ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第三十六話  「全く、やっていられないね」

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 それからの日々は、ゆっくりと、でも着実に流れていって。
 レイモンドさんに宣告されたように、1日のローテーションにダンスとかマナーのレッスンが組み込まれた。

 最初はレッスンの先生からの叱《しか》りの言葉の嵐だった。だけどそれが、賛美にちょっとずつ変わってきてる。もしかしたら、及第点をあまくしたのかもしれない。
 でも、それじゃダメ。だって、私のパートナーは、レイモンドさんなんだから。

 付け焼き刃だとしても、彼の隣に立つからにはできるだけ上達しときたいな。私の存在で、彼が周りに蔑視されることは絶対に避けなきゃいけないから。
 重荷になんてなりたくない。私のことで、マクファーソンの人達に迷惑をこれ以上かけたくない。

 くたくたになるまで動いて、筋肉痛になったって。それじゃ足りない。

 見たことも聞いたこともない、全くの別の世界に放り込まれた私を、支えてくれた優しい人達。
 住む場所にご飯、働く場所さえ、分けあたえてくれた。

 私は、皆に一体何を返せるんだろう。

 考えても、私にできることなんてたかがしれてる。
 それでも、精一杯足掻こう。それくらいの誠意は見せたい。

 ……あと、もしかしたら、レイモンドさんに少しでも良く見られたいなって、そんな下心も込みだったり。
 関係を変えたいとか、好きになってほしいとか、おこがましいことじゃなくって。

 私は、彼の前で胸を張っていたい。
 舞踏会で引け目を感じないような、図太い神経までは持ち合わせてないけどね。


 ◇◇◇
 

「そう、君も来るんだ」
「うん。その口振りならアルもでしょ?」
「ふふ、そうだね。会場にはいるはずさ」

 久々に顔を見せたアルに度肝を抜かれたのは、ついさっきのこと。
 レイモンドさんも顔をしかめてたから、どうやら事前に知らせずに来たみたい。

 レイモンドさんの補助をしてる最中に、悪びれず入り込むアルの心臓は、私のとは違うんだろう。
 あんな虫けらを見るみたいに蔑んでいるレイモンドさんにたてつく度胸は、持てそうにない。もちろん、見られたくだってないけど。

 仕事の途中だったレイモンドさんに頼まれて、一足先に休憩がてらアルの応対を来客室でしてる。
 『あなたを気に入っているようなので、側につけておけば徘徊《はいかい》もしないでしょう』なんて見込まれたけど……。私には来客対応というより、友人と話してるだけって感覚に近いかも。

「君のパートナーは、おそらくレイモンドかな? 今からでも私に鞍《くら》替えする気は起きない?」
「え……ううん、そんなことするつもりはないよ」

 パッと思い付きで変えるなんて、レイモンドさんにもアルにも不誠実すぎると思う。それに、レイモンドさんのパートナーで参加したいから。

「ふふ、即答されるとはね。ああ、残念だよ」
「そういいながら、笑顔だけど?」

 すごく満足そうに笑ってるから、惜《お》しんでる気配ゼロにしか見えない。はっきり言って、胡散臭《うさんくさ》い。

「いや、ついね。君とあいつは、順調に仲を深めてるようでなによりだ」
「最初の頃に比べたら、そうかな?」
「ふふ、私の発言の意図がわかっているのにその遠回りな言い方。君らしくないね?」
「……」

 思わず黙った私を見て、ますますアルは笑みを深めてる。
 そうは言っても、アルの期待するようなことは何もないのに。そもそも私とレイモンドさんはそういう関係ですらない。

 ……私が一方的に想ってるって点では、案外的はずれじゃないけど。
 それでも下手に邪推されるほうが問題。もし、レイモンドさんの耳に入ってぎこちなくなったりするほうが嫌。

「ああ、私に料理を作るという約束さえ反故されたというのに……! あまりにもつれなくて、涙がこぼれてしまうよ」
「うっ! それは、申し訳ないなとは思うけど……で、でもそれは私だけじゃどうにもできないし。それと、アルは泣く気配全くないよね!?」

 悲しそうに表情をくもらせてるけど、それがわざとだってことくらい、楽しそうにきらめかせてる瞳を見たらわかるよ!

 アルに料理を作る件については、レイモンドさんの専属になる際に彼に話したんだよ、一応。けどね、レイモンドさんは「無視で結構」って一言。
 仕事を指令する立場の人に言われたら、従うしかないよね?

 一応、前に直接は話したのに。やっぱりまだ根に持ってたの?

「顔は笑ってるとしても、内情がどうかは本人にしかわからないさ」
「そう、だけど……!」

 正論だけど納得できないのはどうしてかな!?
 そして、こんな風にアルが駄々をこねるというか、屁理屈を言われるのは既視感がある。
 ちょうど、そう、料理を頼まれたときみたいな……。

「……何か要求があるんですか?」
「君からのキスがいいな」
「え…………」

 アルがニコリと優しそうに微笑む。表情とは裏腹に、彼の口から飛び出たセリフに、私の時間が止まった。

 キス。キスって魚の? それとも奇数の聞き間違い?

 固まった私を見つめて、アルは非常に楽しそうに笑ってる。「冗談だよ」なんて言葉を期待したいのに、彼はいくら待ってもそう告げてくれない。
 ということはまさか、本気で?

 ダラダラ嫌な汗が背中を流れてるのが、自分でもわかるんだけど。対するアルは、私の様子なんてわかってるはずなのに、それでも満面の笑みを浮かべてる。

「いや、え、え…………っえええ!?」

 現実これ!? なんで!? どうして、そんなこと言うの!?

「なっ、ど、どうして! そんなことしなくちゃ!?」
「もちろん、私がしてほしいからだけれども?」

 わぁ、端的でわかりやすい。……じゃなくって!
 え、ええ!? 本当に、するの? 私が?

 ファーストキス、なのに?

「ほら、早く」

 そっと目を閉じないでほしいよ! ノーは聞かないって姿勢なのがあからさまなんだけど!?
 するの? しなくちゃ、ダメ?

「~~っ!」

 うう、これってどうしたらいいの!?
 でも、アルはちょっとやそっとじゃ引かなそうだし、そもそも彼はマクファーソン家の賓客っぽくて、私は一使用人で、ここで拒否したらもっと大変なことを要求されそうだし……!

 ああもう、どうにでもなってしまえ!

 彼に近づいて、その端正な顔に近づく。長いまつげが、彼の陶器のような頬に影を落としてる。マジマジトなんて見ない! そもそも、アルが期待するようなことなんてしないんだから!

 プラチナみたいな輝きをまとってる髪を少しだけ、触ってめくる。想像以上にサラサラなんだけど! 私より髪質いいかもしれないよ。

 そこからのぞいた額に、優しく唇で触れた。ほんのり温かいって感覚がしたかしないかくらいで、パッと離れる。これで最低限の義務は果たしたよね!?

 ゆっくりとまぶたを上げたアルは、ふわっと緩んだ。紫紺の瞳が、イタズラそうに笑ってる。

「唇ではないの?」
「場所の指定まではされてないから! これ以上は聞けません!」

 リテイクを要求されないように、あらかじめ釘をさしとく。じゃないと、じゃあ今度は口に、なんてアルなら言い出しかねないからね!

「ふふ、そんな拗《す》ねないでほしいな。まぁ、レイモンドの愉快な表情が見れたことだから、これで良しとするよ」
「え……?」

 楽しそうなアルの様子に、嫌な予感がした。
 視線の先を確認したくないけど、そのままのほうがもっと悪いような気がする。

 恐怖心と進まない気持ちで、振り向くのがギシギシ音を立てそうなくらい遅い動きになってる自覚はあった。そこには、ちょうど扉を開けてまさに入室しようとした体勢のまま固まってる、レイモンドさんがいた。
 み、見られた…………?

 普段から眉間にシワは刻んでるけど、今のレイモンドさんの表情は、その比じゃない。なんて言ったっけ、そう、阿修羅像っていうのかな、あんな感じの表情で気迫がある。

 心なしか室温がグッと下がったような……。ついこの前花祭りで春の到来を祝ったはずなのにおかしい。寒気が止まらないよ。

「何をしているのですか、あなた方は?」

 ヒヤッとした冷気をまとった彼に視線で縫い留められて、身がすくんだ。のどからヒエッと悲鳴が上がりそうになって、それを必死に飲み込む。

「何って、キスかな?」
「……へぇ、そうですか」

 アルゥゥウウウウウッッ!? どうして火に油を注ぐみたいなことを言っちゃうの!?
 そしてなんでこの極寒地帯で平然としていられるのかわかんないんだけど!

 堂々としたアルの発言に、レイモンドさんの眉がつり上がる。目がスウッと細くなって、鈍い光を放ってる。

「あなたが押しきったであろうと、おおよそは見当がつきます」
「ふふ、そうだね。けれど、実際に行動を起こしたのはリオンだ」
「彼女の性格上、断れないことはわかっていたでしょう?」

 成り行きがバレてる!? それとアルは何をサラッと私も悪いみたいな言い方するの!? レイモンドさんはアルの言葉に否定してたけど。
 アルは、レイモンドさんの返しに軽く笑った。わかってはいたけど確信犯なんて、やっぱりアルって腹黒だよね。

「君が腹を立てているのは、私? リオン? それとも……自分に?」
「……あなたには、関係のないことです」
「そうかな? リオンが関わるのであれば、無視はできないよ? 彼女は、私のお気に入りだからね」
「……ッチ」

 二人が話してる内容の意図がわからない。私の名前が出てきてはいるけど、本人だって意識が全然皆無なんだけど。
 アルとやり取りしてるうちにレイモンドさんの気迫が薄くなった。

 あからさまなレイモンドさんの舌打ちにも動じないなんて、アルって本当、肝が太いよね。

「あなたも」
「っ!? は、はい!? なんですかっ?」

 今度は私に矛先が来た!?
 レイモンドさんにジロッと横目で睨まれて、声が上ずったのは仕方ないよね? 依然と機嫌が悪いってことが、鋭い視線にでてるんだけど。

「私は案内をしておくよう指示したはずで、このようなやましい接待を命じたつもりは毛頭ないのですが」
「やま!? 私だって、したくてしたわけじゃありません!!」
「ひどいね、リオンは」

 すかさずアルに和やかにツッコまれたけど、そんなの無視! そもそも言い出しっぺのアルのせいで、こんな事態になってるんだからね!?

「どうだか知りませんが、マクファーソン家の品位を貶《おとし》めるような行動は慎《つつし》みなさい」
「それは……! そうです、けど……」

 レイモンドさんの指摘はその通りだけど。私が悪いの? だって、強く拒絶していいのかもマクファーソン家の使用人になったからこそ、わからなくなって……。
 とっさにそんなの、わからないよ。しないほうが、不都合があるのかなってそう判断したのに。
 それをレイモンドさんにたしなめられたんだったら、本末転倒だよ。

 結局私がしたことって、余計なことだったんだよね?

「…………すみませんでした」
「……」

 レイモンドさんのしかめっ面が、ますますひどくなる。気まずくて、レイモンドさんの顔を見ていられない。私自身の表情も見られたくなくって、うつむいた。

 悲しくて、悔しい。なんで私、こんなに気落ちしてるのかな?
 気恥ずかしい思いをしたのに、怒られたから? それとも、レイモンドさんにあきれられちゃったから?

 ふと、気配が近づいてきた。頭上で深いため息が聞こえる。
 きっと傍《そば》に移動してきた彼は今、モノクルのかかった瞳を細めて私を睨んでるんじゃないかな。

 あごをつかまれて、グイッと力強く上げられる。
 無理矢理上がった視界には、やっぱり渋い顔をしたレイモンドさんがいた。

「っぷ!?」
「ですから、あなたは無防備すぎると言ったでしょう。少しは警戒心というものを身につけなさい」

 あごを支えてるほうとは逆の手に握られた、純白のハンカチで口元を拭《ぬぐ》われた。
 無造作に強くこすられて、まるで口が食べ物か何かがついて汚れてるみたいに。

 苦言は言われるけど、レイモンドさんにはあきれてる様子はないみたい?
 相変わらず不機嫌そうだけど、私にわざわざ触れてるってことはただ単に心配してるってだけなのかな。

 彼に嫌われたりしてないってことにホッとする。彼にいつも以上に構われてる事実がうれしいよ。レイモンドさんはイラついてるから、不謹慎かもしれないけど。

 頬がゆるんで、自然と笑いかけた。

「……はい、レイモンドさん」
「…………まるでわかっていないでしょう、あなたは」

 そんなことないのに。レイモンドさんってばどうして唇をますます強くこすってくるの? あんまりされたら、少し痛くなっちゃうんだけど。

「私は泥か何かな? 存在を忘れられていることもふくめて、不敬ではないかな?」
「っ!?」
「そのような些末《さまつ》な事でいちいち口を挟まないでいただきますか。第一、この扱いは自業自得でしょう」
「冷たいねぇ」

 アルに見られてるって意識、すっかりなくなってたよ!
 って、どうしてレイモンドさんは手を止めないの? 咎《とが》められたのに、聞く耳持ってないなんて彼らしくないよ。

 気恥ずかしくなって慌てて身じろいでも、あごをつかむ手の力が強すぎて逃げれそうにない。
 むしろ、レイモンドさんにつかまれる指の力がこもったような気がする。「動かないでください」なんて睨みと一緒に加えられたら、これ以上逆らいたくなくなる。

 は、恥ずかしいけど、素直に身を任せるしかないのかな?

「全く、やっていられないね」

 言葉とは裏腹に楽しそうに弾んだ声でアルに言われて、頬にカァッと熱が集まった。


 
 
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