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獣人類

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会場になったホテルの台所
そこでは、大量に残された会場の料理をめぐって、美亜がメイド長に食って掛かっていた。
「こんな上質の料理を捨てるなんてもったいないにゃ」
彼女の前では、ほとんど手をつけられてないまま下げられた料理が並んでいた。
「黙りなさい。当館は一流ホテルです。食べ残しをバイトに分けるようなあさましい真似をすれば、評判が落ちます」
眼鏡をかけたメイド長は、びしゃりといい放った。
「いいですね?これらはすべて生ごみとしてすてるように。ちゃんと申し付けましたよ」
「そんにゃ……」
絶望する美亜を置いて、メイド長はいってしまう。残飯処理をいいつけられた美亜は、それでもあきらめずに料理を眺めていた。
「もったいないにゃ。まだ食べられるのにこんなに残して……」
おいしそうな匂いが鼻をくすぐり、我慢できなくなる。
「い、今なら誰もみてないにゃ」
美亜は周囲を見渡すと、頭につけていたカチューシャを外す。
すると、二つの小さな猫耳が現れた。
「この姿になれば、いっぱい食べられるにゃ」
そうつぶやいてごちそうに取り掛かろうとしたとき、可愛い声がかけられた。
「お姉ちゃんだけ、ずるいにゃ」
美亜の前にちょこんと降り立ったのは、ネックレスを咥えた黒い子猫だった。
「み、美香?にゃんでここに?」
「お姉ちゃんを迎えにきたにゃ」
そういうと、美香と呼ばれた子猫はすんすんと料理の匂いを嗅いだ。
「おいしそうにゃ。全部持って帰るにゃ」
「それは無理にゃ。ところで、そのネックレスはなにかにゃ?どこかで見たような……あっ!」
美香が持ってきた、キラキラと輝く玉がついているネックレスが、教室で勇人が首につけていたものであることに気づいた。
「さあ。金持ちそうなお坊ちゃんが付けていたけど、綺麗な玉だったから思わず持ってきてしまったにゃ」
美香は、嬉しそうにネックレスについた玉をもてあそんでいる。そんな彼女を、美亜は叱った。
「それは勇人君のものにゃ。泥棒はだめにゃよ。後で返すにゃ」
「残念にゃ。きれいなのに」
しぶしぶネックレスを美亜に渡す。そのやりとりを陰からこっそりみていた勇人は、驚いていた。
(猫がしゃべった。それに美亜のあの耳って…まてよ、もしかして、彼女たちも仲間なのか?ちょっと確かめてみるか)
そう思った勇人は、自然な風を装って台所に入っていった。
「あの泥棒猫はここに入っていったとおもうんだけど……あれ?美亜?」
「にやっ!勇人君?」
勇人の姿を、すばやくカチューシャをつけて猫耳を消す。
「あれ?その子は美亜の飼い猫なのか?」
「そ、そうにゃ」
美亜は足元の子猫を抱き上げて、ネックレスを勇人に返した。
「いたずらしてごめんにゃ。後で叱っておくにゃ」
「そうか。取り返してくれてありがとうな」
そういうと、勇人は美亜を抱きしめて頭をなでた。
いきなりそんなことをされて、美亜は体を強張らせる。
「だ、だめにゃ。頭をなでちゃいけないにゃ」
そういって離れようとするが、勇人はなでるのをやめない。
「あれ?髪の中に何があるんだ?なんか柔らかかったぞ」
「お、乙女の秘密にゃ」
「それに、なんかゴロゴロ言っているぞ。もしかして気持ちいいのか?」
「き、気持ちよくにゃんか……はにゃ」
美亜の身体から力が抜けた瞬間、勇人の手がすばやく動いて、カチューシャを取る。
すると、頭の上に小さな猫耳が現れた。
「ほーら。やっぱり」
「ひっ……ひどいにゃ」
正体を暴かれた美亜は、その場に崩れ落ちるのだった。

『耳隠しのカチューシャ』を取られて動揺している美亜に、勇人は話しかける。
「お前に聞きたいことがある」
「……なにかにゃ」
観念した顔になる美亜に、勇人は長年の疑問をぶつけた。
「お前たちって、どっちが本物の耳なんだ?それとも耳が四つあるのか?」
「にゃ?」
いきなり変なことを聞かれて、美亜は戸惑った。
「この耳は作り物にゃ。頭の耳が本物にゃ」
美亜は人間の耳を外す。よく見ると、それは精工に作られた偽物だった。
「なるほど。長年の疑問が解けたよ」
すっきりした顔になる勇人に、美亜は首をかしげる。
「勇人君、なんでうちの正体を見て、驚かないにゃ?」
「要はお前も『亜人類』なんだろ」
勇人はあっけらかんといい放った。
「うちたちのこと知っているのかにゃ?」
「ああ。ちょっと『女人類(ウイッチ)』に知り合いがいてな」
「そっか。うちたちは『獣人類(ジャガー)』にゃ」
観念した美亜は、自分たちの正体を告白した。
(なるほど。体内に存在する獣の遺伝子を活性化させ、その姿に変身出来る能力か。彼女たちもデーモン星人の新人類創造計画における実験体だな)
悪魔の姿に変身できる勇人は、彼女たちの正体を看破した。
うんうんと頷いている勇人に、美亜は懇願する。
「勇人君。お願いにゃ、黙っていてくれにゃ。バレたら学園にいられなくなるにゃ」
「えーっ。どうしょうかな……」
勇人が意地悪そうに言うと、美亜は泣きそうな顔になった。
「お、お願いにゃ」
「よし。もっと触らせてくれたら、黙っていてやるよ」
勇人はニヤニヤしながら、美亜の身体に手を伸ばすのだった。

「あっ、あっ。だめにゃ……それ以上は」
「ちっちゃいけど可愛いな。ほれほれ、気持ちいいのんか?くりくり」
勇人は掌で突起をもてあそぶ。
「あっ……い、いつまで揉んでいるにゃ」
「柔らかくて、あったかくて、触っているだけで幸せになれる。いつまでも揉んでいたい」
台所では、美亜の熱い吐息と勇人の興奮した声が響いていた。
「も、もうこれ以上は耳をさわらせないにゃ」
美亜は恥ずかしさのあまり耐えられなくなり、真っ赤になって猫耳を押さえた。
「よし。次はしっぽを……あれ?二本あるぞ」
「そ、それは獣人類が大人になった印にゃ」
「ふーん。猫又ってわけか。それにしても手触りがいいな。すべすべモフモフだ」
「にゃっ!」
尻尾をピーンとたてて、美亜は硬直する。
「あ、あっ。触らにゃいで。尻尾は敏感なのにゃ」
「尻尾の根本ってどうなっているんだろう」
調子にのって美亜の尻に伸ばそうとする勇人の手を、子猫の美香が思い切りひっかいた
「いてっ!」
「にゃっ!にゃっ!姉ちゃんをいじめるにゃ!ふーっ」
威嚇してくる美香に、夢中になって撫でていた勇人は
ハッとなって謝った。
「ご、ごめん。調子にのりすぎたよ。嫌だったか?」
「い、嫌ってことはないんにゃけど、キャットピーフルの間じゃ、耳や尻尾を触らせるのって愛情表現で……」
顔を真っ赤にさせてもじもじする美亜に、勇人は罪悪感を覚える。
「そ、そうか、ごめんな。お詫びにここにある残った料理を、家まで運んでやろう」
勇人は『空神珠』を料理にかざす。すると大量にあった廃棄料理が一瞬で消えていった。
「にゃっ?料理が消えたにゃ」
「この玉の中にはいったのさ。それじゃ、バイト終わるまで外で待っているから」
そういって、勇人は出ていく。
「……いったい、勇人君って何者にゃ?」
残された美亜は、そう思って立ち尽くすのだった。

勇人と美亜、子猫の美香を乗せた高級車は、とある下町の古びた家の前にとまる。
「こ、ここがお前の家なのか?」
「そうにゃ。ボロボロで恥ずかしいにゃ」
『猫屋敷』と表札が掲げられているその家は、昭和の香りただよう木造の平屋だった。
「おねえちゃん、おかえりにゃ」
家に入ると、色とりどりの子猫たちが尻尾を立てて出迎えてくる。
「あれ?お姉ちゃんが男をつれてきたにゃ」
続いて入ってきた勇人に、子猫たちは興味津々で群がった。
「あはは、こらこら」
可愛い子猫たちに全身たかられて、勇人の頬が緩む。
「どうぞ上がってにゃ。今、お茶を出すにゃ」
「お構いなく」
美亜に促されて、台所の隣の和室に入る。そこではさらに数匹の子猫がいた。
「お兄ちゃん。あそんでにゃー」
入ってきた勇人に、子猫たちがまとわりついてくる。
「おおう。リアル猫カフェ。しかもケモナーハーレム。それにしゃべっている。可愛い」
子猫たちになつかれ、ご満悦になる勇人だった。
「粗茶ですが、どうぞにゃ」
美亜が本当に安そうなお茶を入れて、持ってくる。それをズズーっとすすりながら、勇人は聞いた。
「そういえば、なんで弟や妹たちは猫のままなんだ?」
「うちたち獣人類は、10歳になるまで獣の姿のままにゃ。尻尾が二本になって、人間に変身できるようになってから、初めて人間社会に紛れ込めるようになるわけにゃ」
それを聞いて、勇人は納得する。
「ということは、10歳で小学校入学ということか。待てよ、つまり高校生の美亜の本当の年齢は……?」
「わーわーわー!女の年齢を詮索するなんて失礼にゃ」
実は年上だったことがバレた美亜は、真っ赤になって勇人を叩いた。
「そ、そうか。ごめん。それにして腹が減ったな。よし、みんなでご飯を食べよう」
そういうと、勇人は『空神珠』から会場の料理を取り出す。和室のちゃぶ台に色とりどりのご馳走が並んだ。
「勇人君。お金持ちのお坊ちゃんなのに残り物たべて
平気にゃ?」
「金持ちだからこそ、意味のない無駄が許せないんだよ。天下を取った徳川家康も、風に飛ばされた鼻紙を必死に追いかけて回収したって逸話が残っているんだぞ」
そういうと、勇人は率先して料理をつまむ。
「うん。美味いな。ほら、みんなも食べろよ」
「わーい。ごちそうにゃ」
美亜の弟妹たちは、一斉に料理に群がる。可愛い子猫たちが一心不乱に食べているのをみて、勇人は癒された。
「ごめんにゃ。躾がなってなくて。うち、貧乏にゃからこんなご馳走たべたことないにゃ」
美亜が恥ずかしそうに謝ってくる。
「ご両親は何しているんだ?」
「二人とも豊畑自動車の期間工として働いているにゃ。うち、子沢山だから出稼ぎにいくしかなくて……」
「そうか、苦労しているんだな」
勇人は幼い弟妹を抱えて頑張っている美亜に、同情してしまう。
「もし生活苦しいなら、俺のところでバイトしないか?」
「にゃっ?」
意外な提案に、美亜は首を傾げた。
「ほら、俺は学業と並行して南方商社の常務もしているだろ。とてもじゃないけど忙し過ぎて人手が足りないんだ。信頼できる人に、メイドとしてついてて欲しい」
そういって、美亜を誘う。
「いいのかにゃ?」
「もちろん。玲もメイドとして働いてくれてるぞ」
親友も働いていると聞いて、美亜の顔も明るくなる。
「なら、ぜひ働かせてほしいにゃ」
こうして、美亜は勇人に雇われることになるのだった。
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