
「は?」

 めずらしい。レイモンドさんがあっけにとられてる。今日はいろんなレイモンドさんが見れて、楽しい。
 いつもは大人って感じのレイモンドさんの気の抜けた表情は、なんだかあどけない子どもっぽくてかわいい。

「だから、うれしいです。レイモンドさんが私にワガママを言ってくれるんですよね? それって、ちょっとは信用してるってことじゃないですか」

 まだ私の言葉をのみ込みきれてないのかな? レイモンドさんは、固まったままだし。説明がわかりにくかったとか?
 ううん、えと、つまり。

「レイモンドさんのワガママなら、私は大歓迎です」

 きっと、レイモンドさんが心配するほどのことじゃない。優しい彼だから、気にしてるんだと思う。

「むしろですね、レイモンドさんはもっと、周りにあまえるべきです!」

 自分を律しすぎる彼だから、いつか儚く折れちゃいそう。孤高のままなんて、似合わない。

 皮肉と毒舌で周りと距離を置いてるのかもしれない。
 でも少なくても、この屋敷にいる人達にはそんなの通用してないんだから。

 握りこぶしで力説しちゃうくらいには心配。「余計なお世話です」なんて、また失笑されるかもしれないけど。

「……っふ」

 ふ?
 私の口から出たわけじゃない吐息の音。それは間違いなく、近くから聞こえた。

 レイモンドさんが、楽しそうに笑ってる。破顔なんて、レイモンドさんはしないって思ってた。

「ふ、ふふふ……っ! あ、あなたは本当に、読めませんね」
「そうですか?」

 言葉を震わせるほどのこと? そもそも私にとったら、レイモンドさんのほうがわからないんだけど。脅かしたと思ったら、呆けて、笑い出すなんて。感情の動きが全くわからない。
 肩を揺らしてクツクツ笑う。そんな彼からは、いつもの眉間のしわがすっかり消えてた。

 最近知ったのは、私よりも少しだけ年上だってこと。今のレイモンドさんは、たしかに年相応に見える。

「私にあまえるべきだと言い出すのは、あなたくらいですよ」
「それは……そうなんでしょうか?」

 でも、ジョシュアさんもアンジェさんも言ってそうなイメージがあるのに。
 首を傾けた私に気づいて、肩をすくめた。

「あなたが考えられてるように、親は口にはします。けれどそれ以外では、そのような奇特な者はあなたくらいだということです」
「なるほど? でも、この屋敷にいる人達は皆思っているんじゃないでしょうか? セバスチャンさんとか」
「ああ、奴がいましたね。たしかに指摘通り、セバスは言ってもきました。両腕を広げて捕獲を試みてきたので、拒絶しましたが」
「ああー…………」

 その光景が目に浮かぶよ。レイモンドさんとセバスチャンさんって本当に仲良いよね。祖父と孫、みたいな?

「あなたの言うように、屋敷の者達もそう感じてはいるのかもしれません。ありがたいことに」
「ですよね、だからべつに変なことじゃ……」
「ええ。ですが実際、私にそのような苦言を吐いてきた変人はあなたのみです」

 楽しそうに瞳が揺れる。まるで、そよ風に揺れる日向の深緑の葉みたいに、レイモンドさんの目がキラキラしてた。

 どうしよう。
 こんなの至近距離で見せられたら、そんなの耐えきれるはずないよ。

 ただでさえ落ち着かない心臓が、とびきり一つ、大きく飛び跳ねた。

「せっかくですから、これからはあなたに存分にあまえましょうか。せっかくの申し出ですからね」

 普段たまに見せる意地悪そうな微笑みに、胸がキュンとなる。
 元々の顔立ちだけでもかっこいいのに、なんで色気まで漂わせてるの!? 無意識!? だとしたら、結構怖いよ!?

 耳に向けてグワッと熱が集まってくる。ああもう! きっと今手のひらで頬を押さえたって手遅れだよね。
 だってすでにレイモンドさんの目には、赤く染まりきった私の肌が見えちゃってるんだから。

「や、やっぱり、辞退しますううぅぅぅぅうっっ!!!」

 私の絶叫に、レイモンドさんはもう一度吹き出した。

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