ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇最終章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼と私の関係は何ですか?

第四十七話  「だって、私には他に何もないから」

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 落ち着かない朝食を終えて、レイモンドさんの私室、もとい仕事場についた。それからすぐに、衝撃的な言葉を聞いて、私は固まっていた。

「……え?」

 今、何て言ったの?
 ポカンと口を開けてた私に、不機嫌そうに眉をひそめる。モノクルのアーチに手をかけて、レイモンドさんはふてぶてしい態度で、「ですから」と言葉を続けた。

「本日は業務は行わないこととします」

 そっと窓の外を確認してみる。鮮やかなスカイブルーを背に、一羽の大きな鳥が飛んでいった。
 うん、見事な快晴。やりも氷も降りそうにない。

「聞いていますか」
「! はい」

 聞いてはいます。実感がわかないけど。
 背筋を伸ばした私に、彼は深くため息を吐いた。

 だって、あまりにも似合わないことを言うから。
 あのレイモンドさんの口からそんな言葉が出てくるなんて思わないよ。

「では、何をするのでしょうか?」

 というか、この場合私はどうすればいいの? 屋敷のほうの仕事に回ればいいのかな?

「あなたには関係がありません。……と、言いたいところですが」

 モノクルをいじりながら、レイモンドさんは私の顔をジッと見てきた。

「以前交わした約束を果たしてもらいましょうか」


 ◇◇◇


 ただあの後のレイモンドさんは一言。……『支度をなさい』って、どういうこと?
 唐突に言われたって、何がなんだかよくわからないまま。
 ただ、彼の無言の圧力に負けて、メイド服からは着替えて普段着にしてみたけど。これでいいのかすらわからない。

 しかもこっそり裏口から正門前まで来るようになんて、意味不明な注文のおまけまでついてきたし。
 従わない理由もないから、レイモンドさんの言う通りにしてみるけど。彼の狙いがさっぱりつかめないよ。

 他の使用人仲間の目にとまらないように、コッソリ素早く移動していく。

 待ち合わせ場所には、すでにレイモンドさんの姿があった。
 いつもの上質な服じゃなくって、下町ならよく見かける服。こういった服でもサラッとスマートに着こなせて、違和感もないようにできるんだからズルいよね。

 モノクルをいじりながら、わずかに眉を歪める。

「遅いですよ」
「無茶を言わないでください! 他の人に見つからないようにって、結構大変だったんですからね!?」

 時間くらいかかっても仕方ないんだから! 言いつけを守れたことを逆に褒《ほ》めてほしいくらい! 
 言い返した私を、冷めた目で見返してくる。なんですか、その目。

「あなた、あの言いつけを律儀に守ったのですか」
「? ええ、そうですけど……?」
「…………バカ正直とは、まさにこのことでしょうか」
「!? だって、レイモンドさんが……!」
「そうです、私が言いましたとも。ですが、そのように守り切るとは想定外でしょう」

 っ!? ということは、レイモンドさんからしたら、単なる冗談のつもりだってこと?

「……まぁ、枷《かせ》は変わらず付いているようですので、支障ありませんか」
「枷《かせ》?」

 レイモンドさんはあらぬ方向に目を飛ばしてる。
 あの、どこを見ているんですか? そこには木しかないですよね。まさか、見えない存在とか見えちゃう系だったんですか……?

 ちょっと沈黙が怖くなって、慌てて話題を差し替えとく。夏でもないのに、寒気がしそうな話は遠慮しときます!

「そ、それで! どうするんですか? そもそも、一体どうして正門に集合だなんて」

 ついっと視線を戻したレイモンドさんと目が合う。

「察しが悪いですね。外出のため以外、何があるとでも?」
「え? 出かけるんですか? これから」
「当然でしょう。それともあなただけ、あのまま屋敷に戻りますか?」

 戻れと言われたらそうするけど……。今朝のことがあるから、ちょっと気まずいかも。
 思わず言葉をつまらせたら、それ見たことかって言わんばかりに、鼻を鳴らされた。

「屋敷全体があの調子では互いに職務に身が入りません。仕方がありませんので、本日は便宜上休日としました」
「なるほど」

 だから屋敷の外に出るってことにつながるのかな。

「けど、どこへ行くんですか?」

 レイモンドさんは眉をひそめて私を見つめた。

「……感想はそれだけですか」
「え?」

 他に何かあるの?
 首を傾けたら、特大のため息を吐かれた。

「年頃の男女が出かけるというのに、この反応……まるで意識されていないのか、それともその方向の情操が発達していないのかどちらでしょうかね」

 ボソボソと呟いてる内容は聞き取れはしたけど、早口すぎて理解が追いつかなかった。
 レイモンドさんの言葉を反芻しようとしたら、クルリと背を向けられた。

「行きますよ」
「! ま、待ってください!」

 何も急に歩き出さなくても!
 スタスタと歩き始めたレイモンドさんに向かって、駆け出した。

「行くって言っても、どこへ行くんですか?」
「……そうですね、ではあなたがよく過ごす場所へ案内なさい」
「へ!?」

 私!?
 ビックリして、レイモンドさんの顔を弾かれたみたいに見上げた。
 緑の瞳は、私をジッとうかがってる。整った細い眉がわずかにつり上がる。

 早く言えっていう無言の圧力を感じる!

「い、行っても、目新しいものはないですよ?」
「構いません、言いなさい」

 どうやっても意見を曲げなさそう。
 むしろ、私の答えが気に召さなかったみたいで、不機嫌そうに目を細められた。
 冷たい眼差しは耐えれるけど、ますます機嫌を悪くしちゃうのは怖い。

 レイモンドさんが言い出したんだから、もし期待するような場所じゃなくてもいいよね?

「私が休日よく行く場所はーー」


 ◇◇◇


 レイモンドさんはため息を吐いた。

「……あなたに尋《たず》ねた私が愚かでした」
「だから、言ったじゃないですか。目新しいものはないですよって!」

 小声で言い返した。それでも、静かな辺りには響いちゃって気が引けちゃう。
 周りにはところ狭《せま》しと置かれた棚に、そこに並べられたたくさんの本。

 少ししかない明かりにフワッと巻き上がるホコリの粒があたると、キラキラ輝いて見える。

 私にとって見慣れた場所。それは王宮図書しか浮かばなかった。

「年頃の女性が選ぶのには、少々落ち着きすぎていませんか」
「そんなこと言われましても……」

 事実、私はここが休日での過ごす場所だから。
 日中はここの椅子と机が置かれてる場所を使って本を読んで、夕方には平日の夜読むための本をいくつか借りて帰る。それが、休日の流れ。

「それほどまでにあなたが本を好んでいたとは、知りませんでした」
「好き……そう、ですね」

 …………うん、そうかも。嫌いじゃない。物語は好きかな。
 でも、ハッキリ好きかって聞かれたら、肯定できなくって言葉を詰まらせてしまうけど。

 だって必要だから。
 知識を蓄えなきゃ、私は、元の世界に帰る方法も探れない。

 いつもここにいる理由なんて、ただ、それだけで。

 素直に頷けたら、どんなにいいかな。

「その気味の悪い表情は何ですか」
「え……」

 パッと見上げたら、不機嫌そうな彼の顔。
 レイモンドさんの眉間のシワが、さっきよりずっと深くなってる。

「おおかた、元の世界のことでも考えていたのでしょう」
「…………」

 否定できない。その通りだったから。
 特大のため息を吐かれた。あきれられた?

「以前から疑問だったのですが」
「……なんでしょうか?」
「あなたがそれほどまでに元の世界にこだわるのは何故ですか?」
「何故って……」

 どうして今更、そんなことを聞くの?
 靴を鳴らし、一歩こちらに踏み込んできた。

 すぐそばに身を寄せられて、その近さに身が引けちゃう。
 身構えた私なんて気にもかけないで、レイモンドさんは背をかがめてきた。

 彼の新緑の瞳が、私をのぞきこんでる。澄んだ瞳に映る私は、困惑していた。

「私がいるべきなのは元の世界で、ここじゃないからです」
「……それだけですか?」

 何が言いたいの?
 見返したら、レイモンドさんが目を細めてみせた。

「あなたは、自身のことを語ろうとしませんね」

 話しが読めないよ。
 語ろうとしないって、そんなことないよね?

「私はあなたの好物も、趣味も、元の世界で何をしていたかも、全く知りません」
「たまたま、話していなかっただけじゃないですか? それか、レイモンドさんが忘れちゃったとか……」
「そのようなことはないでしょう。機会はいくらでもあったはずです」

 それは、たしかにそうかもしれない。
 だって、こっちに来てから一ヶ月は経ったんだから。

「それどころか、あなたの口から、友人や家族すら聞いたことがありません。それがどれほど異常なのか、わかるでしょう?」
「それ、は……」

 否定したかった。でも、彼の瞳がそれを許してくれそうになくて。
 もしも私が誤魔化したり嘘をついたら、その途端に見透かされるってわかった。

「何よりも、何故先程のあなたの回答がそれを表しています」
「っ!」

 言い返せなかった。
 何故帰るのか。その理由を、私は――

『私がいるべきなのは元の世界で、ここじゃないからです』

 そう答えた。答えてしまった。

 震える。震えて、息がもれる。
 声が出ない。何か言わなきゃ。何か。

 無言になってしまった私を、レイモンドさんが見つめる。
 彼の表情は読み解けない。今、彼が何を考えてるのかも。

「あなたが固執しているのは……」

 やめて。
 聞きたくない。

 彼の続ける言葉が何かなんてわからない。だけど、それ以上は考えたくなかった。

「わ、たし、は……」

 やっと、唇が動いた。
 震えて、歯がカチカチとあたってしまう。どもってまともに話せないけど、ゆっくり吐き出していく。

「私は元の世界に戻らなきゃ。だって、私には他に何もないから……」
「……」

 そう、何にもない私が、さらになくしたら。一体どうなっちゃうの?
 残ったのは、久我《くが》璃桜《りおん》っていうただの抜け殻になる。

 それに何よりも、こっちにいるほうが怖い。
 もし、もしこっちでも――

「あなたが」

 レイモンドさんの声が、静かに響いた。

「っ……!?」

 気づいたら、レイモンドさんに抱きしめられてた。
 背中に当たるのは、彼の腕? 彼の指が、私の髪をすいていく。

 目の前には彼の服でふさがれて、今、レイモンドさんがどんな表情をしてるかわからない。そのことに不安を感じるよりも、彼の熱にホッとしてしまう。

 抱え込むみたいに、強く、強く抱きしめられて。息までしにくいくらいに。
 突然すぎて、訳がわからない。こんなことに、どうしてなったの?

 耳元で淡くため息を吐かれた。

「あなたが何も持たないなど、嘘でしょう」
「……そんなこと、あるんです」

 だって、そうだ。そうに決まってる。
 レイモンドさんは、否定した私を怒らなかった。

 ただ、私を抱きしめる力が強くなった。
 苦しい、けど。逃げ出す気には、何故かなれなかった。

「こちらに来て、従者に紛れて働いてきたのは誰ですか? 両親やルイスやアルフォード、屋敷の者と打ち解けたのは? 新しい食製品を生み出したのもあなたでしょう?」

 次々に降りかかる彼の言葉は、どれも温かいものばかりで。レイモンドさんの人柄をしめすみたいな、不器用で、遠回しで、優しいもの。

「私にここまで気を許させておきながら、何も持っていないなど。その考え自体がおこがましい」

 優しい声でなだめる彼が、私の存在をくい止める。
 
 いつの間にか、身体の震えがとまってた。染みこむ彼の体温で、私の心が凪《な》いでいく。

「私にはない多くの物を持っていながら、おびえないでください」

 服越しに伝わる熱は、あったかくて。涙が出そうだった。


 --ああ、どうすればいいのかな。
 こんなことを願っていいはずないのに。

 これからもずっと、レイモンドさんのそばにいたい、だなんて。
 
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