ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇プロローグ◇

第三話    「誰か……」

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「う……ん」

  寒い。すっごく寒い。

  身体がこごえそう。
  今は、冬だっけ?

  ……違う、夏、だったはず。だから、私は今朝半袖を着て、学校に行って、それから。
  ……それから? そう、たしか、スーパーに寄って、食材を買って。運良く、先輩と一緒に帰って。

  そして……UFO?

 「UFO?」

  え、なんでUFO?
  ついとっさに考えたことに、ぼんやりしてた意識がなくなってパッと目が覚めた。

 「!? え、え?」

  どこなの、ここ。
  視界一面に真っ白な物。これは、雪?

  周りを見渡せば、キザキザした葉っぱをしてる木々が辺りを生い茂ってる。
  針葉樹林? ……そうじゃないかも。どっちかというとこれは、ツンドラ?

 「なんで……」

  どうして私、野外にいるの? それに雪が降ってるなんて、夏だったはずなのに。

  ここは……。

 「あ……神様」

  そうだ、私、神様に会って。異世界に送るって言われて。

 「じゃあ、ここって……異世界なの?」

  よくわからない。そもそも、ここは林の中みたいだから、異世界かどうかも確かめられない。かろうじて、季節が違うことくらい、かな。

 「寒いな……」

  思わず、腕をこすった。朝と変わらない制服の半袖に、安心と同時にガッカリする。
  防寒具がほしいな……。

  せめて、街の近くに落としてくれればいいのに。

  鼻から水が出そう。……ううん、たぶん出てる、と思う。感覚がなくなりつつあるから、よくわからないけど。

 「このままいても、仕方ない、よね」

  ずっとその場にいたって、あったかくなるわけじゃないから。移動するしかない。
  近くの民家まで、頑張って歩こう。事情を話したら、火にあたるくらいは許してほしいな。

  ゆっくり立ち上がると、ひざについた雪がパラパラと落ちた。黒のハイソックスにも雪がついてるけど、そっちは落ちない。

 「あ……なんで」

  さっきは気づかなかったけど、買い物袋が少し離れたところに転がってた。雪に足をとられながら、回収に向かう。
  ……中身は全部無事みたい。良かった、と言うべきなのかな?

  ジャガイモとかあるから、貴重な食料として持っていこう。ただ、火がないから調理はできないけど。丸かじりはさすがに避けたいな……。

 「……どっちに行こうかな?」

  雪のせいで、道があるかどうかすら判別できないなんて。
  もしかして、詰んじゃった?

 「とりあえず、歩かないと」

  自分に言い聞かせながら、私はやみくもに動くしかなかった。



  ◇◇◇



  歩くたびに、体温がますます下がってるような。
  雪が足に絡みついて、中々前に進めない。体力が徐々に下がってるせいもあるかも。

 「まずい、よね」

  焦りだけがつのってく。そんなことを感じる前に動いた方がいいってわかってはいるけど。

 「どうなっちゃうのかな……」

  このまま、凍死? ……それは困るのに。
  だからといって、どうしたらいいの?

 「誰か……」

  人気のない林で言っても、返事なんてない。私の息が、白く染まっただけ。
  まるで、世界に私しかいないみたい。

  ……そんな世界じゃ、ないよね。違うよね、神様?

 「……そうだったら、どうしよう」

  生き残れるかな? でも生き残らないと、元の世界に戻れない。

  誰でもいいから、人に会いたいな。

  動きが鈍くなった足を必死に動かして、前へ進む。

 「――な」
 「――よ、あなた」

  え? 今の……人の、声。

 「!」

  動揺しすぎて転びそうになったけど、なんとか体勢を持ちこたえる。
  勘違い? それとも、幻聴?

 「……せん、……様! ……のふ……ぎわです!」

  小さくて、聞き逃しそうになるくらいだけど。間違いないよ、人の声だった!

 「こっち……?」

  まだ、近くにいる? 合流、できないかな?

  声がした方に、足を進める。ところどころ途切れてしか聞き取れなかった会話が、少しずつハッキリ聞こえてくる。
  こっちで、あってるみたい。

 「いや、これは予想できなかっただろう。近年まれに見る豪雪だった。……しかし、参ったな」
 「そうね、どうしようかしら」
 「……自分が街まで歩いていきます」
 「駄目よ! その前に、着くまで体力が持たないわ」
 「そうだ。それは許可できん」
 「……しかし!」
 「とりあえず、もう一度後ろから押してみよう。話はそれからだ」

  ……? なんだか、もめてる?

  木々の間から、複数の人影となにか大きな物が見えてくる。
  あれは……馬車?

 「……おや?」
 「! 旦那様!」

  会話をしていたうちの一人が、不自然に口を閉じた。
  どうしたのかな?

 「下がっていてください、旦那様!」
 「……どうやら、誰か近くにいるようだね」
 「あなた、人間なの?」
 「!」

  え。まだ距離があるのに、わかったの?
  ビックリして、思わず足が止まった。

  向かった先にいたのは、男の人二人と女の人一人。
  男の人は30~40代くらいと、20代くらい。あ、おじさんが着てるコート、しっかりしててあったかそう。若い男の人もコートを着てるけど……あれって剣?
  女の人は、年上の色気にあふれてる30代くらいの方。茶色のコートの端にレースがついてるなんて、おしゃれ。首に巻いてるフワフワなのは、毛皮?

 「隠れてないで出てきなさい」
 「……」

  出てきなさいって……。こんなに注目があると……ちょっと、ううん、かなり出にくいな……。

 「出ない場合は、敵と見なします」
 「!」

  剣を持った人が、つかに手をあててる。
  このままだと、もしかして、私切られる?

  でも、だからって、出ていったとしても切られないなんて保証はないのに。
  どうしよう。どうすれば……。

  グルグル迷う私と、険しい顔をした男の人。
  緊張でのどがカラカラ。考えなきゃいけないのに、この極寒でその気力と体力まで低下してるみたいで、中々できない。
  ピンと息が詰まりそうな空気が張りつめて、ただでさえ寒さでしにくかった呼吸が、もっと悪化した。

  怖い。怖いよ。

  泣き出す一歩手前の私の耳に届いたのは、一つのため息だった。

 「やめなさい」
 「しかし、旦那様!」
 「威嚇いかくをしてなんになる。第一、敵対の意思があれば早い段階で殺気を向けられていたはずだ」
 「……そう、ですが」

  『旦那様』に説得されるかたちで、剣を持った人は手を柄から放した。

  ……あの旦那様は、好戦的な人じゃないのかな?
  私をかばってくれた?

  姿を現しても、切られたり、しない?

  迷っているうちに、明るい女性の声が聞こえた。

 「あら、私はスノーラビットかもしれないって思うわよ? こんな雪ですもの。具現化していたっておかしくないですわ」
 「そうかもしれないね。私の可愛い奥さんに会いたくて、来たのかもしれない。君は精霊さえも嫉妬しかねないほど、美しさと慈しみにあふれた女性だから」
 「まぁ、あなたったら」
 「奥様! 旦那様! 少しは緊張感をお持ちください!」

  え? あ、あの旦那様と奥様って人達、いきなりイチャイチャし始めた。剣の人が怒るのも仕方ないと思うよ。

  それにしても、スノーラビット? そんなウサギって、いるのかな?
  それに……精霊? それって、おとぎ話に出てくるようなもの?

  やっぱり、ここって。本当に異世界なの?

  心のどこかで、まだ、現実味がなかったことなのに。
  急に、『ああ、これって現実なのかな』って実感が湧いてくる。

  どうすればいいのか。全然わからないし、怖いけど。

  でも、とりあえず。あの人達に会って、街までついて行かせてもらわなきゃ。
  そうしないと、生きていけない。ここでたぶん、凍死なんてことになるかも。

  ……うん。

  止まってた足を動かして。雪を踏みしめながら、三人の前に姿を見せた。

 「おや……?」
 「……」
 「まぁ……!」

  旦那様と呼ばれた人は目を丸くして、剣の人は険しい顔で眉を少し上げたまま、奥様は驚いてるみたいだけど目がキラキラしてる。
  三人とも、反応が違う。

  えっと、えっと。なにか言わなきゃ、このまま無言は、まずい、よね?

 「……ぁ……」

  でも、なにを。
  異世界みたいなのに言葉が通じてるみたいだから、『ハロー』なんて英語じゃなくてもいい、のかな?

 「ぁ……ぅ……」

  口をパクパク動かしてみるけど、なんにも浮かばない!
  どうしよう、どうすればいいのかな?

  ああ、三人が私がなにを言うのか待ってる!
  ご、ごめんなさい。すぐ、すぐに言うから!

  なんでもいいから、言わなきゃ!

 「こ……」

  凍ってたみたいに固まってた私の口が、やっと動いた。

 「こん、にちは……?」

  なんとか絞り出したあいさつに、一瞬の沈黙が流れて。
  それから、旦那様と奥様が吹き出した。剣の人は、理解しがたいものを見たような複雑な表情をしてる。

  ああ、なんか、絶対失敗しちゃった!?
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