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:デートもままならないー3:
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女装……いや、レディの装いのローテローゼが城内を歩くと、マティスの顔が険しくなることをローテローゼはしらない。
「うへへへ、ローテローゼさまだ」
「今日もお綺麗だなぁ……」
だらしない顔をした兵士たちが次々と赤い薔薇を差し出し、ローテローゼはそれを笑顔で受け取る。
「ありがとう。わたしのお部屋に飾るわね」
さらに進めば、仕事のために城に詰めている貴族の子弟たちが我も我もと近寄ってきてはローテローゼに挨拶をする。
「女王陛下、お見知りおきを……」
「ご苦労、下がれ」
「女王陛下、お初にお目にかかります」
「ご苦労、下がれ」
若い貴族の子弟たちを寄せ付けないよう、マティスが露骨に牽制する。
「……ちょっと、マティス」
腰に手を当てほおを膨らませたローテローゼがマティスの方を向く。
「は、はい!」
「あなたはいつから女王陛下になったの」
「は?」
「どうしてあなたが、ご苦労、ってお返事するのよ。みんなはわたしに、会いに来ているのよ。邪魔でしょ」
「で、ですが……」
「下がりなさい」
「陛下!」
「命令よ、聞けないの? 下がりなさい」
その場にいたローテローゼと、困り顔のマティス以外の男たちはみんな思った。
――有能な護衛を下げてどうするんだ、陛下……
「大丈夫だから。みんな、仕事でここに来てるのよ。王に挨拶するのが仕来りでしょう? わたしだってお兄さまやお父さまを見かけたら、ご挨拶をしたわ。慣習なんだから、邪魔しないの」
おっとりと微笑む無防備なローテローゼに、マティスの焦りが頂点に達した。
「違います、ここにいる連中のほとんどが、ローテローゼさまの豊満なお体目当ての下種野郎です。わたしからローテローゼさまを奪い取ろうと、下心が満載です」
「マティス、勝手なことを! 皆に失礼でしょう。彼らは、王様業に不慣れなわたしを助けるために集ってくれているのよ」
「お言葉ですがローテローゼさま、男はどいつもこいつも、隙あらばヤりたいと思っているとお心得ください!」
かーっとローテローゼの顔が真っ赤になった。
「ばかっ、なんて下品なの! そんなことあるわけないでしょう! マティスじゃあるまいしっ」
「な、なんでわたしの名前がそこで出るのですか!」
男たちは思った。
騎士マティスの言い分が正解であるが、自分たちが仕えている女王陛下は、どうやら純情で心優しいレディであるらしい。
純情可憐で無防備で危ない、と。
ローテローゼはかつて、ヴァーン皇子にひどい目に遭わされた。暴行未遂だったとはいえ、心身ともにひどく傷ついた。
だと言うのに、男に対する不信感を持たずにいるらしい。
いや、そんなわけはない、と、マティスは内心、首を横に振った。
ローテローゼの周りからは男が出来るだけ遠ざけられ、女官が多く配置されている。ローテローゼ本人は絶対口にしないが、男性に対する恐怖心は消えてはいないのだろうことは、マティスの母マーリーンや宰相の養女カタリナからも報告があがっている。
だが、この場で穏やかに笑っているのは、この場の男たちが自国の臣下であり、絶対に自分を襲わないと心から信じているからだ。
「おい……これは大変なことだぞ……」
伯爵家の子息が、男爵家の次男の脇腹をつつきながら呟いた。
「どうした?」
「我々は、女王陛下からとんでもない信頼を……」
「あ? ああ、そうか。陛下は無条件に我らを信頼してくださっているのだな……なるほど、これは大変だ」
いまだかつてここまで王に信頼されたことがあっただろうか。
王というのは、煌びやかに着飾って玉座でふんぞり返っているだけのもので、民は王家のために死ぬまで働かされるのだと思っていたが、ローテローゼを見ているとそうではないのだと思わされる。
「……もしローテローゼさまが君主になったら、どんな国になるんだろうな」
縁起でもないことだが――良い国になるのでは、と、思われた。
貴族の子弟たちと別れたローテローゼとマティスは、城の回廊をぐるっと回って中庭を突っ切った。
中庭は人があまりこないため、昼夜を問わず閑散としている。ローテローゼやベルナールたちは幼いころからここへ来るとほっとするが、マティスは警戒を怠らない。
「でも……ちょっと寂しいわね……」
「ベルナールさまは、ここを公園にして市民に開放しようかなーと計画されていますよ」
「あら、そうだったの……」
「我が国は観光名所が少ないですから、城を開放するのもアリかと」
ああ、そうね、とローテローゼは周囲をぐるっと見る。
「薔薇を増やしてベンチや噴水も入れて……整備しておけば、民の避難場所というのかしらね、戦や大嵐や竜巻などで民や城下町のひとたちが避難する場所にできるわ」
「だったら――そうですね、簡単な備蓄倉庫や雨風がしのげる東屋をいくつか建てておけば便利でしょう」
「そうね」
ローテローゼは、何やらブツブツと頭の中で計算している。王の顔になっているローテローゼは、凛々しくて、とてもマティスが声を掛けられる雰囲気ではなくなるのだ。
「いいかもしれない。マティス……その計画、はやいうちに進めてくれる?」
「承知いたしました」
まったく色気がないが、二人で会話をしながら中庭を抜ける。その先に、薬草園が姿を現した。しばらくまともに使われていなかったため荒れ放題だ。
木製の扉は傾き、薬草をしまったり加工したりするための台は壊れて地面にひっくり返っている。
花壇と思われる場所には申し訳程度の――必要最低限の薬草だけが育てられている。
「あらぁ……ここに薬師をお招きするのは躊躇われるわね」
「薬草園なんてものがあったのか……」
「わたしも中に入るのは初めてよ……」
「薬師が来る? いつ、なんのためですか?」
「三日後よ……職場を見学したいのですって」
「出来る限り、綺麗にしましょう。すぐに、手の空いている兵士を集めてきます」
マティスが、くるりと回れ右をしようとする。その上衣の裾を、咄嗟にローテローゼが掴んだ。
「あ、まってまって、マティス」
「はい?」
「あ、あのね、せっかくだから……その、ちょっとお茶してからに、しない?」
頬を染めたローテローゼが、手にした籠を掲げてみせた。
「うへへへ、ローテローゼさまだ」
「今日もお綺麗だなぁ……」
だらしない顔をした兵士たちが次々と赤い薔薇を差し出し、ローテローゼはそれを笑顔で受け取る。
「ありがとう。わたしのお部屋に飾るわね」
さらに進めば、仕事のために城に詰めている貴族の子弟たちが我も我もと近寄ってきてはローテローゼに挨拶をする。
「女王陛下、お見知りおきを……」
「ご苦労、下がれ」
「女王陛下、お初にお目にかかります」
「ご苦労、下がれ」
若い貴族の子弟たちを寄せ付けないよう、マティスが露骨に牽制する。
「……ちょっと、マティス」
腰に手を当てほおを膨らませたローテローゼがマティスの方を向く。
「は、はい!」
「あなたはいつから女王陛下になったの」
「は?」
「どうしてあなたが、ご苦労、ってお返事するのよ。みんなはわたしに、会いに来ているのよ。邪魔でしょ」
「で、ですが……」
「下がりなさい」
「陛下!」
「命令よ、聞けないの? 下がりなさい」
その場にいたローテローゼと、困り顔のマティス以外の男たちはみんな思った。
――有能な護衛を下げてどうするんだ、陛下……
「大丈夫だから。みんな、仕事でここに来てるのよ。王に挨拶するのが仕来りでしょう? わたしだってお兄さまやお父さまを見かけたら、ご挨拶をしたわ。慣習なんだから、邪魔しないの」
おっとりと微笑む無防備なローテローゼに、マティスの焦りが頂点に達した。
「違います、ここにいる連中のほとんどが、ローテローゼさまの豊満なお体目当ての下種野郎です。わたしからローテローゼさまを奪い取ろうと、下心が満載です」
「マティス、勝手なことを! 皆に失礼でしょう。彼らは、王様業に不慣れなわたしを助けるために集ってくれているのよ」
「お言葉ですがローテローゼさま、男はどいつもこいつも、隙あらばヤりたいと思っているとお心得ください!」
かーっとローテローゼの顔が真っ赤になった。
「ばかっ、なんて下品なの! そんなことあるわけないでしょう! マティスじゃあるまいしっ」
「な、なんでわたしの名前がそこで出るのですか!」
男たちは思った。
騎士マティスの言い分が正解であるが、自分たちが仕えている女王陛下は、どうやら純情で心優しいレディであるらしい。
純情可憐で無防備で危ない、と。
ローテローゼはかつて、ヴァーン皇子にひどい目に遭わされた。暴行未遂だったとはいえ、心身ともにひどく傷ついた。
だと言うのに、男に対する不信感を持たずにいるらしい。
いや、そんなわけはない、と、マティスは内心、首を横に振った。
ローテローゼの周りからは男が出来るだけ遠ざけられ、女官が多く配置されている。ローテローゼ本人は絶対口にしないが、男性に対する恐怖心は消えてはいないのだろうことは、マティスの母マーリーンや宰相の養女カタリナからも報告があがっている。
だが、この場で穏やかに笑っているのは、この場の男たちが自国の臣下であり、絶対に自分を襲わないと心から信じているからだ。
「おい……これは大変なことだぞ……」
伯爵家の子息が、男爵家の次男の脇腹をつつきながら呟いた。
「どうした?」
「我々は、女王陛下からとんでもない信頼を……」
「あ? ああ、そうか。陛下は無条件に我らを信頼してくださっているのだな……なるほど、これは大変だ」
いまだかつてここまで王に信頼されたことがあっただろうか。
王というのは、煌びやかに着飾って玉座でふんぞり返っているだけのもので、民は王家のために死ぬまで働かされるのだと思っていたが、ローテローゼを見ているとそうではないのだと思わされる。
「……もしローテローゼさまが君主になったら、どんな国になるんだろうな」
縁起でもないことだが――良い国になるのでは、と、思われた。
貴族の子弟たちと別れたローテローゼとマティスは、城の回廊をぐるっと回って中庭を突っ切った。
中庭は人があまりこないため、昼夜を問わず閑散としている。ローテローゼやベルナールたちは幼いころからここへ来るとほっとするが、マティスは警戒を怠らない。
「でも……ちょっと寂しいわね……」
「ベルナールさまは、ここを公園にして市民に開放しようかなーと計画されていますよ」
「あら、そうだったの……」
「我が国は観光名所が少ないですから、城を開放するのもアリかと」
ああ、そうね、とローテローゼは周囲をぐるっと見る。
「薔薇を増やしてベンチや噴水も入れて……整備しておけば、民の避難場所というのかしらね、戦や大嵐や竜巻などで民や城下町のひとたちが避難する場所にできるわ」
「だったら――そうですね、簡単な備蓄倉庫や雨風がしのげる東屋をいくつか建てておけば便利でしょう」
「そうね」
ローテローゼは、何やらブツブツと頭の中で計算している。王の顔になっているローテローゼは、凛々しくて、とてもマティスが声を掛けられる雰囲気ではなくなるのだ。
「いいかもしれない。マティス……その計画、はやいうちに進めてくれる?」
「承知いたしました」
まったく色気がないが、二人で会話をしながら中庭を抜ける。その先に、薬草園が姿を現した。しばらくまともに使われていなかったため荒れ放題だ。
木製の扉は傾き、薬草をしまったり加工したりするための台は壊れて地面にひっくり返っている。
花壇と思われる場所には申し訳程度の――必要最低限の薬草だけが育てられている。
「あらぁ……ここに薬師をお招きするのは躊躇われるわね」
「薬草園なんてものがあったのか……」
「わたしも中に入るのは初めてよ……」
「薬師が来る? いつ、なんのためですか?」
「三日後よ……職場を見学したいのですって」
「出来る限り、綺麗にしましょう。すぐに、手の空いている兵士を集めてきます」
マティスが、くるりと回れ右をしようとする。その上衣の裾を、咄嗟にローテローゼが掴んだ。
「あ、まってまって、マティス」
「はい?」
「あ、あのね、せっかくだから……その、ちょっとお茶してからに、しない?」
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