ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇最終章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼と私の関係は何ですか?

第五十二話  「あなたは何故こうも泥水を好むのですか」

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 久々の休日に、私は悩んでいた。

「……どうやって過ごそう」

 休日には、王宮図書館にいくのが習慣だった。だけど、レイモンドさんとこの屋敷から外出しない約束をしてる。
 もちろん、それをやぶるつもりなんてない。彼に迷惑をかけたくないし、過去になにがあったかを知っているから余計にできるはずない。

 だとしたら、やれることは。


 ◇


「お疲れ様です」
「おおっ!? よく来たな!」

 顔を出せば、強面の料理長、ヴェルツさんが出迎えてくれた。
 作業の手を止めて足早に寄ってくる。なんだか、ドーベルマンがしっぽを振って駆け寄る幻覚が見えるよ。

「今日は何をしに来たんだ!? 料理か!? 料理だろう!?」

 前のめりになって目を輝かせられたら、ノーなんて言えるはずない。元々、そのつもりで来たからいいんだけど。
 本能で少し後退ってしまったけど、それを誤魔化《ごまか》すためにあいまいに笑った。

「食材は何が余ってます?」
「何でも使え! クガなら許す!」
「ええ……?」

 いえ、ここってマクファーソン家の食糧ですよね。それでいいの、料理長。
 期待でキラキラさせた目を私に向けてくる彼に、頭痛がする。

 気を取り直して、食材の山をかきわける。果物も野菜も充分にある。
 ……あ、これは米かな。私が好きだって言うことを聞いてから、マクファーソン家では定期的に食事に出してくれる。非常にありがたいことに。
 米が入った袋とは別の袋を開けたら、そこには見覚えのある黒い豆が入ってた。

「! これって」
「お、それがわかるとはさすがだな! 最近市場に上がってきた、めずらしい豆だ。なんつったか、あー、ビカ豆、だったか?」
「どうみても、コーヒー豆……」

 黒色に一本線が入った豆。大きさは私の小指の爪程度。
 コーヒー豆なのはわかるけど、これってこの世界でどんな認識の食べ物なのかな?

「このビカ豆?ですけど、どういう風に食材として使われているんですか?」
「さっきも言ったが、最近南方の国から仕入れられ始めてな。どうやら現地では飲み物として愛飲されているらしい。勧められてすりおろす道具も購入したが、よくわからん」
「……調理法がわかるから購入したんじゃないですか?」
「俺がわからなくても、こういった変わった物はクガが何らかの方法で利用してくれるだろうとわかっていたからな!」

 ガハハと楽しそうに笑われても、完全に他人まかせじゃないですか。まぁ、予想通りわかりますけどね。

「それで!? これをどうするんだ!?」

 あ、もう使うことは決定事項なんですね。
 期待に目を輝かせてズイッと迫ってくるヴェルツさんに苦笑した。

「そうですね。じゃあ、これを使ってお菓子を作ります」
「菓子か! いいな!」

 パッと表情を明るくする彼に、現金だなって感じてしまう。
 毎回思うけど、この期待はどこからくるの。

 お菓子だけじゃなくて、普通にコーヒーもいれようかな。
 ……コーヒー、かぁ。
 レイモンドさん、好きそう。

 差し入れで持っていったら、飲んでくれるかな?


 ◇◇◇


 古めかしい木製の扉。威圧感を感じそうなほど重厚なそれに、親しみを持ったのはいつからだったか。
 銀盆を片手で持ちながら、空いているほうの手で3回ノックする。

「どうぞ」

 冷たい印象を受けてしまいそうなほど透き通った声で、返事がくる。

「失礼します」
 
 慎重《しんちょう》に扉を開けて、静かに入室する。
 部屋の奥では、レイモンドさんが執務机の前に腰掛け、書類をめくっていた。
 また仕事してる。なんとなくそうじゃないかなとは思ってたけどね。

 手元の書類から目をはなした彼は、私の姿を認めると訝《いぶか》しそうに眉をひそめていた。

「本日は休暇をあたえていたはずですが?」
「それはこっちの台詞ですけど。レイモンドさんだって休みのはずですよね」

 主が休みだからこそ、私も休みをもらったはずなんだけど。
 ジトッとした視線を向けても、レイモンドさんは片眉をあげて見せるだけだ。

「ええ、こちらは趣味ですが、何か?」
「ああ言えばこう言う、ですね……」

 ここで議論しても、レイモンドさんは譲《ゆず》りそうもない。とことん言い返したい気持ちをグッとこらえて、応接用のソファーとセットになってるテーブルに並べる。

 銀盆からおろすのは、作りたてのお菓子。それに、ポットに入ったコーヒー、もといビカの液体だ。

「……それは?」
「っ! きゅ、急に背後に立たないでください!」

 振り向くとすぐそばにレイモンドさんがいた。
 近くないかな!? わざわざ私の肩越しにのぞき込まなくてもいいよね!?
 息がわずかに私の髪を揺らす感覚に震えつつ、軽く睨んでみせた。レイモンドさんは、全く気にしてるようには見えなかったけど。

「厨房《ちゅうぼう》にあった、ビカ豆を使った菓子と飲み物です。私のいた世界に近いものがあったので、それを思い出して作ってみました」
「……ああ、あの黒い豆ですか。あちらではどのように用いられていたのですか?」
「主に飲み物ですね。毎朝好んで飲む方がいらっしゃるほどに、人気でしたよ」
「それほどまでですか」

 コーヒー中毒っていう言葉も聞いたことあるくらいだからね。
 カップを並べて、ポットからそっとこぼれないように、ビカの液体をそそぐ。
 フワリと香る、香ばしくほっとする匂い。フライパンで軽くいぶした後にひいてこしたのは、正解だったみたい。

「……淀《よど》んでいるのですが」
「コーヒー……じゃなかった。ビカ豆ですから」
「あのミソシルといい、あなたは何故こうも泥水を好むのですか……」
「誤解と語弊《ごへい》がありますよ!?」

 あの時のことを思い出す。
 たしかその時には、みそ汁と一緒に肉じゃがも一緒に出したっけ。
 まだ、私が異世界から来たってレイモンドさんには伝えてなかったから、警戒されまくってた覚えがある。私自身、レイモンドさんに苦手意識を持っていたし。

 数か月しか経ってないのに、ずいぶんこっちで過ごしてるような気がする。そんなわけないのにね。
 慣れちゃいけない、懐かしいって思ってはいけない。そのはずなのに。思い出すと、どうしても懐かしいって思ってしまう。
 ……いつか、元の世界のことも、そう感じてしまうのかな。
 …………。

「クガ」
「!? は、はい! どうしましたか!?」
「…………いえ」

 いつも以上に顔をしかめた彼が、私をのぞきこんでる。
 探るような視線に、気まずくなって目を逸《そ》らした。

「ボーっとしてしまってすみません。よかったら、食べてみてください」

 うながしても、レイモンドさんはソファーにかける気配はない。ただ、私のそばに立って、ジッと顔を見つめてくる。

「……あの?」
「ここで問い詰めても、あなたはきっと吐き出さないのでしょうね」
「え?」
「……いえ、何も。ちょうど、休憩にしようと考えていたところです。いただきますよ」

 小声で呟《つぶや》いたのを聞き取れはしたけど、よくわからないままレイモンドさんは切り上げた。独り言のつもりだったのかな。

 ソファーへと座ったかと思いきや、レイモンドさんは私の方へ視線を向けてきた。

「何をしているのですか。あなたも早く座りなさい」
「?」
「……察しが悪いですね。付き合え、と言っているのです」
「! はい」

 レイモンドさんにうながされて、私は正面のソファーに腰掛ける。それを見て、満足そうに頷《うなず》かれた。
 それから、おもむろにカップを手に取る。その所作だけでも、ため息が出ちゃうくらい優雅で美しい。レイモンドさんの顔が整っているから、なおさらだ。

「香りは、芳醇《ほうじゅん》ですね。紅茶とはまた随分と、異なるようで」

 レイモンドさんのカップが傾く。コクリと、彼の喉元が動く様子にドキドキする。
 鼻にかかったモノクルを湯気でわずかに曇《くも》らせながら、ほぅっと一つため息を吐いた。眉間のしわが深いままなのが、気になるんだけど。

 もしかして、おいしくなかったかな? いやでも、念のため厨房《ちゅうぼう》でも私自身で、試飲したし……その時は、特段、変な味はしなかったんだけど。
 
 カップをソーサーに静かに戻しながら、レイモンドさんは深く頷いた。
 
「なるほど。こちらが好まれるのも理解できますね。独特の風味に苦み、酸味がありますが、すべてが調和しているようです」

 よかった。どうやら気に入ったみたい。
 ホッと一息ついて、レイモンドさんにテーブル上に載ってる小さな容器をすすめた。

「苦みが苦手な人は、砂糖や牛乳……いえ、エルタックミルクをほんの少し加えたりします」
「なるほど。たしかに、そのようにすれば受け入れられやすいでしょうね。このままではいささかクセが強すぎるようですから」

 首肯《しゅこう》してから、レイモンドさんはおもむろにエルタックミルクが入った容器をカップに垂らす。黒と白が混じり合い、波紋を広げて小麦色に変化していく。
 そのまま、口へ運んで眉をひそめた。

「……風味が減りますが、万人受けはするでしょうね」

 そしてレイモンドさんはストレートの方が好き、と。眉間のしわの増加を観察したら、嗜好《しこう》の傾向がわかって面白い。

「入れなおしましょうか?」
「……いえ、飲めなくはないので結構です」
「でもレイモンドさん、何も入れない方が好きですよね? その余ったのは私が飲むので、新しい物を用意しますよ」

 余分に用意しておいたカップを使って、新たにそこにビカの液体を注ぎ込む。
 それをそのまま、レイモンドさんに差し出した。入れ替えるように、ミルク入りのほうを引き取る。

「はい、どうぞ」
「……」
「? レイモンドさん?」

 どうして固まってるのかな。
 ジッとカップを見て静止してるけど、何かあった?

「……あなたは」

 ゆっくり口を開いたレイモンドさんは、険しい顔をしてモノクルのつるに触れていた。

「自分の行動の意味を理解をしているのですか?」
「意味って何ですか?」

 首をひねると、レイモンドさんの唇の端がひきつった。

「本当にあなたは……! まるで危機感が足りないようですね?」

 地の這うような声で言われたら怖いんだけど。
 身を引いたら、レイモンドさんはますます眉をつり上げた。

「ではどうぞ。お飲みなさい?」
「え、あ、はい?」

 勧められるままに、手をカップにかける。その様子に、レイモンドさんはため息をこぼした。
 さっきから何? 疑問が解消されないまま、ビカに口をつける。
 ……うん、おいしい。見事なカフェオレ。馴染んだ味って落ち着くよね。

 あきれたように首を左右に振った後に、レイモンドさんは入れなおしたカップに手を伸ばした。
 そのまま、さっきと同じようにビカを飲んで…………。

 あれ、待って。
 レイモンドさんが口をつけたのは、そういえば。

 下を見ると、褐色の飲み物。その容器のカップには、レイモンドさんの口が、触れて……触れて?

「~~~~っ!!!!?????」

 声にならない悲鳴が、私の口からもれた。
 かろうじてカップをソーサーにおろせたけど、ガチャンと大きな音が鳴った。

「今頃気が付いたのですか、あなたは。まったく、学習能力がありませんね」

 レイモンドさんはため息まじりに、皿に盛られたクッキーを手に取っている。付け合わせに、って準備しといたビカ豆入りのクッキーは、サクリと音を立てて彼の口へと消えていった。

「ご、ごめんなさい!!」

 頭を下げて、引き離すみたいにカップをテーブルに戻す。
 レイモンドさんは打って変わって、平然とした様子を崩してない。……ううん、クッキーをつまんでいないほうの手でモノクルをいじってるから、そんなことはない、のかな?

「……それで?」
「え?」

 視線を合わせれば、レイモンドさんの深緑の目が愉快《ゆかい》そうに笑っていた。
 ゆるく、口元をゆるませる。ニヤリという表現がピッタリな表情で、私のそぱのカップを指ししめした。

「飲み干すのでしょう?」
「……っ」

 妖艶《ようえん》に笑う彼に、私ののどがヒクリと鳴った。
 私がまいた種だけど、頭を抱えたくなった。どうしてこうなったのかな!?


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