ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇最終章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼と私の関係は何ですか?

第四十八話  「そのような顔で、見ないでください」

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「落ち着きましたか?」
「はい……」

 コクンと頷いたら、いくぶんかレイモンドさんの眉間のシワが薄くなった。
 心配、させちゃってたんだよね。申し訳ないよ。

「ごめんなさい。急に取り乱したりして」
「全くです」

 ここで否定しないところが彼らしい。
 おかしくなって笑ったら、レイモンドさんの眉がつり上がった。気にさわったのかな?

「これで、また借りが一つですね」
「!? まさかカウントするんですか?」
「さて、どうでしょうか?」

 じょ、冗談だよね?
 様子を探ってみても、レイモンドさんに鼻で笑われた。

「いいザマです。あなたはそのようなとぼけた面がお似合いですよ」
「バカにしていますよね?」
「どうとでも」

 そっぽを向かれる。冷たい態度に突き放してるような言動だけど、普段の様子からただ私をからかってるってことくらいわかる。

「あなたは何を好んで読むのですか」
「最近は色々読んでいます。レイモンドさんは?」
「……経済学問を扱ったものでしょうか」

 ここでも職業病が!?
 レイモンドさんらしいといえばらしいけど!

「物語は読まないんですか?」
「そのようなものを好むのは妹でしたね。我が家に入り浸りだったマッドエイプとともに、しばしば話に花を咲かせてました」
「マッドエイプ?」

 それって猿型の魔物だったような? そんなのが屋敷に出入りしてたとは思えないし、きっと誰かを指してるんだよね?

 レイモンドさんをうかがったら、目を細めていた。懐かしむ、慈しむ目をこことは違うどこかへ向けていた。
 今、彼の瞳には、昔の風景が映ってるのかもしれない。

 何で、彼はこっちを見ないんだろう?

 手を伸ばしてレイモンドさんの服のそでをつかむ。
 彼の濃緑のエメラルドみたいな瞳が、私を映してくれる。たったそれだけのことなのに、ホッとして息を吐いた。

「……? クガ?」
「っあ!? そのっごめんなさい!」

 困惑と驚きであふれたレイモンドさんの表情に、我に返った。
 つい、フラフラっと触っちゃったけど、気を悪くしてないかな?

 恐る恐る様子をうかがってみたけど、嫌悪とかは見えてない。ひとまずは安心、かな。

「何か?」
「いえ、何でもありませんから! 気にしないでください」

 問う彼の視線を、首を振って断固拒否する。
 だって聞かれたって答えられない。私自身がどうしてそんなことしたのかわかってないのに。

「……まぁ、構いませんが。それで、何か借りるつもりですか」
「えっ?」

 ここで1日過ごすつもりはないってことかな。
 私としても、ここで盛大に取り乱したから、場所を変えることには賛成だけど。
 ううん、もしかしたらレイモンドさんのことだから、そのことに気を遣《つか》ったのかも。

 ちょっと考えて、首を振った。

「いえ、やめておきます。この後も出歩くんですよね? だったら、荷物は少ないほうがいいです」
「そうですか」

 一つ頷いて、レイモンドさんは私を見下ろした。

「では、参《まい》りましょうか」

 そう言って、手を差し出された。
 これって……。

「……」

 戸惑ってその手と彼の顔を交互に見ていたら、ふてくされた声が落ちてきた。

「早くなさい」

 急かす言葉にうながされて、その手のひらをつかんだ。
 私より一回り大きい。体温が低めなのかな? ヒンヤリしてて、気持ちいいくらい。

 とっさにとった行動は間違ってなかったみたいで、彼は満足そうに頷いた。わずかに上がった唇の端を見上げて、ドキっとしちゃう。

 攫《さら》うみたいに私を引いていくレイモンドさんに導かれて、その場を後にする。
 
 レイモンドさんに聞かれて来た場所なのに気まぐれなのか配慮してくれたのかわからないけど、あっという間にこの場を去ることになった。
 振り回されてるっていう自覚はある。だけど、それも悪くないよね。

 薄々はわかっていた。けど、私は思いのほかレイモンドさんに惹かれてみたい。
 だって、手をつなぐだけで、こんなに飛び跳ねそうなくらい嬉しい。

 もしかして、だけど。これって、デートなのかな?
 ……そうだったらいいのに。

 レイモンドさんはどう考えてるの?

 私と一緒にいて、ドキドキしないのかな? 
 ちょっとでも女の子として見てくれていたらいいのに。

 そこまで考えて私は、思考が止まった。


 ……そんなの、無理に決まってる。
 だって、私の顔は彼の妹さんと似てるって聞いてたのに。


 最初から、恋愛対象外に入っちゃってるのに、一瞬でもそんなことを考えて悲しい。
 どうしてそんな大事なこと、忘れてたんだろ?

 期待しないほうが、楽だった。
 だけど、諦められなくて、ウジウジと考え込んじゃう。

 私の片思いで、独り相撲だってわかってるのに。
 
 元の世界に戻るんだったら、この恋だって、捨てなきゃいけないのに。

「どうかしましたか? また情けない顔をしていますよ」
「っ! あ……」

 知らないうちに彼とつないだ手に力を込めてたみたいで、レイモンドさんが私の様子をみていた。


 ――捨てられるの? この感情を。


 彼の瞳に映った私は、きっとすっごく弱い。
 元の世界に戻るならすべて捨てなくちゃいけないのに。それに揺らいでしまう私は、何?

 いつからなの? 引き戻せないくらい、感情がふくれ上がって破裂しそうなくらいになったのは。
 この感情が、想いが、諦めたくないって叫んでる。

 大好きな彼の瞳を、私で独り占めしたい。

 「好きです」と、こぼれそうな言葉を飲み込んで。私は自分の目が潤《うる》んでくのがわかった。
 いつまでこの感情を口に出さないで済むのかな?

 つらくて苦しくて、フワフワしてドキドキする。こんなグチャグチャな感情、先輩の時には感じなかった。
 きっと、私は本当の意味で恋をしてなかったんだと思う。

 だったら、今、レイモンドさんに感じてるのが初恋?

 だとしたら、まさに病だ。それ以外の表現がないよ。
 この病気が憎らしく思うのに、手放せなくてもどかしい。

「っ?」

 な、に……? 急に視界がなくなったんだけど。
 真っ暗で、何も見えない。目の上が何かに覆われてるような……?

 彼とつないでないほうの手で探ってみる。
 ……これって、もしかしてレイモンドさんの手? 何で私、顔を隠されてるのかな。

「そのような顔で、見ないでください」

 こらえるような、震えてる声が私の耳に届く。動揺で焦ってるの? でも、どうして?

「あなたは私の自制心を試しているのですか?」
「試す……?」

 聞き返しただけで、特大のため息が返ってきた。

「無意識に煽《あお》るとは、やはり危ういですね。それとも、バカの一つ覚えのように誰にでもしているのでしょうか?」
「何をですか?」
「……」

 またため息。教えてくれないの?

「いっそのこと、見えない楔《くさび》でつないでおきましょうか」
「!?」

 何故ですか!? 突然怖いこと言い出すなんて、ご乱心なの!?
 それほどまでに目にあまる変顔でもしてたかなぁ、私!?

「自覚がないとは、かくも恐ろしいことですね」
「だから何がですか!?」

 レイモンドさんの言いたいことがさっぱりわからない。

 しばらく離してくれなかった手のひらの下で、私はただひたすら?マークを飛ばしてた。
 結局、何がしたかったの?


 ◇◇◇


「わぁ……っ!」

 視界を埋め尽くす青々としげった緑。
 スッと吸い込んだら肩の力が一気に抜けそうなくらい、落ち着く清々しい空気。
 足元では色とりどりの小さな花が咲いてる。

 土地を囲んでるビニールの影響で、室内はポカポカと温かい。
 それが独特の空間って感じがして、ますますいい。

 この世界にも、植物園があるんだ。

 レイモンドさんに連れられてきた、一軒の建物。
 ここは、一種のアミューズメント施設で、いわゆる植物園みたい。

 とは言っても、こっちの世界だとこういった施設にはお金がかかるみたい。だいぶ高い値段の入場料が設定されてた。
 戸惑っているうちに、私の分も強引にレイモンドさんが支払ってしまった。慌てて払うと言っても、聞き入れてもらえずそのままおごってもらうことに。

 入場料の影響なのかな。周囲にはポツポツとしか人がいない。互いに距離を置いてるから、会話までは聞こえないと思う。
 だからってわけじゃないけど、ちょっとはしゃいじゃう。なんだかほぼ貸しきりに近い状況で、異世界の色んな種類の植物が見れるんだから。

 だから私が興奮しちゃうのも仕方がないことだと思う!

「アホ面ですね」
「だって、ほら! 見てください! 見たことがない植物がたくさん!」
「それほどめずらしいですか?」
「はい! ランタンみたいに光ってる花とか見たことがありません! あ! あっちは鈴が実ってる木がありますよ!」

 目移りして、どれもこれも気になっちゃう。
 目がいくつあっても足りないよ!

「あまり落ち着きがないのははしたないですよ。それに――」
「わっ!?」
「っ! ……ハァ、本当にあなたは」

 あちこち見渡してたら、いつの間にか体勢を崩してたみたい。そのまま、前のめりに倒れそうになった私を支えたのは、レイモンドさんの腕だった。

「す、すみません……」

 はしゃぎすぎた……! 恥ずかしい!
 バツが悪くって顔を伏せたら、レイモンドさんのため息が頭にかかった。

「あなたはバカですか。バカでしたね。いえ、もしくは幼子なのでしょうか?」

 チクチクと刺してくる! あきれた声だっていうのも追い打ち!
 言い返す言葉もなくって黙ったら、またため息を吐かれた。

「……仕方ありませんね」

 私を支えていた腕が、腰にそえられた。そのまま離れる気配がないけど……?
 キョトンとしてレイモンドさんの顔をうかがったら、眉をつりあげて顔を逸らされた。

「あ、あなたはほっておけば、またフラフラと動き回って転ぶなりしそうですから! 仕方がありませんから私が支えてあげましょう!」
「……」

 ……ふーん、仕方なく?
 頬どころか耳まで赤らめてるのに? 焦りまくって、どもってますけど? 目だって泳いで合わせてもくれない状態で?

「っふふ!」
「な、何を笑っているのですか!」

 こらえきれなくて笑い声がこぼれたら、レイモンドさんに睨まれた。
 だってそんなの、理由なんて決まってるのに。

「いいですか! あなたがみっともない様を見せれば、私まで品性を問われるので仕方なくですね!」
「ふふふ……はい、そうですね」
「~~っあ、あなた! 全くわかっていないでしょう!?」

 いえ、そんなことはありませんよ?
 レイモンドさんが私を心配してくれてるってことくらい、わかっています。

 彼の小言に近い抗議を聞き流しながら、私は笑顔を浮かべるのをとめることができなかった。


 ――ねぇ、レイモンドさん。少しは私のこと、女の子として意識してくれてるって思っても、いいですか?



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