ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第三十五話  「何を言い出すのかと思えば……当然でしょう」

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「ところで、先程私があなたにより発言を阻《はば》まれた内容ですが」
「……なんですか」

 ちょっとふてくされて低めの声が出たのに、レイモンドさんは聞かなかったフリみたい。
 レイモンドさんはひとしきり笑って、ストレス解消できたみたいでよかったですねぇ!? 私は全っ然落ち着かなかったのに!

「王宮での催しでは、ダンスをしなければなりません」
「……やっぱり、そうなんですか」

 踊るのは必須なの? 全然自信ないよ。運動神経だって、むしろ悪いほうなのに。

「あなたは経験など皆無でしょうから、講師をつけます。ついでにマナーも身につけていただきますので、明日以降は勤務時間を短縮する分そちらに当てます。その点、了承しておきなさい」
「はい」

 私の意思は関係ないんだ、知ってたけど。私としても大人数の目の前で恥をかきたくないし、望むところだけどね。
 素直に頷いたら、レイモンドさんは満足そうにそれを眺めてた。

「話は変わりますが、あなたは舞踏会に招集されたことについてはどう考えていますか?」
「え? どうって……突然すぎてついていけないというか、そもそもどうして呼ばれたのかなって思いますけど」
「そうでしょうね」

 率直な意見を言ったら、レイモンドさんから肯定が返ってきた。彼の中でも想定内の回答だったみたい。

「あなたは自身がこの国に対し、どれほど貢献をしたのか自覚はありますか?」
「貢献? ここで働かせてもらっただけで、そんなに大きいことは特にしてないと思いますよ?」
「この国の貴い身分の者達の間では、慧眼と素晴らしい教養を兼ね備えている、私と次々と商品開発を行った第一人者、という認識でまかり通っています」
「? 誰のことですか、それ」
「あなたのことらしいですよ」

 鼻で笑われたって。レイモンドさんが言ったのに。なんでトゲトゲした雰囲気を出してるの?

「あなたから異なる世界にある物を聞き取り、新たに産み出してきました。そこまでは相違ないですか?」
「はい。冷蔵庫とかですよね?」
「ええ。目覚ましい商品開発をしたことにより、関心や野心を持った者共が湧きまして。ささやかでもあまい蜜を吸おうと、社交への参加を煽る声が陛下と王妃が無視できない程に膨らみました。彼らが愚策をした結果が、それです」
「ええ……私の力じゃなくてレイモンドさんのおかげなのに」

 私関係ないよね? だって、こんな物がありましたよーって伝えてただけなのに?

「最初から感じてはいましたが、あなたは本当に自身の持ち得る情報の価値をわかっていませんね」

 あからさまにため息を吐かないでください。

「あなたが手にしている知識は、多くの人間が欲している金塊です。虫もその分多く引き付けられます。……マクファーソン家程の後ろ楯《だて》でなければ、王家に対抗することは叶わないでしょう」

 金塊って言われても、ね。
 そもそもこんなの、日本だったら当たり前の日常を話してただけだし。第一レイモンドさんに話すのだって、屋敷に同じ物が欲しいなって下心満載で受けたのに。
 それになんだかそういうのって、嫌な感じがする。陰謀というか、ドロドロとした裏事情が見えそうで。

「まぁもっとも、あなたが王家と懇意《こんい》になりたいというのであれば--」
「け、結構です!!」
「そうですか。あなたならば、そう答えるとは思いましたが」

 遮るかたちで答えたのに、レイモンドさんから文句の一つも返ってこなかった。それほど、切羽詰まってるように見えたのかも。

 むしろさっきまでささくれてたのに、機嫌が直ってる……? なんで?
 まとう空気が穏やかになってることはうれしいけど、キッカケがわからないよ。

「ともかく、あなたはそこで様々な者の目にさらされるでしょう。あなたの本来の出身に着目されては厄介です。以前の私のように、内通者と疑う者も現れるでしょう」
「それはそうですね」

 結構注目を浴びてるんだったら、下手なことは言えないね。どんな人達が来るかは具体的にはわかってはないけど、油断はしちゃいけないことはわかる。

「そこで、これまで何故その知識が日の目に触れなかったかを、筋書きを考えました」
「え」


 ◇


 周りを海に囲まれた、遥か遠くの孤島。そこでは外交という概念が存在しないほど、孤立した土地だった。
 独自の文化で発展をしてきた島だが、あるとき災害が襲う。巨大な津波が、島の一部を飲み込んだのだ。

 リオン・クガも、その波に飲まれてしまった一人だった。

 運良く一命はとりとめたものの、波にさらわれ潮に押されたせいか、見たことも聞いたこともない地の海岸に流れ着いていた。
 漂流先から故郷に戻ろうにも、それがどこにあるかもわからない。

 困り果てた彼女は、情報を手に入れようと旅を始める。生き延びるために独学で学んだ結果、やがて様々な言語の読み書きや会話を身につけることとなる。

 その旅の道中で、マクファーソン家当主、夫人に気に入れられた彼女は彼らの保護下に入った。
 全く土地勘や一般常識を持ち合わせない彼女を心配した慈悲深い彼らは、後見人を受け持つことを決めた。

 その対価として、彼女は自身のいた島で得た知見を差し出す。パンプ王国では極めてめずらしい、特異な文化や技術を。
 こうして、マクファーソン商会は、新たな商品開発へと着手することとなったのである――


 ◇


「待ってください。一体誰のことですか」
「あなたのことですね」
「私漂流されてきたんですか?」
「そうですね、流木のように。そういう設定ですから」

 そんないけしゃあしゃあと。嘘と真実をうまく混ぜ合わせてるし。

「大体、そこまで流されて生きてるって。私、超人じゃないんですよ?」
「得体の知れないという点では似たような物でしょう」
「全然違います!」

 そこは断固として否定するから!

 首を左右に振って力強く否定したら、レイモンドさんは軽く肩をすくめた。あきれた様子とかはないから、さてはからかいましたねっ?

「まぁそれくらいのことは、水の精霊に気に入られている者ではあり得ない事象ではありません。水泡で包まれる、潮の流れを弱めていただくなどして、命を救われた者も過去にはいます」
「そ、そうなんですか……?」
「あなたの場合は端的に『ファロード神のお導き』とだけ答えればよいでしょう」
「…………たしかに」

 間違ってないよね。神様に飛ばされてきたんだから。導きというより、拉致《らち》って感じだけど。

 でも、舞踏会でなんか粗探しとかされたりしないかな? うまくごまかせる自信ないよ。
 不安が顔に出てたのかな、レイモンドさんにこれ見よがしにため息を吐かれちゃった。

「……そのような情けない顔をするものではありません。べつに、獲って食われるわけでもありませんから。搾取はされるかもしれませんが」
「余計怖くなったんですけど!?」

 どうしてもっと不安要素を増やすんですか!?
 そもそも、搾取ってなに!? 私何を搾り取られるのっ? 生気とか!?

「仕方ありませんから、私から離れなければ火の粉を払うついでに慮《おもんばか》りましょう」
「……え」
「何ですか。まさか、私からわざわざ提案したというのに不満でも?」
「いえ! そういうことじゃなくって! その」

 レイモンドさんの言葉をそのまま受け取るんだとしたら。つまり――

「舞踏会の間、傍《そば》にいてくれるんですか……?」

 レイモンドさんから離れなければって前提は、私が最初からそこにいないと成り立たないわけで。
 そう言い始めるってことは、そのつもりがあるってことだよね?

 意味が合ってるのか自信がなくて、そっとレイモンドさんの様子をうかがってみた。
 え、なんで理解不能みたいな顔をしてるのかな? やっぱり、私の勘違いだったとか?

「何を言い出すのかと思えば……当然でしょう」
「っ!?」

 断言!? え…………ええ!?
 心臓がドクッと音を立てたのが、自分でもわかる。

 こんなの、こんなこと言われたら……! ド、ドキドキしちゃうのに決まってるのに!
 何なんですか、レイモンドさん! どうしちゃったんですか!? そんなこと言う人じゃなかったよね!? 

「パートナー同士が離れるのは、眉をひそめられますからね」
「…………? ぱーと、なー?」

 え、何それ? パートナーって、何の?
 思わず首を傾けたら、レイモンドさんのスッと整った細い眉がつり上がった。

「まさかあなた……昨晩言われたでしょうに、聞いていなかったとは言い出しませんよね?」
「ええと……その。まさかだったりするかも、しれません、ねー?」

 目を泳がせつつ、かろうじて答えとく。視界の隅で、レイモンドさんが特大のため息を吐くのが見えた。
 うっ……ごめん、なさい。意識がどこか行ってて、聞いてなかったです。

「舞踏会は男女一組で参列が基本です。婚姻済みの者や婚約者が存在する場合は、その相手と。相手がいない場合、親族、もしくは婚約目前の極めて親しい相手と組むのが通例となります」
「なるほど……?」

 いわゆる、体育の時間で言うペアを組んでーっていうのかな?
 ということは、私は親族もそういった人もいないから、レイモンドさんに白羽の矢が立ったということ?

「あなたをマクファーソン家の保護下にあり、かつ、深い縁がある者としめす必要があります」
「そこで、レイモンドさんにその役が回ってきた、ということですか?」
「その通りです」

 なるほど、理屈はわかったよ。最適なのが、レイモンドさんだってことも。

 ……でも、よかったのかな。レイモンドさんの相手が私で。
 婚約者の人とか、恋人とか、いたりしなかったの?

 この世界のことは、わかってないことも多いけど。昔の日本とか中世ヨーロッパは、私とかレイモンドさんくらいの歳だと相手がいるどころか、下手したら子どもまでいることが普通だったって聞いたことあるよ。
 だからレイモンドさんも、そういった関係の人がいたって、おかしくないはずで。

 あ、れ? そう考えたら、なんだかモヤモヤしてきたよ。
 私にとってはめずらしくて、見るとうれしくなるレイモンドさんの笑顔も、その相手にとってみたら普通なのかもしれない。

「その不服そうな顔は何ですか。私が相手ということに、苦言があるとでも?」
「いいえ、そういうことじゃなくって……」

 勘違いされてる? 首を振ったのに、レイモンドさんに嘲笑された。唇をへの字に曲げてる彼は、とっても不機嫌そうで。これは、全然納得してないっぽいよね。

「どうでしょうか」
「本当に、そうじゃなくって」
「私よりも、アルフォードやルイスのほうがよかったのではありませんか? まぁ残念ながら? 私で我慢していただくしかありませんですので、諦めてください」
「? アルにハーヴェイさん? なんで、二人の名前がここで出てくるんですか?」

 今、そんな話してなかったよね?
 べつに私は、レイモンドさんに不満なんてないのに。我慢だってしてないよ、むしろ……。

「私は、レイモンドさんがその相手で、よかったって思ってます。我慢なんて、してません」
「……」

 レイモンドさんが、ジッと様子を見てるのがわかる。視線を顔に強く感じて、目を合わせた。
 彼の深い緑の瞳が、私の言葉の真意を探ってる。嘘なんてついてないから、疑うことなんてないんだけどな。

「私は、『レイモンドさんいい』んじゃなくって、『レイモンドさんいい』です」

 目を見開くレイモンドさんに、凝視されてる。少しは、信じてもらえた?
 安心してほしくって、笑いかけた。

 うん、やっぱり、レイモンドさんがいい。

 少しずつ、彼の頬が色付いてく。私にその変化が見られたのが、バツが悪くなったのかな? 慌てた様子で顔を背けられた。

「あ、あなたという人は……! 言っていて恥ずかしくはないのですか?」
「いいえ?」

 だって、本心だからね。
 それに、レイモンドさんの誤解が解けるならこんなの苦じゃないよ。

 私がそもそも、ごまかしたからいけないんだし。こうなるんだったら、最初から臆病にならないで聞けばよかった。

「レイモンドさんこそ、私が相手でもいいんですか? 婚約者とか、恋人とかいたりしたら、相手に悪くないでしょうか」
「……そのような相手はおりません。」
「そう、なんですか?」

 よかった。
 …………あれ? どうして私、ホッとしてるの?

「だから仕方ありませんから、あなたで構いませんよ」

 言葉だけだったら、いつもの憎まれ口だってわかる。そのまま受け取ったら、落ち込んじゃうような内容だけど。
 でも、今の彼の様子を見たらそんなこと感じない。

 だってレイモンドさんは、仕方ないって言いながら、私に笑いかけてくれるから。

 彼の表情に、胸の奥がギュッと切なくなる。目を逸らさないと心臓が痛くなるくらい鼓動が早くなるのに、ずっと、瞳に映していたくって。

 自覚なんて、なかった。ここまで深みにハマるまで、一ミリだってわかってなかった。

 でも、レイモンドさんの表情を見てたら、急にストンと心の中に落ちてきた。まるで、当たり前みたいに、常識みたいに、わかってしまった。


 ――この感情は、きっと。


 わかった途端に泣きたくなる。だって、私は、いずれ元の世界に戻らなきゃいけないんだから。
 それに、きっと彼からは、そういった感情は向けてもらえない気がする。
 私は彼の妹だった女の子に顔つきが似てるみたいで、かつ雇用主側と雇われ側。こんな状況、どう考えたって見込みなんてないのに。

 この屋敷に居続ける限り、私は、この想いを抱えていかなくちゃいけない。
 彼の傍《そば》にいることは、うれしいことなはずなのに。自覚したら、こんなにつらくなるなんて。

 ほろ苦くて、あまくて。お菓子ならおいしく食べれるのに、この感情はのみ込めそうにないよ。

 レイモンドさんに悟《さと》られたら、もしかしたら彼は私は私を遠ざけるかもしれない。それは嫌だって、心の中の私が叫んでるから。

 だから、バレないように隠さなくちゃ。私まで気づかないくらい、箱に閉じ込めて頑丈に鍵をかけてしまえ。

 私がレイモンドさんを好きだなんて、不毛な感情は二人にとって邪魔になるだけだから。
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